第八話
「さて、ようやく着いたな。それにしても電車なんて久々に乗ったせいで『Melon』のチャージ方法をすっかり忘れてたぜ」
今日はいつも潜っている【多摩東ダンジョン】が使えないということで、【桜ヶ丘ダンジョン】という所まで遠出することになった。
このダンジョンは駅近だが、閑静な高級住宅街の中にいきなり現れるような立地になっている。
辺りは公園のように整備されていて、クレープの移動販売者まで店を構えていた。
【桜ヶ丘ダンジョン】はwikiによると、入門的難易度とされている割に学生くらいしか見かけなかった。
ダンジョンは一部例外を除き、難易度が低いほど混雑する傾向にある。
危険がほとんどないので、運動不足解消やレジャー感覚で潜る人もいるからだ。
「なんか学生さんばっかりで場違いって感じがするし、レビューとかもう少し詳しく見てくればよかったな」
検索欄に『近くのダンジョン』と頭の悪そうなワードを入れ、出てきた情報の通りに来たのが間違いだったらしい。
「でもまぁ、入っちゃえば同じだよな。結局はモンスターがうようよいて、素材が湧くだけだし」
俺は自分に言い聞かせるように、公園の中心へと向かっていく。
どうやら近所には有名女子大があるらしく、まだ昼だというのにダンジョンの入り口は若者で溢れかえっていた。
おおかた、昼まで講義をとってダンジョン潜ってから帰るみたいな学生が多いんだろう。
まぁ、このくらいの人数であればゲートさえ潜っちゃえばダンジョン内で散らばるだろうけどね。
都心みたいに、入場規制がかかったりする程ではなさそうだ。
「ねぇねぇ、ってか昨日のアレみた〜?」
「見た見た!というか『Z』じゃもうその話題で持ちきりじゃ〜ん?」
「あの【不死身】ってあだ名つけられてる、謎の冒険者って一体誰なんだろうね〜? Dtuberたちも必死に探してるみたいだけど」
「わかんないけど、超強いモンスターを一瞬でやっつけたんでしょ? 【西京 優】みたいに優しくて格好良い人だといいな〜」
「「ね!」」
ダンジョンに入る為の列に並んでいると、前にいた三人グループの女子大生たちが大声で何かを話し合っている。
装備を見るに、タンクが一人と後ろにレンジャーと魔術師のパーティだろうか。結構バランスのとれた組み合わせだと思う。
こんな風に複数人でダンジョンに潜れたら楽しいんだろうな。人見知りだからパーティ募集なんてしたことがなかった。
……もし、アルカを誘ったら一緒にダンジョンに入ってくれるだろうか。いやいや、何を考えてるんだ俺は。
「でもさ、盛り上がってる【多摩東ダンジョン】って割とここから近いよね」
「そうそう、私びっくりしたもん!めっちゃ近所じゃ〜ん!と思ってさ」
「【多摩東】に行ってみたら、ウチらでも【不死身】さんに会えるかな?」
「無理無理、だって情報系Dtuberの【ポレポレ】が朝から張ってても見つけられてないらしいじゃん。なんか嘘のタレコミばっかりらしいよ」
「そもそも、いま出回ってる情報も嘘臭いよ。だって、腕をちぎられても再生するとか言われてるんでしょ? それは流石に盛り過ぎだって」
「えー、やっぱりただの噂なのかな〜? でも会えたら私サイン書いてもらいたい!」
断片的にしか聞き取れなかったが、どうやら今SNSでは【多摩東ダンジョン】に現れた【不死身】と呼ばれる冒険者が熱いらしい。
【不死身】? なんだそれ。仮に死なないくらい生命力が高いとしても、そのあだ名はちょっとダサすぎるだろ。
一体どんなやつなんだろう、気になるな。
「どれどれ?」
好奇心に負けて検索欄に『不死身』と入れてみると、サジェストで『冒険者 正体』なんてのがズラりと出てきた。
どうやら、話題になってるのは確からしい。
色んなDtuberがこぞって、その件で動画を出しているっぽい。そのせいか、釣りみたいなサムネも多くなっている。
その中でも特に再生数の多いものをタップしてみることにした。
『ヘルケルベロス(A級モンスター)を単独討伐する謎の男が多摩東ダンジョンに出現!? 切断された腕が瞬間回復しているように見える例の動画を検証してみた!』
それは、口のよく回る男が画質の荒い動画についてああだこうだと喋る内容のものだった。
が、俺は動揺のあまりに再生してすぐにその動画を閉じた。
「……あれ、これってもしかしなくても昨日の俺か?」
画質が悪すぎて自分でも自分と判別するのが難しかったが、動画内で戦っている敵の姿には見覚えがあった。
三つの頭に、獣の胴体。このモンスターはヘルケルベロスだ、さっきマサヨシさんに見せられた資料から考えても間違いない。
「嘘だろ、こんな動画いつ撮影されてたんだよ。あの場には誰もいなかった筈なんだけどな」
それでも幸いだったのはこの動画をみたところで画質の問題で、誰も俺だとは判別できなさそうなことくらいだろうか。
現に女子大生たちは話題にしているのに俺の方を見向きもしなかったし、多摩東ダンジョンでも誰かに話しかけられたりはしなかった。
……あの女の子は偶然ぶつかっただけだろう、たぶん。
「はぁ、今後はもうちょっと気をつけなきゃな」
深呼吸をしながら、スマホから目を離すと既に女子大生たちはゲートを潜り抜けていたようだ。
俺もさっきの動画はなかったことにして、とりあえずダンジョンに入ることにした。
ーーー
「おりゃ……!!」
剣の一撃を受けトドメをさされたゴブリンは粒子となり、後にはドロップアイテムの魔石だけが残る。
「ふぅ。ここは多摩東ダンジョンより敵が弱いな」
いつもならゴブリン一匹を倒すのさえ、結構な手間がかかるのに今日はやけに調子が良い。
ダンジョンに入ってからまだ三十分程度だが、既に五匹はゴブリンを片付けていた。おかげでアイテム採集もはかどっている。
「初心者向けダンジョンってこんなに難易度が違うものなのか。まさか俺がいきなり強くなった訳でもないもんな」
身体の調子自体は昨日とさして変わらない気がする。むしろ、【死王の鎌】を使ったせいで筋肉痛が辛いくらいだ。
「うん、やっぱり敵が弱いんだな」
ダンジョン内で見かける他の冒険者の中には、高校生くらいに見える若者もいた。
冒険者ライセンスは最速で15歳の誕生日から取得できる。だからか、こういう危険性の少ないダンジョンは学生や主婦などが小遣い稼ぎで潜っていたりもするのだ。
「ニートがバイトしないで暮らせてるのも、こういうダンジョンがあるおかげだよな。最初はしんどかったが、今となってはダンジョンには感謝しかないぜ」
たまにダンジョンによる災害に巻き込まれる人がいたり、僻地のダンジョンにはゲートが設置されていないので、好奇心で立ち入って起こる悲しい事件もある。
だから必ずしも良い面ばかりとは言えないがな。
「そもそもダンジョンがこうして整備されて人類にとってプラスになったのは、割と最近のことらしいし」
教科書で黎明期のダンジョンと人との間には壮絶な歴史があると学んだことを思い出す。
なんだっけ、最初にダンジョンが見つかったのは隕石の落下が云々とか……。
「そういえば俺も一度だけ、近所のおじさんに頼まれてダンジョンに入り込んだ女の子を助けに行ったことがあったっけな」
……その時に色々とショックなことがあって、もうあまり覚えてないけど。
それもかれこれ十年近く前のことだもんな。
「そういえば学生の頃ダンジョン探索部なんてのもあったな」
つい楽しくない高校時代のことを思い出して、ブルーな気持ちになった。
ご察しの通り、俺にまともな青春時代なんてないのだ。青春を楽しんで過ごせたやつが、引きこもりニートになんてならないしな。
「よし、くよくよするのは止めだ。今は今出来ることにだけ目を向けよう」
それから俺は、日が暮れる時間になるまでひたすらダンジョンの中に潜り続けた。
今日の稼ぎはいつもの倍近くにもなったので、うきうきでクレープを二人分買って帰るのだった。
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