第4話 カーバンクルの名前
村から森へ向かう道の途中、エラとカーバンクルは並んで歩いていた。
森に至るまでの道には草原が広がり、疎らに木々が生えている。ここは旅人だけでなく村人達も食料や資材を調達しに度々足を運ぶ場所だ。エラも何度か母親と二人、食材を獲る為に来たことが有る。
遠方に視線を向ければ籠を持った村人が葉や木の実を採集している姿があり、そのすぐ傍には小さな毛玉のような魔物がふわふわと漂っている──あれはモフリングと言ったか。自然界に存在する色を思わせるパステルカラーの体毛を持つ個体が多く、色によっては葉っぱや草に紛れてしまうこともある種族だ。好奇心旺盛で人を追いかけたり、ちょっかいを出すことがあれど「危険性は無いから放っておいていい」と母親に聞いたことがある。
エラ達のすぐ真横をすり抜けていく個体もいるが、攻撃されるわけでもなく本当にただすれ違うだけ……手のひらに乗るくらいの小さなサイズ、まんまるな毛玉のような姿で丸っこいフォルム。ふわふわとした柔らかい毛に包まれている。毛の中から小さな丸い目が覗き、黒くつぶらな瞳が特徴的。表情がわかりにくいが愛嬌がある。体の下部に小さな丸い足が二つあり、歩く時は転がるように歩く。手はほとんど見えず毛の中に隠れているが、時々小さな前足を出して何かを触る仕草をすることがある──非常にかわいい。エラは以前何度か外へ出ては友人と共に魔物のスケッチを行ったが、彼等の事も何度か描いたことがある。
保護対象になっている魔物というわけでもないため、稀に町から村へ仕事で訪れる冒険者の類は彼等を簡単に切り倒してしまう。幼少期、エラはこの光景を見てひどくショックを受けていたが……最近になってようやく彼等との価値観が違いを受け入れることが出来た。
「魔物……そうだ。貴方には名前が無かったよね、カーバンクル……」
エラの言葉にぴったりと隣を歩いていたカーバンクルが顔を上げる。
ルースの家で見た時のように沢山個体が集まっているとどうにも犬や猫のように見えてしまい雰囲気が薄れていたが……カーバンクルの容姿は神秘的で可愛らしさと神聖さが共存しているとエラは思う。
体全体は白く光沢のある毛皮に覆われ、光を受けるとその毛は柔らかく輝くように見える。背中から伸びる一本の長く大きな尾は流れるような曲線を描き、尾の先端は淡い虹色のグラデーションがかかっている。この尾はカーバンクルの魔力の象徴でもあるのだろうか?──動きに応じて魔力が流れているかのように光を帯びる時がある。耳はウサギやキツネのように大きく鋭く立ち、周囲の音や気配を敏感に察知できる様子。耳の先端は黒く、外見に少しだけワイルドな印象だ。額には特徴的なオパールが埋め込まれており、宝石は淡い光を放ち時折脈動するように輝いている。
目は大きく、グレーの瞳は優しく見る者を安心させるような穏やかな表情をしている。カーバンクルの体つきはしなやかで、動きは非常に軽やか。──小動物の愛らしさと神秘的な存在感が融合した存在というのがエラの感想だ。
カーバンクルの名前を決めないといけないのに!──エラはよく絵を描いていた影響からか、一度気になる植物や魔物を目にするとついつい観察に入ってしまう。今回もそうだ。このように集中力が無いと(集中力の方向性が違うのかもしれないが)あっという間に魔物に襲われて死んでしまうかもしれない。
エラは両手で頬を叩き、気を取り直してカーバンクルと向き合った。
「ルースさんは貴方の事を9号って呼んでたでしょ。多分頭数が多いから数字で読んでたんだと思うけど……これから長い付き合いになると思うし、もっと親しみやすいニックネームがあればいいかなって思うんだよね」
「うん、あの人センスないと思う」
「……うん?」
エラの足元から再びあの声が聞こえた。とはいえカーバンクルの口は閉じたままで周囲に人がいる様子もない──喋った?
あの人、というのはほぼ確実にルースのことだろう。ルース以外にあり得ない。空耳だとしても……エラはカーバンクルを見下ろし、視線を合わせる。
「喋れるの?あのさ……ルースさんと暮らしててどうだった?」
「喋れるよ。エラと話すのはこれで三回目になるね。あの人さあ……研究だか何とか知らないけど、使役も飼育も向いてないと思うんだよ。部屋汚いし。ご飯も美味しくない。話しかけたけど全然聞こえないんだよね」
カーバンクルは喋っている。
内容自体はルースの生活力が無いだとか、研究施設の中はゴミ屋敷状態であるとか、カーバンクルは魔法生物とはいえ到底愛玩動物にも及ばない扱いを受けているだとか──にわかに信じがたい内容ではあるのだが、ハッキリとそう喋っている。
それもエラが試しに耳を塞いでみてもしっかりと頭の中に響く声で・自分の意志を伝えてくる魔物がいるとは聞いていたが、ルースの場合はそれが聞こえなかったらしい。
「わかったわかった。もう魔物が喋ることについては驚かないよ。ただ……どうしてルースさんには聞こえなくて、私には聞こえてるのか気になるんだけど」
「才能でしょ。人語を喋れるのもいるし、広範囲に意思を伝えられるのもいるけど。『受け取る』才能だと思って喜びなよ」
「うーん……」
少し複雑だ。そんな才能があったところで思い悩むことの方が多いのではないか。
カーバンクルは変わらない表情で並んでエラの隣を歩いているが、声は変わらずエラの頭の中へ聞こえてくる。喜べと言われても……。
「そうだ。名前を決めるんだったね、何がいい?」
「数字以外なら何でもいいかな……数字は流石にセンス無いでしょ。それにね、ルースは飼ってたカーバンクルがみんな色が違ったっていうのにそれでも名前を呼び間違えてたんだよ。顔が同じだからなんて言うんだよ。失礼でしょ?」
「そうだなあ……色……で何か名前を考えようか」
カーバンクルは相変わらずルースとの生活を扱き下ろしている──決して虐待されていたわけではないようだが、魔物の扱いと生活力の無さはどうにも本物らしい。「都会の魔法使いのイメージが悪くなるよね」というカーバンクルの言葉には一先ず返答せず、エラはカーバンクルの体をじっと眺めた。
白だから白?それとも虹色に輝いているからオパール?──今まで自分の家で動物や魔物を飼ったことがない弊害がこんなところに現れるとは。エラは腕を組んだまま陽光を反射してきらきらと色を変えて光るカーバンクルをぼんやりと見下ろす。
「ルミナ……ルミナってどう?何となく光っぽいから」
「数字よりはいいかな。うん、ルミナでいこう」
実際に光の魔法も使うしね。改めてよろしく、エラ。
ルミナと名付けられたカーバンクルはその場で軽くぴょんと飛び跳ねると心なしか先ほどより軽やかな足取りで歩いていく……そんなに数字の名前が嫌だったのか。
一先ずは光に関連する名前を付けてみたが、エラにはカーバンクルがどのような性質を持っていてその魔力をどうやって扱うのかもわからない。本人が良いと言い、このまま種族名で呼び続けるよりはいいのだろうか……こうして一人と一匹は森へと辿り着いた。良いとも悪いとも言えない滑り出しである。
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