本当の声を聞かせてよ!
豊嶋ユージロー
浪人生
「学生証はお持ちですか?もしお持ちでしたら学割サービスがございますよ!」
見ない顔だ。最近入った高校生のスタッフだろうか、と思い名札に目をやると若葉マークがついていた。
どうやら新人のスタッフらしい。道理で笑顔が眩しいわけだ。おおかた初めてのバイトでワクワクしながら仕事をしているのだろう。こっちの気も知らずに…
「いいえ、大丈夫です。」
俺、常田勇輝(つねた ゆうき)は苛立つ気持ちを抑えながら断った。
「そうですか失礼しました!どうぞごゆっくり!」
彼はキラキラした光が溢れてくるような笑顔でお辞儀をすると隣のテーブルへと向かった。
「学生しょ…
どうやらこの店の学生向けのサービスを宣伝するために各テーブルに回っているらしい。この手の会話には慣れたつもりだったが、今の自分が大学生ではなく浪人生である事を思い知らされるたびに胸の奥が締め付けられる思いになる。
「この点数で行ける大学あんのかよ」
今、俺の手にあるものは大学入試の模試の判定用紙。そこにあるのはCとDの文字。
残された時間と第一志望の偏差値、そして半年前の恐怖を思い出すと頭を抱えたくなる。
俺は半年前絶望のドン底に突き落とされた。うちの高校は市内でもそこそこの進学実績を持つ高校だ。ほとんどが大学進学の道を選ぶ。当然俺も友達も大学進学を選んだわけだが、俺はどこにも受からなかった。友達はそれぞれ名のある大学に進学する中、俺の元には一通も合格通知はやって来なかった。
あの日以来俺はよく眠れない。あいつらの嬉しそうな顔や両親の辛そうな顔を思い出すだけで悪夢にうなされる毎日だ。そんな日々を早く終わらせたくて毎日勉強しているが、この所勉強が上手くいかない。そこに来てのこの模試の結果だ。
八方塞がりと言った所だ。
「フゥゥーー」
少し大きめにため息を吐き出した後、少し落ち着くためにスマホの画面を開いた。
インスタでも見よう。スマホを見た所で現状は何一つ変わらないが、気を紛らわせたい。
そうしてインスタのストーリーを眺めていると高校や中学の同級生たちの楽しそうな夏休みが上がって来ていた。
旅行、部活、バイト、恋人…
俺はインスタを見るのをやめた。薄々分かってはいたが今の俺には刺激が強すぎる。このまま見続けていると注文したコーヒーのカップを叩き割ってしまいそうだ。そしてもう一度さっきと同じ、いや先程よりも大きなため息を吐き出した。
「フゥゥゥーーー」
先ほどより大きなため息を吐き出した後、店から出ようと立ち上がると女と目があった。身長は150センチ前半、髪は薄茶色に少しピンクが混ざったような色。目は少し垂れぎみ。この女どこかであった気がするが思い出せないな…
そう思って数秒目が合った後、慌てて目を逸らしたがその女はこっちにそそくさとやって来た。
「常田君だよね!楠元楓(くすもと かえで)だよ!覚えてる?」
クスモト?くすもと、楠元!そうだ思い出した。
「覚えてるよ。懐かしいな、中学以来だよな」
「そうそう、4年ぶり?懐かしいねぇ。ところでさっき何であんな大きなため息ついてたの?」
まずい聞かれていたか
「ああ、別になんでもないんだ。ところで楠元はなんでこんな所に?」
「私?私はねぇ今日、友達と旅行の話し合いのはずだったのに友達が急用で旅行に行けなくなったからここで黄昏れてる訳ですよ。」
「へぇーちなみにどこに行くつもりだったんだ?」
「静岡に2人で行くつもりだったんだよー」
そういうと楠元は大袈裟に泣き真似を始めた。そうだ思い出した。こいつは誰に対してもおしゃべりでいつもクラスの輪の中心にいた。よく喋る人気者だった。こいつにこれ以上構われたら俺の精神衛生上かなり悪い。さっさと切り上げて帰ろう。
「そうか、それは残念だったな。じゃあ俺は用事があるからそろそろ帰るな」
「えーそっけないなぁ。中学の時よく話してた仲じゃんー」
「よく話したし、仲良くはあったけど今は忙しいんだ。悪いな」
そう言い俺は帰ることにした。
「ただいま」
「あらおかえりー今日は早いのね。晩御飯どうする?」
「今からまた勉強するからあとでいいよ」
「そうなの?あんまり根詰めちゃだめよ」
「分かってるよ」
母さんの言葉を背に受け俺は2階の自分の部屋へと向かった。自分の部屋に入る前に祖父の部屋へと向かうことにした。なぜなら…
「チャカチャーン」
エレキギターの音が聞こえる。やはり今日もギターをしているのだろう。もう70を超えているというのに元気なものだ。
「じいちゃん。悪いけど今から勉強するんだ。ギターをやめてくれないかな」
「勇輝か、こんなに早く帰るとはめずらしいな。公民館には行かんのか?」
「ああ。今日は早く帰ることにしたんだ。」
「そうか。ならギターはやめんとな。だが、勉強ばかりだと体がもたんじゃろ。たまにはギターでもせんか?ほれ、勇輝から預かっているギターの整備も終わっておるぞ」
そういい壁の方を指差した。そこにはじいちゃんの長年のコレクションと共に、俺のギターも丁寧に保管されていた。
「…じいちゃん。もういいんだよ俺は勉強が忙しいし、ギターなんてやっている場合じゃない。そいつは譲るよ」
「じゃが、たまに弾くぐらいいいじゃないか。ほら」
そう言って今度はギターを手に取ろうとしてきた。
「じいちゃん!!もういいって!!」
声を荒げた俺にじいちゃんは少し驚いていた。
「俺は自分の部屋で勉強するから。じゃあ」
そう言って部屋を出ようとすると背中からじいちゃんの声が聞こえた。
「勇輝。ギターはお前を待っておるぞ。」
「……」
俺は黙って部屋を出た。
その日は勉強に集中できなかった。
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