第13話 心に浮かぶ不安と想い

 お互いに、強い感情を持って相手を愛するには至らない状況だけれど、リトだけではなくロヴェも出会った時から印象が強く残っているらしく、リトに好意的だ。

 将来を見据えて、結婚をするならばお互いを理解しよう、と二人とも前向きでもある。


 王族の番関係というよりも、普通の獣人と同じような手順だとも言えた。


「本来王族は番に対しものすごく執着心が強いんですよ」


「そうなんですか? でもロヴェはとても理性的ですけど」


 授業と授業の合間、お茶休憩の際にいつもミリィは受けた授業の補足をしてくれる。

 今日は王族と番について学んだ。ほかの獣人に比べてどれほどこの関係が尊いか、繋がりが強いかなどを勉強した。


「陛下は特殊ですね。諦めていた部分があるので、いまさらどちらの選択でも問題ないというお考えが強いのかもしれません」


「それは少し寂しいかな。僕がいなくなるのは嫌だって思って欲しいです。だって僕はすでに……ですし」


 もごもごと呟いた言葉が聞こえたのかミリィはふふっと小さく笑って目を細める。

 王宮に来てまださほど経っていないのに、すっかりロヴェがいる環境に慣れきった自分が些か恥ずかしい。熱くなる頬を誤魔化し、リトはティーカップを持ち上げた。


「いまは二の月に入って祝祭準備が忙しいですが、終わったら陛下と遠乗りに出かけてはいかがですか?」


「いいですね! 王都の近くにある森へ一度行ってみたかったんです。……あ、祝祭は」


「リトさまは参加した経験がないのですよね。来年は無理かもしれませんし、ベルイさまに相談してみましょうか」


「来年は無理なんですか?」


「もしかしたら来年は、陛下のお隣にいらっしゃるかもしれないじゃないですか」


「……っ、そっ、そうですね」


 生誕の日は夜の宴だけでなく、国王が王妃や王配を伴って王宮前の広場に顔を見せるのだ。

 いまはまだ王宮に体験入居中で婚約にも至っていないため、リトの存在は公的には秘密になっている。


 国としても番が伴侶になるのなら、来年の生誕祭までに婚姻を結んで欲しいところだろう。

 宮中の噂では密かにベルイが婚礼の準備を進めているらしい。


 国王の結婚はなによりも重要な慶事なので、大きな行事にもなり準備もちょっとやそっとでは済まないのが理解ができる。

 正直な話、リトが駄目でもヘリューンの王女がいるのだから、準備は今後も進んでいくだろうと推測できた。


「ミリィさん。王都の噂にもなっているヘリューンの……」


「現在は保留中です。使者にも事情をお伝えしているので問題ありません。王女さまも無理やりに伴侶になりたいと我を通すお方ではないですし、ロザハールの王族についてもよくご存じです」


「僕がもし祝祭のあとにロヴェに出会っていたら、王女さまと結婚してたかもですよね。ロヴェが直々に迎え出るような使者ならば、本決まりに近かったんじゃ」


「ヘリューンと縁を結ぶのは我が国にとって大変有益ですので、最終手段として王女さまを王妃ではなく第二妃として迎えていたかもしれないのは事実です。ただ起きていない出来事に対し断言はできませんが、陛下はこれまでずっと婚姻に難色を示してきましたので、今回の訪問でも頷かなかった可能性は高いかと」


「でもいつかは番のために位を空けたままで、って意味ですよね」


 いますぐでなくとも婚姻が結ばれれば、国の体面は保たれるけれどヘリューンの王女的には複雑ではと、起きてもいないのにリトは気まずい思いが湧いた。


「すでに番さまの存在が判明しましたので、陛下は今後リト殿以外と婚姻することはありません。リト殿が市井に戻られてもほかの方と絶対に縁を結びません。王族とはそういう生き物です」


「え?」


 無意識に俯いていたリトの傍に、いつもの如く窓際に控えていたダイトが歩み寄った。

 彼の迷いのないはっきりとした言葉に驚いて顔を上げると、傍にいたミリィも控えめに頷いてみせる。


「妻を深く愛した、始祖の獅子ロザハールの気質を強く受け継いでいる王族は、どんな状況においても番しか愛せない生き物なのです。これまでは出会っていなかったので諦められましたが、陛下はこの先、他人を受け入れる妥協はできないでしょう」


「ダイトさん。それって本人の意志なんでしょうか」


「獣人の本能で惹かれ、惹き合うのが番というものです。しかし王族に始祖の気質が受け継がれていなかったとしても、リト殿の献身を知った陛下は必ず心を動かされるでしょう。魂の伴侶と言えば大げさに聞こえますが、人とは元来そういう生き物ではないですか?」


「すみません! 現実に起きていないのに嫉妬しました! 心を入れ替えます!」


 ダイトの言葉で目が覚めた。うっかりと後ろ向きになりかけた自分に気づき、リトは勢いよく両頬を手のひらで叩く。

 バチンと音が響き、ミリィやダイトに驚きをあらわにされるけれど、気合いを込めてリトはぎゅっと握りこぶしを作る。


「あの! ロヴェの誕生日に贈りものをしたいんですけど」


 当日まであと五日程度。これから準備するには時間があまりに足りないが、嫉妬するほどくすぶる気持ちとリトはしっかり向き合いたかった。

 番なのだからロヴェは自分のための存在という驕りが心の片隅にある。


 そんな感情から来る独占欲なのか、一人の人として失いたくない存在なのかを自分自身で理解したい。

 そうでないとまた王族だから、王族の番だからという言葉に翻弄される。


 絆を育む時間を二十年も短縮してしまっただけでなく、大人として自我も芽生えて人の裏も考えてしまうようになった。

 だとしてもお互いに歩み寄ろうとしている、事実は見失ってはいけないと、王女の存在はいったん忘れるのが賢明だと判断をする。


「それでしたら良いものがあります。元手があまりかからず、リトさまにしか用意できない特別な品です」


「元手がかからないのはありがたいです。どんなものですか?」


 現在は一から十まで王宮がリトの身の回りを揃えており、どれも控えめながら高級な品ばかりだ。

 二十年分の番予算があるとは言われたけれど、まだなにも役に立っていない自身に使われるのがリトは心苦しかった。


 貧乏性な主人の性格を把握したミリィらしい提案にリトは瞳を輝かせる。


「魔力石です。私のこの指輪も魔力石なんですよ」


「黒石、ダイトさんの色ですね。……あ、ダイトさんはピンクってことはミリィさんの」


 いままでマジマジと見ていなかったため気づかなかったが、ミリィの左手の薬指にある指輪には黒色の艶やかな石が埋め込まれている。

 同様の場所にダイトもミリィのものより幅広の指輪をしていて、石の色は綺麗なピンクだ。


 それぞれ互いの色を身につけているところを見ると贈り合ったのだろう。

 大きく主張はしなくともはっきりと番の存在を感じる品なので、確かにリトにしか用意できない特別さがある。


「いまから装身具に加工する時間はないですが、魔力石だけなら作れますよ」


「難しくはないですか? 最近やっと魔力の操作ができるようになったばかりで」


「魔力を練って結晶化させるのは練習が必要ですけど、水晶に魔力を込めて作る魔力石は初心者向きです」


「教えてください!」


「もちろんです。ではあとで資材をもらいに行きましょう。魔力石は色々役に立つので、騎士団では新人が魔力操作の練習でよく作るんです。水晶もたくさん余っていますよ」


「そういえば騎士団は魔力持ちしか入れないんでしたっけ」


 王都には五つの騎士団が存在する。

 王族専任の黄金の騎士団、精鋭の白、諜報の黒、王宮の赤、王都の青だ。


 その他、国内には辺境領に軍隊、各領主のお抱え騎士団は存在するけれど、王都の騎士団に所属する第一条件は強い魔力だと聞いた。

 剣の腕だけでは入団できないので、王都の騎士に憧れる者は従騎士に志願する者が多い。


 魔力がない、魔力が水準に満たない場合、一人前になれば別の場所に配属されてしまうのだが、少しでも彼らの傍で学びたいと思うようだ。

 脱落者が多いものの、難関をくぐり抜け騎士になった者たちはのちのち、名声を上げる可能性が高いのだとか。


「剣の腕だけでは対応できない場面も多いのです。辺境軍にも高度な魔力持ちが多いですよ」


「……獣人の国だからと人族の国に蔑視され、敵対心を持たれているからですよね」


 一見平和で穏やかなロザハールだけれど、戦争だけでなく常に他国に敵視されていると授業で学んだ。

 大陸の十二国のうち四カ国が同盟を結んでおり、残りは二カ国が中立でほか五カ国は敗戦しても相変わらずロザハールの隙を狙っている。


 おかげでリトは最初に身の危険を忘れるなと言われた意味がよく理解できた。


「己と明らかに違う存在が受け入れられない者はどこにでも存在します」


「すべての人たちが手を取り合うのは無理ですもんね。だったらいまある関係を大切にするのが重要ですよね。よし、残りの勉強も頑張ります!」


 テーブルに置かれた懐中時計が休憩終了を告げている。

 授業を受けるようになったリトに、役立つだろうとロヴェが贈ってくれた品だ。まったく同じではないが、彼が持っている時計と似た装飾が施されていた。


 珍しいお菓子や、こうした必需品をロヴェはたびたび贈ってくれて、嬉しくてたまらない反面ずっとお礼がしたかったのだ。

 あとに控えた魔力石作りを楽しみに、リトは足取りも軽く授業が行われる部屋へ向かった。

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