第三話


「まずは、魔力の補充からだな」


 ダメージを受け過ぎて、必要最低限の魔力さえ失っていそうだ。細かいことは知らないが、魔力はダンジョン冒険者にとって酸素と同じくらいには重要なものらしい。


「まぁ、一層の生成アイテムじゃ全部使ってもこんなもんだよな」


 今日拾った魔石が次々と砕けていくのと同時に、そこに含まれていた魔力が体内へ流れるのを感じる。


「稼ぎは減るけど、勿体ぶってる余裕はないよな」


 補充された魔力に身体が反応して、傷がゆっくりとふさがっていく。しかし、これはどんな冒険者でも同じという訳ではない。


 魔力を使っての強制的な回復は、呪いでねじ曲げられた特殊体質のせいだ。普通はポーションを飲むとか、回復術師に魔法をかけて貰ったりして傷を癒さなくてはならない。


「俺の体質のせいで、魔力をほとんど体内にためておくことが出来ないらしい。それは冒険者として非常に不利だと教官からも言われたっけな。ある程度、体内に魔力を持たないと冒険者として必須の魔法が使えないとか」


 冒険者ライセンスの教習を受けていた頃のことを懐かしみながら、独り言を呟く。


「だから『死にたくなければ低階層で小金を稼いでいた方が良い』と教官は真剣に忠告してくれた。実際問題として、別に俺そのものは強くはないからな」


 ぶつぶつと喋っているうちに、ゆっくり胸の辺りからまがまがしい黒色の魔力がほとばしる。その魔力はまるで傷口に蓋をするように集まっていき、怪我を治していく。


「切断された腕までにょっきり生えてくるんだから、治すってのも何か違うよな。普通に気持ち悪い」


 再び戻ってきた左腕の感覚を、手の開閉で確かめる。うん、完全に修復されていた。


 しかし、この治癒にヒールのような温かさは感じられない。


 ただ、呪いによって死ねないよう事務的に元へ戻されているだけだ。


『グルルルルゥ……』


 傷が癒えていく俺を不審に思ったのか、ヘルケルベロスの頭の一つが大きな口を開けてこちらに炎のブレスを吐いた。どうやら、徹底的にトドメを刺したいらしい。


 その炎は、文字通り地獄の業火と呼べる威力で地面すらも焦がすような匂いがする。


 当然、広範囲のブレスなど避けることも出来ず、正面から受け止める他なかった。


 何千度もの炎に包み込まれ、皮膚が焼けていくのを通り越し、骨の髄まで溶けているような感覚がする。


「クソみたいに熱いな……流石Aクラスのモンスター。ここまでで普通ならもう軽く三回は死んでるな、最悪だ」


 煙が収まると、俺を覆うように身体の内側から黒い魔力が立ち昇っていた。ただれた皮膚全体がすぐさまに修復されていき、恐らく焼死体のような状態から人間の形に戻っていく。


『……ガルルゥ?』


 流石の事態に驚いたのか、ヘルケルベロスは三つの頭を捻っている。Aクラスともなれば知性は高いらしい。


「そりゃあ、モンスターのお前からしても不思議だよな。俺は、気配だけなら正真正銘の雑魚冒険者だし。本来なら、お前の攻撃を軽くでももらったら死体になってなくちゃおかしい。でも、現に俺は何度お前の攻撃を食らってもピンピンしてる」


『……グルルルル』


 今度はすぐに攻撃をしてくるつもりはないようだ。姿勢を低くして、こちらの様子を伺っている。只者ではないと警戒を始めたのだろう。


「俺はガキの頃、ダンジョン災害に巻き込まれてな。今の【攻略組】でも入り込めないような【新宿中央ダンジョン】の最深層へと転移されられたんだ。そこで、俺は【不死の王】という化け物から呪いをかけられた。理屈はわからないが、そいつは呪いをかけただけで満足したらしく俺の命まで奪うことはなかった。それから、俺はどんな理由があっても死ねない身体になったんだよ」


 知性はあれども、言葉の通じないモンスター相手に昔話を語っても仕方ない。ただ、人間相手には喋れない秘密を何処かに吐き出してしまいたかっただけだ。


「本当は戦うのって面倒だから嫌なんだが、これだけ痛い目にあわされたならもうどっちを選ぼうが同じことだしな。全部お前のせいだぞ」


 ヘルケルベロスは俺の言葉を聞いてか聞かずが、じっと赤い六つの目でこちらを見つめている。


 実は死なないこと自体はダンジョン内でそこまでのメリットではない。結局、戦闘力がなければ奥へはいけないのだ。


「モンスターを全部無視しようとしたら、不意をつかれて死ねない状態で何度も攻撃をくらい続けたこともあるしな」


 交戦的なダンジョンモンスターの性質上、何か特殊な手段を用いない限りは逃げ切ることは出来ない。例えばシーフ系の煙幕玉とかね。


「クソ痛いから、やりたくないんだけどな。こうなったら最終手段だ。【死王の鎌】」


 俺が武器を呼び出す為の詠唱をすると、身体に先ほどまでとは比べ物にならないような激痛が走る。身体が内側からバラバラに弾け飛んでしまいそうな程だ。


「魔力から精製される武器は、本来はAクラス以上の冒険者しか使えない。莫大な魔力を凝縮させないといけないからな。大して魔力量のない低ランクが真似すれば、枯渇して気絶するか死んじまう。でも、俺は限界まで魔力を搾り取られようが呪いで死ぬことはない。だから、あり得ない程の苦痛と引き換えに、強引に呼び出すことが出来ちまうわけだな」


 説明が終わる頃には、俺の身の丈くらいはある柄に、黒銀に冷たく光る大きな湾曲した刃が付いた鎌が右手に収まっていた。


 別に俺が望んでこの武器を使っている訳ではなく、呪いの影響で【死王の鎌】が押し付けられたようなものだ。


 昔、金に目が眩んでダンジョンの深くまで潜り過ぎ、モンスターに殺されて生き返るを百回ほど繰り返したら呪いの効果なのか【死王の鎌】が出てきて勝手に敵を倒し始めた。


「さぁ、任せたぞ鎌。どうせいつもみたいに自動で倒してくれるんだろ?」


 俺が武器を取り出したことに恐怖を感じたのか、ヘルケルベロスは再びブレスを吐く為に息を深く吸った。


 しかし、その灼熱のブレスを【死王の鎌】は容易く二つに引き裂いてしまう。


 そのまま、鎌に引っ張られるようにして肉体の負荷を無視した動作で、ケルベロスの懐に潜り込む。滑らかな鎌捌きで首を一つ、二つと跳ね飛ばした。


「まずは、二匹か。これで、お前もただの犬っころだな」


 格下だと思っていた相手に自らの頭を二つも奪われると、モンスターとはいえ流石にうろたえているようだった。


 やぶれかぶれになったのか、ケルベロスは残った頭で大きな口を開け、俺を丸ごと呑み込もうとしていた。


「だから、何されても死なないんだっつーの」


 それを全く避けないまま、鎌を振るうと口から身体までを魚の切り身のように綺麗に切り裂いた。


「はぁ、勝ちはしたけど全身がいてぇ。これはまた一週間くらい筋肉痛だな」


 ケルベロスがぴくりとも動かなくなるのと同時に、鎌は魔力となって霧散していく。


 身体についたケルベロスのよだれや血液の臭いに思わず吐きそうになるが、グッと堪えてドロップアイテムを確認した。


「うぉっ、見たこともないような色の巨大な魔石。それから大きな黒い牙と、黒い毛皮か……。Aランクの素材ってどのくらいの値段で売れるんだろう」


 頭の中で、適当にそろばんを弾いてみるがニートの金銭感覚では100万くらいになったらいいな〜。くらいにしか思えなかった。


 「でも、結局はこれを売りに出すことはないな。Eランクの冒険者がAランクモンスターの素材を売るのはあまりに不自然だし。何より、冒険者協会に嗅ぎ回られるのは困る」


 深くため息をつきながら、素材をとりあえずはリュックサックに詰める。


 やろうと思えば戦えるのに、目立ったことをしないのにはそれなりの理由があるのだ。


「さぁ〜て、帰ったら飯でも食いながら新しい配信者の推しでも見つけるか〜」


「えっ!?あ、あんた!生きてたの!?」


 のんきに帰宅後のことを考えていたところで、先ほど俺を見捨てて逃げた筈の【アルカ】が驚いた表情でこちらを見ていた。


「え、お前なんでここにいるの?」


 俺は話がややこしくなりそうな予感に少し寒気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る