第二十一話


「ねぇ、まだ起きてる? 他人の家って全然眠れないんだけど」


「……起きてるよ」


布団に入って少しうとうとしていた頃に、アルカから声をかけられて目が覚めた。


戦闘で疲れていたのもあって俺はわりと眠たかったが、逆に彼女はアドレナリンで冴えてしまったのかもしれない。


「俺の家ではいつもぐっすり寝てるだろ? イビキかいてさ」


「あんたの部屋はリラックス出来るから別なの」


その言葉通り、家ではアルカはまるで自分の部屋かというくらい好き勝手に過ごしている。帰って来たら家具の配置が変わっていることもあったくらいだ。


下手に遠慮されるよりは俺としてもやりやすいからそれで良いけれど。


とにかく理屈はわからないがそういうことらしい。


「あのさ、くっついて寝てもいい? その方が落ち着けると思うの」


「いや、それは流石にちょっと」


その急な提案に待ったをかけるが、アルカはがさがさ音を立ててこっちの布団に潜り込んでくる。


……頼むから、人の話を聞けっての。俺にも心の準備ってものがあるんだよ。



「ねぇ、これで一件落着ってことでいいのかしらね」


「たぶんな」


伝わってくる彼女の体温に慣れたくらいになって、アルカが独り言のように呟いた。


俺の方にしても、事件解決という心地はしないので未だに終わった実感はわかない。


まるで、決着がつかないままで引き分けになったスポーツの試合みたいだ。


「話してみてシイナのことは何かわかった?」


「ただの直感だけど、あいつは多分この件に関わってはいるんだと思う。それだけだよ」


シイナは恐らく復讐として事件に加担している。今回の件もそれ以前の件についても……確証はないが話から伝わってくる切実さがあった。


しかし、タツオと槍木が殺されてこの連続殺人には幕が降りたのだろう。これが仕上げだったからあの男は俺たちから手を引いた。


そう考えるのが妥当ではあると思う。


結局、シイナの心は救われたのだろうか。復讐を果たして、これから彼女は一体何処へ向かうのだろう。


そんなことは俺が、今更になって気にすることではないのかもしれないけれど。


「……そうなんだ、だったらあんたはシイナのことを」


どこか、俺と同じような歯切れの悪い声色でアルカは何かを言いかけた。


しかし、彼女がそれを言い切る前に俺はさえぎる。


「でも、爺さんも言ってたように素人の俺たちが出来ることはもうないだろ。後のことは警察にでも、ヤクザにでも任せればいい」


彼女はなんだかんだで優しく、それに俺の考えていることなんてたやすく見抜いてしまう。


きっと、俺がシイナのことを気にかけているのもお見通しなのだろう。


しかし、俺はこれ以上首を突っ込んでアルカが危険にさらされるのは望んでいない。


そんなリスクを負ってまで事件に関わるモチベーションもないしな。


「爺さんが言うにはこの事件にはまともな証拠が残らないらしい。だから、どんなに刑事に疑われてもアルカが捕まることはないさ。もう命も狙われない、全部終わったんだよ」


そう、彼女は元の平穏な暮らしに戻るべきなのだ。毎日ちょっとエッチな配信でもして、安全にお金を稼いでいて欲しい。


内心はなんとなく嫌だけど、彼氏でもない俺にそれを止める権利はないし……。


「そうよね。改めて、本当にありがとうね」


「なんだよ柄でもない」


アルカがやけに神妙な感謝を述べてくるので、少し寂しくなってしまった。


そんな訳はないのに、その「ありがとう」からはなんとなくこれでお別れみたいな気がしたからだ。


でも、そうだよな。全部終わったのなら、奇妙な形で始まったアルカとの共同生活もこれで終わりということになるだろう。彼女としてもこれ以上、今の暮らしを続けるメリットはないだろうし。


初めは、あんなに面倒だった筈なのに別れを惜しんでいる自分がいる。何とも不思議な感覚だった。


「だって、こうしてあたしが安心して眠れるのは全部アキラのお陰だもの」


しかし、アルカはお別れどころか急に俺の腕を抱きしめるよう姿勢を変えた。まるで、離れることなどないみたいに。


同時に彼女のとても柔らかな感触が伝わってくる。それは守ることが出来て良かったと思える、確かで重みある人間の温もりだった。


心拍数が高くなって、少しだけ顔の向きを反対側に傾ける。


「ねぇ、明日のお昼って時間空いてるかしら?」


「大丈夫だと思うけど、どうしたんだ」


なるべく平静を装って返事をするが、緊張しているのはバレバレかもしれない。


もし、バレバレでも虚勢をはらないよりはマシな筈だ。


「もしよかったら会って欲しい人がいるの」


「いいけど、誰なんだよ」


「それはまだ秘密。でも、とても大切な人なの」


「えっ!?もしかして、彼氏……?」


勿体ぶったアルカの言い方に思わず変な想像をしてしまった。


まぁ、確かに……。アルカみたいな可愛い女の子には、もっと背の高いスポーツが得意そうな色黒でオープンカーとか乗り回してるスペックの高い男が似合うんだろうな。


ダメだ、考えただけで脳が破壊されて具合が悪くなりそうだ。


「ふふ、馬鹿ね。前にも彼氏はいないっていったでしょ? 誰かは会うまでのお楽しみよ」


思わず声の裏返った俺にアルカはくすくすと幸せそうに笑った。


「何がお楽しみだよ、俺は不安でいっぱいなんだが?……おーい?」


しばらく待ってもアルカから返事がないので顔を横に向ける。すると、彼女は既に寝息を立てていた。


「喋るだけ喋って、もう寝たのかよ。ほんとに勝手なやつ」


色々と迷惑をかけられはしたけど、悔しいがそんなところも可愛らしいんだよな。


じっと静かに寝顔を見つめていると、その気になればキスが出来るほど近くにアルカの唇があることに気がついた。


それを意識してしまった瞬間、身体中の感覚が研ぎ澄まされるのを感じる。


規則的な呼吸と共に上下する柔らかな胸の感触とか、首元にかかる吐息とか……。


ああ、もう! ふざけるな、童貞がこんな中で眠れるわけないだろ!?


「くそ、トイレでも行くか」


アルカを起こさないようにそっと布団から這い出る。


廊下の奥からはうっすらと灯りが見えていた。


ーーー


冷静になれる場所を探して移動すると、爺さんと金髪オールバックとサナエさんが自動麻雀卓を囲んでいた。


灰皿やら缶ビールが並べられていて、その場の治安はかなり悪い。


「なんじゃ、坊主寝れんのか?」


「あ……はい」


「じゃあ、せっかくだし四麻に付き合え」


タバコの煙を吐きながら爺さんが手招きしてくる。断るのも怖かったので、大人しく空いている席に座った。


麻雀なんてドンジャラかネットゲームでしかやったことがないけれど、空気を読んで周りと同じように出来るフリをしておく。


「おい小僧、あんな可愛い彼女を放って俺らと遊んでていいのかよ? ヤることヤらないでいいのか?」


「もう寝ちゃったんですよ。それと、アルカとは付き合ってるわけじゃなくて……」


「はぁ〜?あの感じでカップルじゃないとかマジ? ちょっと草食系すぎでしょ、絶対付き合えるからとっとと告りなさいよ」


「据え膳食わぬは漢の恥じゃぞ」


「あはは、頑張ります……」


対局中に、三人から雑談でめちゃくちゃからかわれてしまった。


流れとはいえ、なんで俺はこんなガラの悪い連中と卓を囲んでるんだ?


この間までニートだったようなやつが、今はヤクザの家で四人麻雀をしている。たぶんネット掲示板にそんなスレを立てたら、即座に嘘乙と書き込まれて笑いものにされるだろう。


なんだか、一、二週間で自分の住んでいる世界ががらりと変わってしまったような感覚がする。ある意味で異世界転生みたいだ。


……本当に生きてると何があるかわからないものだな。


「にいちゃん、その『白』ポンだぜ」


「ほい、リーチ」


しかし、この人たちかなり麻雀が上手い。ネットでしか遊んだことのない俺が明らかにカモられてるのがわかる。


別にどうしても勝ちたいわけではないからいいんだけど。


「はぁ、全然帰ってこないと思ったら何カモられてんのよアキラ。切るならそっちじゃなくてこっちよ」


じっとツモった牌を眺めていると、気がつけば後ろにジド目のアルカが立っていた。


そして、俺の代わりに真剣な表情で手を伸ばし牌を一つ河へ置く。


それはわりと効果的な選択だったらしく、他三人の目つきが変わる。


「アルカ、起きてたのかよ?」


「あの状況で眠れるわけないじゃない。……この根性無し」


アルカの参戦で他の三人がガヤを入れてきたので、最後の一言が上手く聞き取れなかった。


「何か言ったか?」


「どうせやるなら勝てって言ったの。ほら、右端の牌を切って追いリーチするわよ!」


気にはなったが、やけに張り切っているアルカに促されて俺はリーチを宣言する。


コイツってかなり負けず嫌いだからな、遊びの麻雀でも負けたくはないのだろう。


「面白くなってきたぜ。ぶっちゃけ、小僧が弱すぎて張り合いなかったからなあ。嬢ちゃんのお陰で楽しい夜になりそうだ」


……結局、他の四人が熱くなってしまったので麻雀は朝日が昇るまで続いた。



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