第五話


「え、なんでお前がここにいるの?」


「何でって、そりゃあんたが心配だったからに決まってるでしょ!? あたしだってそこまで薄情じゃないんだからね! ……別に落としちゃった高い配信機材を拾いに来たわけじゃないわよ?」


「……ふ〜ん」


 俺がいぶかしげな目でアルカを見つめていると、彼女は焦ったように聞いてもいないことまでぺらぺらまくし立てていた。


 彼女はひとしきり辺りをうろつくと、カメラらしきものを拾い上げていたので『俺の心配』じゃなくて『配信機材を拾うため』の方が本題だったのだろう。つくづく信用のならない女だ。


 そうは思いながらも、疲労困ぱいだったので適当に相槌を打ってその場を切り上げようとする。


 俺は無駄な言い合いはしない主義なのだ。


「そんなことよりも! あんたの方こそ、なんでそんなにピンピンしてんのよ? さっきまで、完全に死にかけだったじゃない!? それに、あの恐ろしいヘルケルベロスは一体どこへ消えたっていうの?……まさか、あんたが倒したわけじゃないわよね?」


 俺が黙りこくっていると次から次へとアルカが疑問を投げかけてくる。それにしても本当に舌がよく回るな、こちらが口を挟む隙もない。


「さぁな、俺が意識を取り戻した時にはこの通りすっかり傷は癒えてたし、あの化け物はもう姿を消してたよ」


 その適当な説明に、アルカはジトりとした視線でただこちらを見ていた。補足するように俺は続きを口にする。


「……おおかた、俺が死んだと思ってしっかりトドメを刺さずに他の獲物でも探しに行ったんじゃないか? 俺の傷は通りがかりの治癒術師が回復でもしてくれたんだろう。すごいラッキーもあるもんだな」


 そのまさかだよ、とは内心思いつつも説明も面倒なので話をでっち上げることにした。嘘も方便っていうやつだ。


「へぇ、それは作り話みたいにラッキーだったのね? ま、あんたがそうって言い張るなら、これ以上詮索しても意味がないわ。なら別にそれはそれで良いの、冒険者に隠しごとはつきものだし」


 今度は一転してアルカの方がこちらをうさんくさげに見ていたが、俺は何も言わずに視線をそらした。


 嘘も方便とは言ったものの、嘘が得意だとは言っていない。元ニートの社会不適合者に堂々と嘘を貫き通すなんて芸当は不可能だ。


 しばらく無言が続いた後で、バツが悪そうにアルカがゆっくりと口を開いた。


「ねぇ、こう見えてさっきの事は悪いと思ってるのよ? 結果的にはこうして生きてるけど、あたしは一度あんたを見殺しにしたんだもん……。死んでなくて本当によかった」


「別に気にするなよ。俺は奇跡的にこうして助かったんだから、それでもう充分だろ? しんき臭いのはやめにしようぜ」


 何かとがめるような言葉でも吐いてやろうかと思ったが、アルカがそれなりに反省しているような素振りだったので気の毒になってやめておいた。


 俺に女の子を泣かせる趣味はないのだ。


「ふ、ふ〜ん? 正直、ものすっごく怒られると思ってたけれど、あんたって中々寛大なのね? そうだ!お詫びになるだなんて思ってないけれど、このあとご飯でもどうかしら? もちろん奢るわよ」


 アルカは急になにか思いついたかのようにぐっと距離を縮めてくると、俺の手を取りながらにっこりと微笑みかけてきた。


 お、女の子が俺をご飯に誘ってくるだと!? しかも、ちょっとモンスターの身代わりになって死にかけただけで??


 ……あ、怪しいな、これは何かを企んでいるに違いない。何かまではわからないが、きっと裏があるはずだ。


 この世に冴えない童貞を飯に誘ってくる女の子なんている訳がないのだから。


「あー、気持ちはありがたいが断るよ。今日はもう疲れちまったからな。さっさと家に帰ってシャワー浴びて眠りたい気分なんだよ」


 ぶっちゃけ、可愛い子からご飯に誘われて罠でもいい!というくらいには浮かれた気分ではあったが、それを悟られないように平静を装ってお断りした。


 そもそもニート生活も長く、こうして生身の人と喋るのも久しぶりなのだ。


 実際に二人きりでご飯に行ったところで、俺が緊張から上手く喋れなくて変な空気になるのは目に見えてるからな。


「うぅ……じゃ、じゃあ、せめて連絡先だけでも交換しましょ! ねっ?」


「今朝スマホを無くしちまったから、それも無理だな」


 なおも引き下がってくるアルカを手で制すると、彼女は一転してムスッと頬を膨らませる。


 背が低く童顔のアルカが見せるその表情は、不機嫌そうなのにどこか小動物的で可愛らしかった。


「な、なによ!そんなにわかりやすい嘘ついてまで拒絶しなくても良いじゃない!?ねぇ、なんで!? あたしの何が不満なの!?」


「不満もなにも、知り合って間もないし……それにスマホが無いのもホントだし……」


 不満というわけではないが、アルカの雰囲気はいかにもメンヘラって感じで関わると面倒くさそうだ。文字通り、地雷系女子というのがぴったりと合う。


 ごにょごにょと要領を得ない俺の返答に隙があると思ったのか、アルカはにやにやしながら俺に語りかけてくる。


「ふ〜ん、奥手ってわけね? ……ねぇ、あたしって結構スタイルいいし可愛い方だと思うんだけどなぁ〜? 配信者としてはまだまだだけど、ファンもいるんだよ? 本当にご飯も連絡先もいらない?」


 そんなことを言いながら、あざとく小首をかしげて胸を強調をするポーズをとるアルカ。


 クソっ、あからさまだとわかっていてもそんなことをされればつい視線が吸い込まれてしまうのが男の悲しい性だ。


「ああもう、まどろっこしいな!? 一体何が目的でそんなことしてるんだよ!?」


「ぷっ、あはは!な〜に必死になってんのよ? 別に裏なんてないから安心しなさいってば。あんたがあんまり拒絶するからあたしに魅力がないのかと思って、ちょっと悔しかっただけよ」


 流石に動揺がバレバレだったのか、アルカはこちらを見ながらにやにやと勝ち誇った表情をしていた。クソ、なんかやっぱり段々ムカついてきたな。


「……からかってるなら帰るぞ?」


「もう、悪かったから拗ねないでよ。わかった、顔を見るに疲れてるのは確かみたいね? そんなに帰りたいなら、あんたの家に行きましょ! あたしが手料理を作ってあげる、その方が外で食べるより楽だもんね」


「いやいやいや、出会ってその日の女を家に連れ込むとかないだろ!? そもそも、ワンルームだし、狭いし汚いし……」


 コイツはなにをさも名案のように言い出すのか。女の子を家に呼ぶのは三回以上デートしてからだって、死んだばあちゃんも言ってたんだぞ。


 いきなりなんてはしたないじゃないか!


 俺が再びごにょごにょと口ごもっていると、アルカは口元を抑えて笑っていた。


「その反応はなによ、一々面白いわね。いい歳して童貞でもあるまいし、その程度でうろたえないの……って、あぁ、もしかして童貞?」


「ど、どどど童貞ちゃうわ!ぼけ!」


「ふ〜ん?」


 クソ、コイツまた俺を見てにやにやしてやがる。まったく、アルカと喋っていると終始もてあそばれているようで調子が狂うぜ。


 流石に普段から配信してるだけあって喋りなれているということなんだろうな。


「まっ、そんなの別にどっちだっていいのよ。ほら、こんな辛気臭い所にいつまでも居るとあたしたちにまでカビが生えちゃうわよ? そうと決まれば、とっとと移動しましょ!」


「ほ、本当に来るつもりかよ……」


「だってもう疲れてるんでしょ? それなら、とっとと帰りましょうよ。あたし、料理はそれなりに得意だから期待してくれていいからね」


 アルカはもうすっかりその気でいるらしい。これ以上はきっと何を言っても無駄そうなので、俺たちは荷物を整えて帰路につくことにした。


 それにしても、ダンジョンの中で知り合ったばかりの女の子がその日のうちに家に来るなんて……


 あぁ、なんか無駄に緊張してきたな。


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