第17話 姉弟
数時間前に訪れた港には、見送りと迎えにやってきた人で混雑していた。早朝であるが子供の姿も多く見受けられる。やはり、船が港に入る時刻は人で賑わうようだ。
待合所の側に停車して、スマートフォンを取り出す。弟のチャット欄を開き、迎えに来た趣旨を簡潔に送った。
船はすでに接岸している様子だが、既読はつかない。スマートフォンを見る暇が無いのだろうか。
私はなんだか胸がムカムカする感覚に大きく息を吐いた。事態が好転しない今、ちょっとしたことでも多大なストレスとなって心身を蝕んでいる気がする。
はやく既読つかないかな。
液晶のブルーライトにぐっと目を細めながら、そう思った。
数分後、続々と船から人が降り始める。
ふと、前方にあたりを見回す青年の姿があった。よく見れば、それは弟である。
フロントガラス越しに目が合った弟は、にんまりと奇妙な笑みを浮かべながらにじり寄ってきた。その行動は不審者のようで、他人のふりをしたくなる。
「ごめんね、ありがとね」
「うん」
開口一番そう言ってそっと車に乗り込んできた弟は、嬉しそうだった。そこに、先程の奇妙な笑みはない。純粋な笑顔だ。それを見て、ほっとする。
癇癪癖があり、なかなか気分の浮き沈みの激しい弟は、久々に私や母と会えることが嬉しいらしい。不謹慎だという罪悪感はあるようだが、それでも喜色を隠せていないのだ。
「さっきめっちゃ顔が気持ち悪かったよ」
「顔がって何? 笑い方じゃなくて?」
「あと動きも気持ち悪かった」
「話聞いてる?」
私の明け透けな言い様に、弟はわざとらしく泣きそうな顔をする。それを無視して口を開いた。
「お前、全然既読つかんかったけど」
「あーごめん。船乗ってから電波悪くて通じんかったんよ」
「ナルホド」
弟の言い分に相槌を打つ。きっと、電波が悪かったのは本当だろうが、繋がるようになっても見るのが面倒臭かったんだろう。
私は常時面倒臭がりな人間なので、弟の気持ちがわかる。弟も、私から既読・未読スルーされる常連であるため、何も言わないが時々母に愚痴っていると聞く。母から私に告げ口されるのも知っているため、遠回しな苦情みたいなものだ。私も、弟の会話などは母に横流ししているし、お互い様ではあるが。
それでも、本当に大事なことは黙っているため、お互い相談者として信頼があるのだ。
「お母さんは? 家?」
「あー……葬儀場にじいの身体あるんよ。ばあと、伯母さんたちはそこ居る。お母さんは家」
「ナルホド」
弟はふむふむと頷いた。
私は事情を話すべく、起こった出来事と母視点の説明、かん姉とリュウの言い分に、伯母の言動を簡潔に伝えた。初めは興味なさそうな反応をしていた弟は、次第に頬を引きつらせ、「はー? じいの葬式なのに何しよんの伯母さん」とコメントをこぼした。やはり、伯母の発言は弟も不審に思ったらしい。
「サクラ来て早々に大変じゃん。お母さんもだけど」
「そーなんだよなぁ! まじで勘弁してくれって感じなんよ……!」
「ドンマイ」
にっこりとわざとらしい笑顔を浮かべてサムズアップする弟に、深く溜息を吐く。
「他人事じゃないから。お前も巻き込む」
「えー……いいけど」
「いいんかい」
「俺も家族やし。お母さん一番がんばってたの知ってるから」
これ、お母さんが聞いてたら嬉しかっただろうな。
なんでもないような顔でそう言った弟に、成長したなと密かに感動した。それもそうだろう。日頃から何かと母に助けられているのだから。
弟は母に苦労をかけたくない気持ちはありながらも、よく力を借りることがある。一人暮らし故に、大変なことが多いようだ。なにか困ったことがあれば、どんな些細なことでも私に連絡してくる。私は連絡無精故に、あまり自分からメッセージを送ることもないが、弟は自主的に連絡してくる。基本、私を頼れないときは母に電話するらしい。私も、できるだけ弟が困っているときは力を貸すよう心がけているものの、学生であるためできることは限られていた。
それも、半年ほどで卒業するため、来年には解消されるだろう。元来なら、兄を頼るところだろうが、歳も離れているし失踪中ゆえ選択肢にない。失踪していない時分でも、雑談はすれど相談や手助けを頼むことはなかった。
「ーーで、結局俺どこ行くの? 会場?」
「そう。じいに線香あげて……話し合いに参加。わけわからんやろうけど、聞くだけ聞いとって。言いたいことは言っていい」
「うーん……わかった」
乗り気でないのか、少し考える素振りをしながらも頷いた弟。
そんな弟を見ながら、私はハンドルに軽くもたれかかり、脱力する。
「正直、今日ほどお前が来てよかったって思ったことはないよ。いつもは不快な思いするのに」
「それ本人に言う? 一応俺も傷つく心あるんだけど……?」
「友達から宇宙人って言われるくせによく言うよ」
「それアイツが勝手に言ってることだし、サクラも勝手に言ってんじゃん。俺の心はセンサイなの!」
「嫌ってるわけじゃないし、別に言ってもいいだろ。お前以外に言わんわ、こんなの」
「ビブラートって知ってる?」
「むしろオブラートって知ってる?」
頓珍漢な事を言い出した弟に即座に言い返しながら笑う。弟は「あ、ホントだわ」と自分の発言に驚いていた。
母からよく「姉弟コントしてんの?」だの「あんたらの会話、頭痛くなるわ」だのと言われることの多い私達だが、相変わらずの弟の天然具合に、心がすっと軽くなった気がした。
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