第三話


「まずは、魔力の補充からだ」


 ダメージを受け過ぎて、人体を維持する必要最低限の魔力さえ失っていそうだった。細かいことは知らないが、魔力はダンジョン冒険者にとって酸素と同じくらいには重要なものらしい。


まぁ、一層の生成アイテムじゃ全部使ってもこんなもんだよな。


 今日拾った魔石が次々と砕けていくのと同時に、そこに含まれていた魔力が体内へ流れるのを感じる。


……稼ぎは減るけど、勿体ぶってる余裕はない。


 補充された魔力に身体が反応して、傷がゆっくりとふさがっていく。しかし、これは誰がやっても同じという訳ではない。


 この回復力は、呪いでねじ曲げられた俺の特殊体質だ。普通の冒険者はポーションを飲むとか、回復術師に魔法をかけて貰ったりして傷を癒さなくてはならない。


しかし、これは利点ばかりでもなかった。


この呪いのせいで、俺は魔力をほとんど体内にためておくことが出来ない。それは冒険者として非常に不利なことである。


なぜなら、体内に魔力がないと冒険者としては必須である魔法が使えないから。


俺が冒険者ライセンスの教習を受けていた頃の日記にこんなことが書いてあった。


『お前みたいに冒険者は、低階層で小金を稼いでいた方が良い。死にたくなければな』という、教官からの忠告。


 その言葉を思い出しているうちに、ゆっくりと胸の辺りからまがまがしい黒色の魔力がほとばしってくる。


その魔力はまるで傷口に蓋をするように集まり、怪我を治していった。


……うーん、切断された腕までにょっきり生えてくるんだから、治すってのも何か違うよな。普通に気持ち悪いし。


 再び戻ってきた左腕の感覚を、手のひらの開閉で確かめる。もう完全に修復されているな。


 しかし、この治癒にヒールのような温かさは感じられない。ただ、呪いが俺を死なせないよう事務的に元の形へ戻しているだけだ。


『グルルルルゥ……』


 みるみる傷が癒えていく俺を不審に思ったのか、ヘルケルベロスの頭の一つが大きな口を開けてこちらに炎のブレスを吐いた。


どうやら、徹底的にトドメを刺したいらしい。


その炎は、文字通り地獄の業火と呼べる威力で地面すらも焦がすような匂いがした。


当然、広範囲のブレスなど避けることも出来ないため正面から受け止める他ない。


 何千度もの炎に包み込まれ、皮膚が焼けていくのを通り越し、骨の髄まで溶けているような感覚がする。


「クソみたいに熱いな……流石Aクラスのモンスター。ここまででもう軽く三回は死んでるな」


 煙が収まると、俺を覆うように身体の内側から黒い魔力が立ち昇っていた。ただれた皮膚全体がすぐさまに修復されていき、焼死体のような状態から人間の形に戻っていく。


『……ガルルゥ?』


 流石の事態に驚いたのか、ヘルケルベロスは三つの頭を不思議そうに捻っている。Aクラスモンスターともなれば知性はかなり高いらしい。


そりゃあ、モンスターのお前からしても不思議だよな。


俺は、気配だけなら正真正銘の雑魚冒険者だし。本来なら、お前の攻撃を軽くでももらったら死体になってなくちゃおかしい。


でも、現にこうして俺は何度お前の攻撃を食らってもピンピンしてるわけだから。


『……グルルルル』


 今度はすぐに攻撃をしてくるつもりはないようだ。姿勢を低くして、こちらの様子を伺っている。野生の勘で危険だと判断し、本格的な警戒を始めたのだろう。


「俺はガキの頃に『ダンジョン災害』に巻き込まれたんだ。そして、今の【攻略組】でも入り込めないような【新宿中央ダンジョン】の最深層へと転移されられた。そこで、俺は【不死の王】という化け物から呪いをかけられた。理由はわからないが、そいつは俺に呪いをかけただけで満足して命まで奪うことはなかった。それから、俺はどんな理由があっても死ねない身体になっちまった」


……らしい。そう、俺自身が残した日記に書いてあったのだ。そんな衝撃的なことをどうして覚えていないのかはわからないが、俺自身はそのことをすっかり忘れてしまっている。


知性はあれども、言葉の通じないモンスター相手に昔話を語っても仕方ない。ただ、人には喋れない秘密を何処かで吐き出してしまいたかっただけだ。


「本当は戦うのって面倒だから嫌なんだが、これだけ痛い目にあわされたならもうどっちを選ぼうが同じことだもんな。全部お前のせいだ」


 ヘルケルベロスは俺の言葉を聞いてか聞かずが、じっと赤い六つの目でこちらを見つめている。


「【死王ハーデスサイス】!」


 俺が武器を呼び出す為の詠唱をすると、身体に先ほどまでとは比べ物にならないような激痛が走る。身体が内側からバラバラに弾け飛んでしまいそうな程だった。


……本来は魔力から精製される武器は、Aランク以上の冒険者にしか扱えない。なぜなら莫大な魔力を必要とするからだ。


大して魔力量のない低ランクがそんな真似すれば、体内の魔力が枯渇して気絶するか……最悪は死んでしまう。


でも、俺は限界まで魔力を搾り尽くそうが呪いで死ぬことはない。だから、あり得ない程の苦痛と引き換えにして呼び出すことが出来るわけだ。


少しの時間をおいて、俺の身の丈くらいはある柄に冷たく光る大きな湾曲した刃が付いた鎌が右手に収まっていた。


 別に望んでこの形状の武器を使っている訳ではなく、【死王の鎌】は呪いに押し付けられたものだ。


昔、金に目が眩んでモンスターを全部無視してダンジョンを突き進み、囲まれて何度も殺され続けたことがあった。


死んで生き返るのを百回ほど繰り返したところ、デスループを回避する為なのかこの【死王の鎌】が出てきたのだ。


「さぁ、任せたぞ鎌。いつもみたいにやってくれよ」


 俺が武器を取り出したことで恐怖を感じたのか、ヘルケルベロスはブレスを吐く為に息を深く吸った。


 しかし、その灼熱のブレスを【死王の鎌】は容易く二つに引き裂いてしまう。


 そのまま、俺は鎌に引っ張られるようにして肉体の負荷を無視した動作で、ケルベロスの懐に潜り込む。そして、滑らかな鎌捌きで首を一つ、二つと跳ね飛ばした。


「まずは、二匹か。これで、お前もただの犬っころだな」


 格下だと思っていた相手に自らの頭を二つも奪われると、モンスターとはいえ流石にうろたえているようだった。


 やぶれかぶれになったのか、ケルベロスは残った頭で大きな口を開け、俺を丸ごと呑み込もうとしていた。


「だから、飲み込まれても死なないんだっての」


 それを全く避けないまま鎌を振るうと、その口から尾までがまるで魚の切り身のように綺麗に切り裂かれた。


はぁ、勝ちはしたけど全身がいたいな。これはまた一週間くらい筋肉痛になるぞ。


 ケルベロスがぴくりとも動かなくなるのと同時に、鎌も魔力となって霧散していく。


 身体についたケルベロスのよだれや血液の臭いに思わず吐きそうになるが、グッと堪えてドロップアイテムを確認した。


うぉっ、見たこともないような色の巨大な魔石。それから大きな黒い牙と、黒い毛皮か……。Aランクの素材ってどのくらいの値段で売れるんだろう。


 頭の中で、適当にそろばんを弾いてみるが元ニートの金銭感覚では100万くらいになったらいいな〜くらいに漠然としか想像できなかった。


……でも、結局はこれを売りに出すことはないだろうな。Eランクの冒険者がAランクモンスターの素材を売るのはあまりに不自然だし。何より、下手なことをして冒険者協会に目をつけられると困る。


 深くため息をつきながら、素材をとりあえずはリュックサックに詰めた。


【死王の鎌】を使えば無双できないこともないが、しないのにはそれなりの理由がある。日記にも『能力はあまり使うな。色々忘れる』と大きく赤文字で忠告が残されていたし。


……忘れるって、何をなんだろうな。


「さぁて、帰ったら飯でも食いながら新しい配信者の推しでも見つけるか〜」


「えっ!?あ、あんた!生きてたの!?」


 のんきに帰宅後のことを考えていたところで、先ほど俺を見捨てて逃げた筈の【アルカ】が驚いた表情でこちらを見ていた。


「え、お前なんでここにいるの?」


 俺は話がややこしくなりそうな予感に少し寒気がした。

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