第27話 香典
発熱により一眠りしたあと、結局母はばあの泣き落としに折れて通夜と葬儀に参加することとなった。途中、リュウからメールで謝罪されたり、心配されたものの、その趣旨を伝えれば安堵していた。
リュウやかん姉に罪悪感やら心配やら抱かせるのが申し訳ないと思いながら、とりあえずひと段落ついた現状に心なしか頭痛も和らいだ気がする。
とはいえ、貧血症状が出始めたため、通夜で粗相しないか心配ではあるのだが。
現在時刻は午後一時過ぎ。
ばあは先に母と弟が会場に送ったところである。母一人で送るつもりだったようだが、あんな出来事があった上、元凶の居る場所に母とばあだけで行かせるのは不安であったため、弟に同行を頼んだのだ。
帰ってきた二人は、伯母に会わなかったようで変わった様子は無く、それに酷く安堵した。
そうして、三人でのんびりとしていると弟が不意に「俺、礼儀作法とか分からんのやけど……何かせんと悪いことある?」と問いかけてきたのだった。
「ん? 葬式は明日だし、通夜は来た人に会釈するぐらいだから特にないと思うけど」
「まあ、周りに合わせればいいのよ」
ふむふむと頷く弟を見ながら、私はご香典の存在を思い出した。忘れぬ内にとバッグから取り出し、母に見せる。
「これ、通夜の時に出せばいいん?」
「あ、これ? うーん、明日かな」
母はそう言ってバッグに仕舞うように言った。そんな、私たちのやり取りに、弟は焦ったように「ご香典って何? なんか用意せんといかんかった!?」と問いかけて来る。
弟は、ご香典の存在を知らなかったようだ。まあ、私も調べなければ知りもしなかったし、無理もないだろう。
「ハルのは私が出しとくからいいよ。サクラは持ってきてるけど、全部終わったらちゃんと返すからね。ばあも、あんた達から貰ったものは返すつもりだから」
「え、そうなん? つか、お金なの?」
ーーそういえば、ご香典って通夜や葬儀で参列者が持って来るものらしいけど、そのお金は何になるのだろう
ふと湧いた疑問に、私はバッグから取り出した封筒を見つめた。
「そうよ。いい機会だから、覚えときなさい。通夜とか葬式どっちでもいいんだけど、いくらか包んで出さないといけないの。この島だと相場は三千円とかそこらだけど」
「へぇ、そうなんだ」
母は「私は五万円包んだ。ミヨなんかは幾ら包んだか知らない」と続け、私は弟と共に「五万!?」と驚愕の声を上げた。
「そうよ。というか、娘息子ならそうすべきだと思うのよね。あと、ミヨより多く出してやるってプライドもある」
「はー、お母さんパート……つーかアルバイトなのに……」
「え、俺もバイトしてるけど……どうしよ、今金欠……」
「あんたらはいいのよ。ハルの状況なら仕方ないし、サクラは大学生だから。問題は、ミヨ達とリュウ、カンなんかが包むかどうかよね。これ、包むのが常識だからね」
母は念押しのように強く言った。
「あのさ、このお金って結局何になるん? お葬式代?」
「そうよ。リカコが良くしてくれて、普通じゃ考えられないくらい安くしてくれたからご香典で賄えるかもしれないの。ほんと、感謝だね」
なるほど。
私は一つ頷き、バッグから財布を取り出して五千円札二枚を抜き取り、一枚を自分のご香典袋に入れ、もう一枚を弟に差し出した。
きょとんとした弟は、「え? お小遣い?」とふざけたことを言い、私は「んなわけあるか」と即答する。
「お葬式代になるんなら、私は一万出す。この五千円はハルの分。お母さんはハルの分を出さないでいいよ」
「え?」
母と弟は揃って驚いた表情をした。
私のご香典袋には五千円札二枚の計一万円、そして弟のご香典は今渡した五千円である。
「え、でもサクラ学生じゃん。俺、一応アルバイトとはいえ社会人だから出すよ」
「いや、いいよ。金欠なのに後からお金ないって言われる方がいやだし。それにまあ、大学生とはいえ世間一般的には成人してるからね」
「いいの? サクラ」
母の問いかけに迷わず頷いた。
本当は、兄が多く包むべきなんだ。母の経済的負担を抑えるのに一番良い人間が失踪してるのだから、少しでも力になりたいのは当然である。むしろ額が小さくて申し訳ない限りであった。
流石に、伯母夫妻だって二人で五万以上は出すだろうし、リュウもカン姉も出すだろう。カン姉に至っては結婚して、旦那さんもいるのだから。
本当に微々たるものだが、ここで出さなきゃ後悔しそうだ。
「サクラ、ありがとうね。返すからね、ちゃんと」
「返さんでもいいんだけど……」
「ダメよ。じいも嫌だろうし、ばあは二人には返すって言ってたから。それに、じいのことだからお釣りが出るくらいかもしれない」
そう言って母は微笑んだのだった。
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