第12話 二人きりのお茶会
行動が決まると、リトは早速ベルイに自分がしたいと思う内容をすべて伝え、ロヴェの予定を調整して欲しいともお願いした。
難色を示されるかと思ったけれど、驚くほどあっさりと承諾され、勉強については教師を探し数日中に厳選するので、そのつもりでと念を押される。
最重要の〝ロヴェに休憩を取らせる〟は、こちらからぜひお願いしたいと、ベルイに頭を下げられた。
まさか宰相に頭を下げられる予想をしていなかったので、驚愕のあまりリトは「僕、余暇を過ごすのが得意なんです!」と訳のわからない発言を高らかにする羽目になった。
「リトは甘いものが好きなのか?」
「大好きです! 甘いものを食べると幸せな気分になれるんですよ」
リトが提案した午後のお茶会に、ロヴェは面倒がらずに来てくれた。仕事が忙しいと言われて後回しにされるかも、と懸念していたがまったくの杞憂で、むしろ喜んで足を運んでくれる。
三度目の今日は部屋にリトを迎えに来てくれたほどだ。
しかも一緒に休憩してくれるお礼だと、綺麗な上掛けを贈ってくれた。
派手な衣装を好まないリトを把握していたのか、全体の刺繍は薄い青緑色の糸で仕上げ、布地の色も刺繍糸と揃えてあり、襟や裾にだけ落ち着いた色味の金糸が使われている。
王宮で過ごすようになってから、リトも好んでロザハールの衣装ばかり着ているので、とても嬉しい贈りものだった。
喜んで上掛けに袖を通したリトを、ロヴェはいまも満足そうな顔で見つめている。
「甘いお菓子は年に一度の希少品と思ってたのに、いまでは毎日食べられて我ながらびっくりです。おいしい薬草茶のおかげで体調もいいですし」
「そういえば頬が少しふっくらしたか?」
「最近は騎士さんたちに血色が良くなったって言われました!」
「確かに、リトは強く掴んだら折れてしまいそうだと、心配している者も多かったな」
「皆さん優しいですよね」
せっかくの時間を邪魔されないように、お茶会は温室で行っている。
温室の入り口前にはいつものように白の騎士団が控えており、近頃はすっかり気心が知れた間柄になってきた。
仕事に関しては徹底していて、ときに非情にもなる彼らでも、普段は明るく大らかな人たちばかりだ。
あまり私的な会話はしていないけれど、私室を警護してくれる赤の騎士たちも、王宮に慣れないリトを快く補助し助けてくれる。
なによりも常に傍にいるわけではないのに、ロヴェの存在がリトを勇気づける。
他愛のない些細な内容にも耳を傾け、リトを思い行動してくれるので、頼り甲斐があるどころではない。
お茶会の場所に温室を指定したのもロヴェだった。
ここには王族と番以外は入れないので、ある意味王宮で一番安全とも言える。
主に温室を管理しているのは、臣籍降下して侍女や侍従として国王に仕える元王族、もしくはその子供だ。
一度王家を離れると温室に出入りができなくなるらしいのだけれど、なにやら特別な許可をすると再び入室可能になるのだとか。
ゆえに誰が再入室できるか、王宮で徹底した管理がされているとも言える。
そもそも手前の庭園すら、許可無き者は扉を開くのが不可能であり、なにかが起きたらここへ逃げ込むのがいいと教わった。
二人分のティーセットと、リトのために用意されたケーキスタンドで丁度くらいのテーブルを挟み、本日も一時間ほどの二人だけのお茶会を楽しめるのは、やはりロヴェのおかげだろう。
なおかつ毎回、お菓子職人が腕を振るってくれるおかげで、贅沢しっぱなしだ。
「菓子が好きならば、これは気に入ってもらえるだろうか」
「わぁ、綺麗な箱ですね。なにが入っているんでしょう? 開けても?」
ロヴェが懐に忍ばせていた手のひらほどの小箱は、半透明でキラキラとした水色の石で細かく装飾が施されていて、見るだけでも心が潤う品だった。
テーブルの上を滑らせ目の前に差し出されたので、ちらりとロヴェを見上げて返事を待てば、リトを促すように優しい笑みで頷いてくれる。
「これは、お菓子ですか? すごい、小粒な宝石みたい」
そっと蓋を開くと薄い包みが現れ、柔らかな紙を指先で開いたら、まん丸いお菓子らしきものが入っていた。
色とりどりで美しく、小箱がまるで宝石箱みたいに思えて、リトは瞳を輝かせて食い入るように見つめる。
「砂糖菓子だそうだ。珍しい品だからリトが喜ぶだろうとキリエルが勧めてくれた」
「輸入品なんですね。確かに初めて見ます」
「ほら、見てばかりいないで食べてみるといい」
「……っ!」
節くれ立っているけれど長くて綺麗なロヴェの指が、小さな砂糖菓子をつまんでリトの唇に押し当てる。
感触と彼の仕草に驚きつつも、そっと口を開けば、砂糖菓子が舌の上に転がりあっという間に溶けていった。
「んんっ、溶けました! しゅわぁって! とっても甘くて上品な味です」
「気に入ったか?」
「はい、とても! わざわざ僕のためにありがとうございました。あっ、ロヴェも食べてみますか?」
「ん? ……ああ」
「どうぞ、あーん」
ロヴェの瞳に似た黄色の砂糖菓子をつまんで、リトは彼の口元に向けて腕を伸ばした。
しかし小柄なリトでは、さほど広くないテーブルでも少々届かず、気づいたロヴェが顔を寄せてくれる。
「甘いな」
「……もしかして、ロヴェは甘いものが苦手でしたか?」
「なぜそう思う?」
「ほんの一瞬、眉間にしわが寄りました」
「よく見ているな。確かに甘いものは得意ではないが、リトが手ずから食べさせてくれるなら、なんだって食べるさ」
「んー、気持ちは嬉しいですけど。我慢して食べるより、ちゃんと伝えてくれるほうが何倍も嬉しいです。いいですか、外では仕方がないですが、僕の前では我慢するのは控えて欲しいです」
ロヴェの諦め癖は異常な我慢強さと繋がっている。
いままでどれほど自分の言葉を飲み込んできたのか、平凡に生きてきたリトには想像がつかない。
少ない時間しか共にしていないのに、個人的な感情よりも、場を上手く収める手段を優先しがちなのは気づいた。
立場上、己の感情を押し殺す場面は多々あるとしても、ロヴェには私的な場で気持ちのままに言葉にし、行動して欲しいと願っている。
「僕はロヴェが望まないことを否定しないし、断られても怒ったりしないですよ」
「そうか、そのように言われるのは初めてだから、すぐに改められるかわからないが」
「少しずつ慣れていきましょう! 僕も最近、勉強を頑張っています。座学もスキルの鍛錬も初めての経験ばかりですが、覚えるのが楽しいです」
教会への訪問は問題なく終わり、リトは無事に〝ルルフィメール〟という洗礼名をもらい、固有スキルを開花させた。
生活に便利なスキルではないけれど、補助系スキルの身体強化は、今後リトが王宮で暮らしていくには持って来いとも言える。
本来幼いうちに魔力を解放するはずが、相当遅れているため、いまは多すぎる魔力の操作を覚えるのが主だ。
熟練度が上がれば身体の機能が上がるので、視力や聴力だけでなく腕力や脚力、もしもの際に皮膚の強度を上げて怪我も避けられる。
元より備わっていたらしい、対スキル無効化も固有スキルのようだが、なぜこれだけすでに使えているかは、大司教でさえはっきりとした答えを持っていないようだった。
それでも騎士団の認識阻害や、ロヴェの変化が効かなかった理由が判明しただけでリトは十分だ。
「リトはどんなものに対しても真摯で頑張り屋だな」
「僕は人より足りないものが多いから。でも少しでもロヴェのためになるって思えば、頑張れるんです。貴方が僕を尊重してくれるのと同じくらい、僕はロヴェの役に立ちたい」
「初めて会った時はか弱い子猫のように思えていたが、良い意味でリトはどんどん印象を変えていく。君の強さに報いるよう、俺も最善を尽くそう」
「実は僕、しぶとくて図太い野良猫なんです。いつか大きく成長します!」
「それはとても楽しみだ」
穏やかに細められる蜂蜜色の瞳はひどく優しくて、見つめられるたびにリトは胸が騒いで仕方がない。
出会った時もその瞳に魅せられた。不可思議な引力でもあるのかと思えてしまうくらいに、ロヴェの瞳はどんな瞬間も綺麗なのだ。
ゆっくりとティーカップを口元に運ぶ、彼の上品な仕草を見つめながら、思わず感嘆の息がこぼれる。
うっとりした様子のリトに気づいたのか、ロヴェは苦笑しつつそっと腕を下ろした。
「ここでの暮らしはどうだ?」
「とても充実しています。皆さんすごく親切で、至れり尽くせりだからちょっと慣れないんですけど。作法を覚える練習だと思えば、有意義な時間です」
「頑張るのはゆっくりでいい。無理をせずに過ごしてくれれば俺も安心だ」
「はい! そうだ。図書室じゃなくて、書庫を使うのはロヴェの許可がいると聞いたんですが」
基本的な書物は、中二階にも本がぎっしりな図書室で事足りるのだが、一般に流布していない本は書庫でしか読めないと担当教師に言われた。
まだ必要ないけれど、いまのうちに入室許可をもらったほうが良いと助言されたのだ。
「書庫か。あそこには持ち出し禁止の本が多いからな。ベルイに言ってリト専用の鍵を作ってもらおう」
「専用、ですか?」
「そうだ。いまいる庭園と同じように持ち主以外使えない鍵だ。書庫の鍵は紋様ではなくスキルで錬成する」
「錬金のスキルってとっても希少なんですよね」
「ああ、王宮にも数人しかいない。だがこの国の民が持つスキルは、人族から見るとどれも希少に見えるだろう。ここでは身近な者以外に、自身のスキルについて詳しく話さないほうがいい」
「あっ、ダイトさんにも言われました。気をつけます」
皆が皆、悪人ではないけれど、注意が必要だと教会から戻ったあとすぐに言われた。
スキルを持った子供を得るために、獣人を捕まえて無理やりに子を産ませるという、非道が行われた歴史があり、現在は国民登録が義務づけられている。
行方不明になった獣人やその血筋の者がいれば、国が動いてくれるほど、国民の保護に力を入れているそうだ。
国外へ移住する獣人のほとんどはロザハールの同盟国を選ぶので、昔ほど被害は多くないと聞く。
血が薄まり人族寄りになればなるほど、希少なスキルを開花する可能性が少なくなるけれど、リトのような例外もあり得るので今後の対策を練ると言っていた。
「リトの無効化のスキルも非常に珍しいからな。いま知る者以外は絶対に口にしてはいけない。必要があれば俺が言うから」
「わかりました。ありがとうございます」
「……残念ながら、そろそろ時間のようだ」
テーブルの上で、懐中時計の文字盤が点滅している。――お茶会終了の合図だ。
ロヴェと過ごす時間は毎回あっという間で、この瞬間がリトは寂しくてならない。とはいえ貴重な時間を割いてもらっているだけでも、ありがたいと思わなければ罰が当たる。
「お仕事、頑張ってください」
「ありがとう。リトも無理せずに」
二人で席を立ち、温室の出入り口までたどり着くと、本日最後の挨拶を交わす。
三度目も似たような言葉を交わし、外で待つ騎士たちのところへ向かうつもりでいたリトだったが、ふいに視界に影が下りて、驚く間もなく額にロヴェの唇が触れた。
やんわりと一瞬だけ触れたぬくもりに、頬がどんどんと熱くなるのが感じられる。
リトは触れられた部分に手をやりかけて、触ったらもったいない、と意味のわからない理由で固まってしまった。
「嫌だったか?」
「全然、嫌じゃないし、う、嬉しいです」
心配そうな声が頭上から聞こえ、とっさにリトは大きく首を横に振った。
少しずつ歩み寄ってくれようとする、ロヴェの気持ちがなによりも胸を温かくする。慌てて顔を上げると、わずかにはにかんだ笑みを浮かべる彼と目が合い、ますます頬の熱が高まった。
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