第6話 ジェラルドの過去

スライム一族は強大になった。


規模で言えば、1つの国に匹敵するだろう。

といっても、各群れが点在している状態ゆえ、すべての群れが一枚岩というわけではないが。


皆、武器を持ち、体技や剣術に磨きがかかっている。

相変わらず全裸なのは少し格好良くないが仕方ない。

スライムは変形して戦うから、服や鎧はかえって邪魔になってしまうのだ。


そして、俺の息子たちはそこらの野生のスライムとは比べ物にならないほど強い。

俺はそいつらのリーダーだ。

一国の王と同等の軍事力を持っているだろう。


そこで俺は、ふと幼き頃の夢を思い出した。

──── 人間への復讐だ。


俺は、最愛の母を殺した国が許せない。


---


6年前。


病弱な母の病は完治できるものであったが、金が足りず、医者は何もしてくれなかった。

当然、国からの援助などない。

母は病気になりながらも働き、俺を育てていくれた。

でも、病状が悪化し、母はついに動くことができなくなり、ついには亡くなってしまった。


母が死ぬ前、まだ子供だった俺は、自分に何かできることはないかと、奔走した。

しかし、子供一人がまともに働いたところで、安い賃金で働かされるだけだ。

それでも、何もしないよりましだと、新聞配達や農家の手伝いをした。

1日中働いても、すべて生活費に消える。

母を救うことなど到底できない。


俺は考えた。

貴族が多くいる地区に出向き、そこで募金を募るのだ。

心優しい貴族が何とかしてくれる、本気でそう思っていた。


俺は、母の治療費を募る旨を木の板に書き、それを頭上にめいっぱい掲げて必死に叫んだ。


「母の病気の治療費をください!」


貴族の目は冷たい。


「うるせえ! 黙れガキ!」


暴言を吐かれ、殴る蹴るといった仕打ちを受けることもあった。

大人はこんなにも冷たいのか、と絶望した。

精神的にかなりきつかった。

それでも続けた。

なにせ、母の命がかかっているのだ。


すると、ついに貴族が声をかけてきた。


「そこの坊や。

 おじちゃんが寄付しようか。

 もちろん、必要な額を全額さ。」


貴族はにんまりと俺の顔を覗き込んだ。


「いいんですか、ありがとうございます!」


うれしかった。

世の中、優しい人間はいる。

これで、俺は母を救うことができる。

そう思った。


「家にはお母さんだけなのかな?

 それと、使いの者がいてね。

 ちょいと、そいつを連れてくるから待っていてくれ。」


「は、はい!」


貴族はそう言い、小走りで去っていった。


10分ほど待った。


すると、貴族は歩いて戻ってきた。

横には小柄で猫背の小汚い男がいた。

どうやらこの人が使いの者らしい。

貴族の使いにしては身なりが汚い。

ねずみのような男だ。

何か違和感はあったが、当時の俺にとっては、助けを差し伸べてくれたことへの喜びのほうがはるかに大きかった。


「お待たせお待たせ。

 このおじちゃんも坊やの味方さ。

 さ、お母さんの所へ連れて行ったくれるかい?」


「はい、こちらです。」


道中、母の病気や治療費について貴族と話した。


俺たちは家に着き、貴族を母に紹介した。


「母さん、ただいま!

 実はね、この人たちが治療費を出してくれることになったんだ!」


俺は母の喜ぶ顔を予想していた。

しかし、母は貴族を見るなりおびえていた。


貴族とねずみ男が寝たきりの母に近付き、母を見る。

ねずみ男が初めて口を開く。


「ひっひっひ・・・。

 旦那、上玉だ。

 病気持ちとはいえ、買い手はつくでしょうな。」


「そうか。

 このガキの顔立ちからして、母親は上玉だと踏んだんだ。

 さ、行くぞ。」


貴族たちの会話を聞くなり、母が口を開く。


「あなたたち、奴隷商ですね。

 子供を騙すとは、なんと卑劣な・・・。

 ラル、逃げなさい!

 母さんは大丈夫だから・・・。」


母の言葉ですべて理解した。

俺のせいだ。

俺のせいで母さんが危険な目に遭っているのだ。


「旦那、まずは俺が味見していいですかい?

 売り物の状態を確かめるのは、商人の義務ですからな!

 ひっひっひ・・・。」


「ああ、好きにしろ。

 だがくれぐれも傷は付けるなよ。」


俺ももう12だ。

母さんは俺から見ても美人というのは理解できる。

このねずみ男が何をしようとしているのか、俺は理解した。

こいつらに対する恐怖心で頭から足先まで何も動かすことができない。


ねずみ男が母さんの腕を掴んだその時、母はうつむき、何かを諦めたような顔をしていた。


こんなはずじゃなかった。

俺が望んでいたのは、母さんのそんな顔じゃない。


この世で最も愛する、俺の母さんだ。

俺の大切な人を陥れようとするこいつらは悪魔だ。


俺が感じていた恐怖心は、怒りへと変わった。

その瞬間、俺は傍に置いてあった金づちを両手で持ち、ねずみ男の後頭部に思い切り叩きつけた。


「ガ、ガキ!」


貴族は慌てて銃を取り出し、それを俺に向ける。


金づちと銃では、銃が圧倒的に有利だ。


俺はとっさに貴族に向けて金づちを放り投げた。

特に考えは無い。やぶれかぶれだ。


だが、運が良かった。

金づちが銃の弾道上に放たれたため、貴族は銃の引き金を引くのを一瞬ためらった。

その一瞬のうちに金づちは貴族の脳天に直撃した。


悪党2人はその場に気絶した。

俺は運よく、悪党から母を守り抜いたのだ。


俺はすぐに警備兵を呼び、悪党らは身柄を拘束、連行された。


「ごめんなさい、母さん・・・。

 まさか、こんなことになるなんて。」


「無事でよかった。

 でもね、勝手なことはもうよしなさい。

 子供はお金のことなんて気にしなくていいの。

 母さん、これでもちゃんと貯金してるんだから。」


「はい。

 でも、このままだと病気が治らないよ。

 俺、どうしたらいい?」


「そうね。。

 たぶん、母さんはもうそんなに長くない。

 だからね、ラル。

 ラルは母さんのそばにずっといてくれればいいの。

 もう母さんのために働かなくていいから。

 ずっと母さんにその可愛い顔を見せてくれていれば、母さんはそれで幸せなのよ。」


もう母さんは覚悟を決めているようだ。

俺も、残りの時間を少しでも母さんと共に過ごしたい。




その1か月後。

──── 母さんは死んだ。


俺は母さんの言う通り、仕事を辞め、最期まで一緒に過ごした。

母さんの死後数か月は、悲しみでどうにかなりそうだった。

何もやる気が起きない。

すべての景色が灰色に見える。

廃人のようだった。


そんな生活が続き、次第に悲しみが怒りに変わっていった。


なぜ、俺はこんな目に遭っているのか。

何も悪いことはしていないというのに。


なぜ、母さんは死んだ?

国が何もしないからだ。

医者が金でしか動かないからだ。

父が俺たちを捨てたからだ。

貴族が自分の利益しか考えないからだ。

そうだ。

──── 他の奴らが誰も助けないからだ。


なぜだ。

なぜ、誰も弱者を救わない?


国は民を救うことができる。

医者は病に倒れた者を治すことができる。

父は一家を支えることができる。

貴族は貧民に富を分配することができる。


なぜ、何もしてくれないのだ。


結局、誰一人として母を救おうとはしなかった。

この世界の全員が、俺と母の仇なのだ。

そんな奴ら、全員滅んでしまえばいい。

──── 全員、皆殺しだ。


---


若干12歳にして、俺は本気でそう考えていた。

これが昔の俺の生きる目的だった。


でも結局、俺は無力だ。


能力もない、金もない、コネもない。

何も持たない者がたいそうなことを掲げても虚しいだけだ。


俺はいつしか夢を諦め、現実を見るようになっていた。

「現実」に牙を抜かれ、去勢されたのだ。


普通に生きていければそれでいい。

つまり、妥協だ。

もっとも、その妥協案でさえ俺は叶えることができず、路頭に迷い、スライム狩りに出掛けたのだが。


しかし、俺は今、チカラを持っている。

一度諦めた夢を叶えることができるほどのチカラだ。

昔の無力な俺とは違う。


──── 俺は、人類を滅ぼす。



<<作者あとがき>>


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