第十九話


「なるほど、俺を巻き込んで後ろのアイツを攻撃したってことか」


「察しが良くて助かるわね」


痛みに堪えながらアルカの方へと近づいていくと、彼女は俺の傷口から申し訳なさげに視線を逸らした。


「にしても、何だかまるであたしが真犯人みたいな状況だったわね。あんたにどう言い訳しようか悩んだもの。ねぇ、少しはあたしのこと疑った?」


「いいや? なんでアルカがここにいるんだろうとは思ったよ。でも、一度信じるって決めたからな。文句があるとしたらすっげえ痛いことくらいだ」


「……あんたのそういうとこ割と好きよ」


そこまで話していると、黒い外套の男が衣服を手で払いながらゆっくりと立ち上がる。


あれだけの魔術をくらっていながら、致命傷は負っていなさそうだった。


「お喋りは済んだか?」


 響くような低い声の男は、両手にダガーを持っていて全体的に軽装だ。シーフジョブのように速度重視の戦闘スタイルなのだろう。


その立ち振る舞いにかなり余裕を感じる。冒険者としては俺たちよりずっと格上そうだな。


「あんたがタツオと槍木を殺した犯人って訳ね?」


「犯人? それは違うな、私は必要のあるものに裁きを下しただけだ。この世には罪をあがなわずにのうのうと生きている人間が多すぎるとは思わないか?」


「そんな言葉遊びはどうでもいいのよ。やったのかやってないかだけ答えなさいっての」


黒服の男は言葉を交わしながらダガーを振り上げる。距離を詰めてくる速度は一瞬だったが、俺は護身用の剣でなんとかそれを受け止めた。


「裁きだか何だか知らないが、無関係のアルカやサナエさんまで巻き込むのは違うんじゃないか?」


「さらった女なら無事だ。俺はタツオや槍木のような悪党とは違うからな」


男がその場で足を高く上げると俺の剣を蹴り上げ、ムーンサルトのような動きで一回転しながら投げたダガーが俺の肩に突き刺さった。


慌ててそれを引き抜くが、少しして身体の内側が熱を持ったように痛み出し、込み上げてきた大量の血液を口から吐き出してしまう。


「アルカ気をつけろ、コイツの武器には毒が塗ってある」


まるで身体を内側から死滅させるような猛烈な毒だ。槍木の死体が悲惨なことになっていたのはこれが理由だろう。


コイツのように搦め手で戦うタイプと、ランサーのような真っ向から戦うファイターは相性が悪い。


少なくとも手の内を知らない初見で相手するにはかなりキツかった筈だ。


「裁きだなんだと偉そうなことをいうわりには、ちょろちょろ飛び回って挙句に毒だなんてちょっと狡いんじゃない?『血の花園ブラッディガーデン』」


アルカの魔術によりフロア一帯に散らばっていた血液が形を変えていき、やがて鋭い棘つきの薔薇園が広がった。


これで不用意に動き回れば茨でダメージを受けることになる。男の武器である敏捷性が活かしにくくなっただろう。


「さて、これでぴょんぴょん跳ね回るのも終わりよ」


「ふむ、考えたな。どうやら貴様らは、今まで裁きを下してきた奴らよりは遥かに出来るようだ」


 黒服の男は、俺のことをもはや戦力外とみなしたのか放置してアルカに真っ直ぐと向かっていく。


アルカは以前に槍木のところでみた、血液の剣を作り出し男と相対した。


「あんたは一体何者なのよ。どうして、あたしを狙うわけ?」


「……既に目的は果たしている。貴様らには釘をさしておこうというだけだ」


しかし、男はそもそもが相当な手練れだ。アルカが劣勢を強いられているのは目に見えてわかる。


恐らく、アルカはビルド的には魔術型で接近戦を得意とするタイプではなさそうだしな。


俺は、アルカの魔術のお陰で空間に濃度が増した魔力を体内をかき集めていく。


不死の呪いが周囲の魔力をどんどんと食らっていき、破壊された細胞を再構築し、腹に空いた穴が急速に塞がっていった。


「よくわかんないけど、あんたらのゴタゴタに巻き込まれてこっちは迷惑なのよ」


「正義を為すには多少の犠牲が伴うというだけの話だ」


「気軽に犠牲なんていうけどね、犠牲にされる側の気持ちを考えたことがあるわけ?」


言葉の応酬を繰り返しながらも、攻撃の手数で負けているアルカはじりじりと壁際へ追いやられていく。


彼女がいなしていられるのもあと数十秒が限界だろう。


何があっても死なない俺と違って、アルカがあの毒をくらえばタダではすまない。


……そうなる前に加勢しなくては。


「よし、もう動けるよな」


手足に力を込めて、肉体が万全であることを確認する。同時にリミットを外し、いつもよりパワーとスピードが出るように全身に魔力を送った。


後で身体は痛むだろうが、気にしている余裕はない。


「少数の犠牲によって、誰かの無念が晴らせるのであれば切り捨てられたものの声など気にする必要はない」


「あんたのその理屈は新しい無念を生むだけじゃない!」


「その通りだ、ごちゃごちゃと勝手なことばかり言ってんじゃねぇぞ」


アルカのすぐそばまで迫っていた男の後ろ側から首を掴み、そのままコンクリートの壁に向かって叩きつける。


衝撃で鉄骨がむき出しになり、土煙がもくもくと辺りに舞った。


「アキラ、助けにくるのがちょっと遅かったんじゃない?」


「ごめんごめん」


アルカは仁王立ちしながら腕を組み、ジトりとした視線でこちらを見ている。


しかし、どことなくその表情は嬉しさを隠せていないようだった。


「ひやりとはしたけど、まあいいわ。それよりもアイツしつこいわね」


彼女の視線の先に崩れた瓦礫から男が起き上がってくるのが見えた。


……結構な勢いで叩きつけた筈なんだけどな。


「私の毒を受けてなお立ち上がるとは大した生命力だ。しかし、なるほどな。貴様らのことは大体わかった」


「まだやろうってわけ?」


「『不浄の霧』」


男の詠唱と共に、ゆっくりと紫色の淀んだ空気が辺りを取り囲んでいく。


それに隠されるように黒服の姿はだんだんと霧に紛れて見えにくくなっていった。


「ちょっと!どこに消えるつもりよ!?」


「待て、追わない方がいい」


先走ろうとするアルカの腕を掴んで慌てて引き止める。


紫の霧が触れた部分から、血で出来た薔薇が腐食していくのが見えたからだ。


あの霧は猛毒だ、吸い込んでしまえばひとたまりもないだろう。


「生贄の数はもう充分に足りる。シキシマアキラにアカガネアルカ、貴様らがこれ以上この件に関わらないのであれば執行対象から除外してやる」


「はぁ? 他人にもわかるような言葉で喋りなさいよ」


アルカの指摘を受けて、黒服は一瞬だけバツの悪そうな雰囲気を漂わせた。


「簡潔にいえば、見逃してやるから手を引けということだ」


黒服の男は俺とアルカを交互に指差しながらそう告げた。


つまり、少なくとももう俺たちの命は狙われないということらしい。


黒服はタツオと槍木を殺したから満足したということなのだろうか。


「待ちなさいよ!?好き勝手やるだけやって、さよならするつもりなわけ?」


「……ふん、これ以上は貴様らに用はない」


黒服の男は吐き捨てるようにそう言うと、ビルの窓から飛び降りて何処かへ消えてしまった。


ーーー


「全く、なんだってのよ」


一応は事件にひと段落がついたというのに、アルカは憮然としたままだった。


確かにその気持ちもわかる。何がどうなってるのかは結局わからず仕舞いだしな。


「ところで、アルカはどうしてここへきたんだ?」


「SNSで匿名の人間から呼び出されたのよ。絶対に罠だとはわかってたわ、だから敢えて飛び込んでやったの」


そう言いながら、彼女が見せてくれたスマホの画面には確かにここへと来るように誘導する挑発的な文章が送られてきていた。


それにしても、こんな罠に飛び込むなんて正気の判断とは思えない。


「どうしてそんな危ないことをしたんだよ。せめて一言くらい相談してくれても良かっただろ」


「あんたはシイナの相手で忙しいと思ったからよ。それにたまには役に立ちたかったの、結局はまた助けられちゃったけどね」


アルカはそう言いながら側まで近づいてくると、両手を合わせて「ごめんね」のポーズをとった。


「もう傷は大丈夫なの?」


「ああ」


それから、腹や肩などのまだ少し傷跡の残っている部分を優しく撫でてくる。


くすぐったくはあったが、嫌な気はしなかったのでしばらく好きにさせておいた。


「そういうあんたこそ、何でここにいるのよ?シイナの件はどうなったの?」


「俺は槍木からの電話できたんだ。そうだ、このビルのどこかに人質がいる筈なんだ!すぐに探さないと」


アルカの質問で、槍木の女……サナエさんがまだどこかにとらわれていることを思い出した。


あまり得意なタイプの人間ではないとはいえ、早く助けてあげないと可哀想だ。


「それには及ばんよ、後はこちらに任せておけ」


慌てる俺の声をさえぎるように現れたのは、和服に身を包んだお爺さんだった。

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