愛と憎しみの路
伊咲
「愛と憎しみの路」
私は今、折角の休みだけど電車に揺られて高校に向かっている。
季節は秋、夏は電車の窓に乗客の熱気の湯気が張り付いて気持ち悪いから、通学の心持ち的にベストな季節ナンバー2だ。
私は大勢の人間の体温で支配される車両という小さな箱が嫌いだ。だからどうしても無理な時は大人しく駅のホームからターンして、自然豊かな公園へ埋没する日もある。
みなまで言う必要も無いが、所謂社会不適合者みたいな物だ。
そんな私がわざわざ学校へ行く理由、それは中高一貫の私の学校で、中学の頃から好きだったあの男の子に告白するため。
その為に彼の部活が終わる時間に学校へ着くようにわざわざ合わせて来たし、ラブレターも書いた。昔から物語や詩を書くのが好きだった事が、まさかこんな形で繋がるとは思わなかった。
自分の言葉で何かを伝えるのは苦手だけど、文章はそんな自分を何倍も誇張して表せられる。例えそれで嘘の私が相手に伝わっても、彼の心に私が残るのは変わりない。
電車は高校の最寄駅、波ヶ丘駅に止まり箱から降りる。
準備は万端、自信は上々、空は暁が赤々と。
どうしても私はこの想いを伝えたいんだ。中学2年から高校2年まで温め続けた想いを。
と、その前に駅沿いにある縁結びの神社にだけ寄って行こう。
手紙を掴みながら、小走りで境内へ赴く私の後ろを激しい強風が後押ししてくれた。
俺は今、乗った事も無いローカル線の電車に揺られ、別居中の嫁の家へ向かっている。
俺達は細かな軋轢が続いた末、道を違う事となってしまった。そのきっかけがいつだったか、もう覚えていない。でも確か、「あなたの想いは重い」とか嫁に言われたような気がする。今振り返ると何だがダジャレの様で、面白くなり少し笑ってしまった。
・・・ 多分、こういう所が嫌われていたんだろう。
でも、愛が重くて何が悪いのか。殺したいほど愛している、なんて文言があるが俺はその気持ちが分からなくもない。ただ、全てが好きで所有したいだけなんだから。
今日、家に向かっている理由は嫁、栄子の誕生日だから。こっそり家に入ってサプライズする算段だ。
そうでもしなければ門前払いで終わりだろう。そうして、もう一回元の家族をやり直すんだ。
誕生日用の花束とケーキ、切る為の包丁、パーティグッズを荷物に入れて栄子の家のある駅、波ヶ丘駅を降りた。
折角なので、駅に置いてあったガイドブックを読みながら観光しつつ駅沿いを歩いていると、近くに縁結びで有名らしい神社を発見した。
ゲン担ぎがてら、少し寄っていこうと境内へ駆ける。
すると突如真横に突き抜ける強風が吹き、目の前の女子高生が後ろ手に持っていた紙が目の前に落ちてきた。
「あの」
と呼びかけるも彼女は早足で社への階段を上がっていく。俺は渡すのも兼ねて階段を登る中、こっそりと紙を見る。
俺が拾って今から持ち主に返すんだから、まあ拾った人特権だよな?
どうやら手紙の様で、表に「陽介くんへ」と書いており、裏に「湊裕子より」と書いていた。これは、ラブレターではないだろうか。ご丁寧に手紙の封にハートなんか付けちゃって、中々青くて素晴らしい。
こういう物を見ていると、純粋に好きな相手に想いを伝えられた学生時代の事を思い出す。大人になってくると、やはり表向きに色々と取り繕わなければならなくなってしまう。あの頃は幸せだった。この子にも早く幸せになって貰う為、俺は更に二段飛ばしで段差を上った。
頂上につくと、ごく一般的な拝殿が私を出迎えた。長い階段の割には大した本殿では無いが、そんな事は良くて、大事なのは縁結びだ。
と、ふと手に持っていた手紙が無い事に気付いた。
しまった、必死過ぎて見落としていた。どこかで落としちゃったか? 今の私はどんな顔をしているのだろう。みんな手紙なんて使わず全部自分で、言葉で告白してるっていうのに、私は。
仕方無く階段を降りていくと、前からオーバーオールを着た男性が歩いてきた。そうして私を見ると、
「湊裕子さん?」
と尋ねる。
「落ちてました、頑張って下さいね」
彼はそう言い私に手紙を返した。が、がんばっ頑張ってくださいねだって?顔がどんどん火照っていった。
「君みたいに今日は俺も伝えなければいけない事がある」
「そうですかぁ」
何だか心が抜けてしまった。
じゃあ、この人も告白するのかな?そのお参りに来たのかな?
「お祈りしましょう、折角ですし」
と彼が言い、一緒に拝殿まで行き、鈴を鳴らし手を合わせた。
あっさりとした祈りが終わる。彼は私に軽く会釈し、来た道を帰っていく。
「あの、お名前なんですか?」
何だか応援したくなり、私は彼の名前を聞く。
「東条霧矢です」
「霧矢さん、頑張って下さい」
そう言うと、彼は軽く手を振り消えていった。
さて、私もそろそろ行かないと。
そう決意し足を踏み出すと、突如光が体全体を包みはじめた。
目が覚める。何だか狐につままれた様な気分で気持ち悪い。
どうやら土の上で眠っていたようだ。空は暁では無く、洞窟の様で岩盤に覆われていた。上体を起こし周囲を見ると、丁度私の左側の岩壁に小さな地蔵がぽつんと置かれていた。右側の壁には地蔵は置かれていない。
でも、それにしてもなんで私はここにいるんだ? 光で目の前が白くなって・・・
というか、こんな所で座ってる場合じゃない。こんな奇妙な事より大事な事があるんだ、今日と決めたからには今日行かないと、もう機会を自分で作ろうとはしないかもしれない。
幸いにも、今いる洞窟の様な場所からはすぐ出られた。すると、赤錆びた鎖で道が舗装された竹林に出た。下方にはさっきいた神社の拝殿の裏側が見える。ここは、神社の裏手の山の中か。
時計を確認する。時刻は17時手前。時間はたいして経っていない。
ここにいるのは緊張しすぎて記憶が飛んでいただけかもしれない。さあ、もう一回行こう。手紙を持って竹林を走り降り、元いた神社前の遊歩道に帰ってきた。
すると、再び目が覚めた。またさっきの洞窟で寝転がっていた。
違和感が体中をざわめいている。左壁に置かれた地蔵は何故か2つに増えていた。
流石に、これは何かおかしい気がする。
ふと横を見ると、さっき会った霧矢さんがいた。
「酔ってたか、俺?」
そう言いながら、彼は頭をかいている。
「あの」
この状況もあって、私は声をかけてみた。
「あれ、ああ。奇遇ですね? あ、というか俺急がないと!じゃあ、行ってきます!」
彼は急に慌てて洞窟の外へ出ていってしまった。彼のいた右側の壁にある地蔵は増えていなかった。
私も行かないと。
でもこの出口の無い迷路のような感覚は異常だ。
然し、何か起こさないと解決しないだろう。恋愛と同じだ、そうやって先延ばしにし続けたから、私は。
突如、ガコッとレバーを引いた音が響き渡る。その音と共に、霧矢さんがさっきいた場所に無から生えた。それと同時に右壁付近の地面から、地蔵が一体、植物が開花するかのように隆起する。
「あれ?」
と訝しみながら彼が体を起こす。
「あれ、またまた奇遇ですね」
「それは、もういいです」
ここまできたらもう奇遇でも何でもない。
「君も戻ってきた?」
「はい、早く行かないと・・・」
然し、時計を見ると時刻は変わらず17時前だった。
「いや、時間が進んでません」
「早く抜け出したい事には変わりない。次は走って突っ切ります」
そうして彼は私を置いて全速力で走っていき、再び戻ってきていた。
「はあ、お兄さんちょっと休憩する。疲れた・・・」
そう素に戻ったかの物言いと共に岩壁にもたれる。
だが、いよいよどうすればいいんだろう。暫くの間が洞窟を支配した。
「さっきのあなたの手紙、俺中身読んだんですよ」
すると間を破壊する、とんでもない言葉が響いてきた。
「でも、何で手紙なんですか?直接言った方が伝わるんじゃないかと」
「私、自分をあんまり出せないからいつもそれを文字に書いて消化してるんです」
「ストレス発散手段みたいな物ですか」
「はい、でもこういう時は辛いです」
「いや、そういう純粋な恋は素晴らしい。俺も制服また着たいなぁ・・・」
私は無意識に手紙を強く握りしめていた。
多分私は、手紙を渡してその時告白、なんて事は上手く出来ないだろう。
でも逆に、大人の方なら何かいい方法を知っているかもしれない。
「霧矢さんはどうしてるんですか?」
「俺はやっぱり愛情表現、直接ガッツリとだね。今日は嫁とのヨリを戻しにきたんですよ」
うわぁ、そういうタイプか。あんまり好きな感じじゃないな。でも、いつかはそうしないと想いは伝わらないのかもしれない。
「じゃあ、私いい加減行ってきますので」
「そう、幸運祈ってますよ」
今度こそこの幻みたいな物が打ち破れればいいのだけれど。
「お帰りなさい」
・・・と、思っていた時期が私にもあった。彼の呑気な声に、少し苛立ちを覚える。
「何とかする気ありますか」
「ありますよ。君が降りてる間に別の道から2回程」
2回。横を見ると、彼の側の地蔵が2体増えていた。
もしかしたら、戻される毎に増えているのかもしれない。
「俺ら、縁結びの神様のご機嫌損ねちゃったんですかねえ」
「普通逆なのに・・・」
「じゃ、ここに戻ってくる度にお互いの恋愛事情のお話しでも?人のふり見て我がふり直せって言いますし。暇つぶしにもなる。そうしている内に策は見つかるでしょう」
まあ、そもそもの原因が不明な以上時間も経たないし、地道に抜ける方法を編むしか無い。
じゃあ、まずはどこの地点で戻るかを見つけよう。
前に戻ったのは神社の鳥居を抜けたちょうどその瞬間。その場所その土を踏まなければ抜けられる、という可能性も無きにしもあらずだ。
無かった。
「陽介君とはいつから知り合ったんですか?」
「中学2年からです。4年くらい、好きです」
次。霧矢さんが戻った。
「お嫁さんとは何で別居しちゃったんですか」
「愛が重いんだってさ」
次の択を実行する。神社の正規の入口以外から出よう。生け垣から体をよじり学生が横行する道へ転がり落ちる。
戻って来た。
「高校生の恋愛って当事者からすればどんな感じですか」
「好きな人がいると色々大変ですよ。でも、近くにいるだけで嬉しいです」
「そういうもんですかね」
再び霧矢さんの帰還。
「昔付き合ってた人とかいますか」
「何人かいたんだけど」
「えっ」
その手の生々しい話題は嫌いなので辞めておく事にした。
地蔵を蹴り壊し洞窟から出る。戻ってきた。恐らく地蔵自体に意味はなく、悪趣味なカウントダウンの様な物だろう。
「湊さんは何部に入ってるんですか?」
「それ関係なくないですか?」
「いや、なきにしもあらずです」
「茶道部です」
「千利休を越える意思はありますか?」
「ありません」
霧矢さんがまた帰ってきた。
「愛が重いのって、霧矢さんはどう思いますか」
「俺はいいと思うんですけどね」
「私もそうなんですけどね」
「でも、以外とそういう人の方が嫌がられるんですよね、俺もそうでしたし」
「そういうの、私ちょっと可哀想だと思うんです。だってそれっていい事なのに」
「まあ、世の中ってよく分からないですよね」
次の方法。もう一回拝殿でお祈りしてから退出する。
無駄だった。
「湊さん、人間の恋愛って何だかいいですね」
「何ですか、宇宙人みたいな事言っちゃって」
「でも、難しい問題ですよね」
お互い想い人がどんな人かは触れない。その感覚が少し心地よかった。
学校ではどんな人が好きか、という情報から誰が好きか炙り出されてしまう。それならば、胸にしまって誰にも話さない方がマシだったんだ。
だからこの探りの無い今の純粋な恋バナは、悪くはない。
だが、流石にそろそろ終わりにしたいと思う瞬間が何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も訪れた。
私達の口数は、回を経る毎に段々と、段々と少なくなっていった。
そうして、何回たっただろうか。いい加減疲弊してきた。顔に嫌な脂汗が滲んでいる。
「じゃあ、何で湊さんはこんなに必死になって告白しに行くんですか」
行かなければ。行かなければ。行かなければ行かなければ。
次の方法を用意しなければ。早く会わないといけない。
「早くしないと全部アイツに、アイツに取られるから・・・!」
「あいつ?」
そうして私は駆け出していた。思わず本音が出てしまっていた。
次はこの洞窟の位置する山の中腹辺りから飛び降りるぐらいしか策は無い。
幸い、そんなに高くないし、骨を折ってでも私は抜け出すんだ。
失敗した。落ちる途中に転送された。
ちっ、と霧矢さんの舌打ちの音が聞こえる。
いい加減、あちらも失敗を繰り返し余裕が無くなってきたのだろう。地蔵はもう何個だろう、お互いに40個くらいある。
「霧矢さんは、何でそんなに必死なんですか」
さっきの質問を返してみる。
「早く、早く栄子を手に入れたいからだよ・・・ 駄目ですよね、こんな事言ったら」
「手に入れたい?」
「全部手に入れたいんです、全部の部位を。体も心も何もかも。それが俺の、人への愛し方なんです」
さっきから、私の足は勝手に動き始めている。
彼の答えも意に介さず、まるで蘇った屍の如く先を求めて行進を続けている。
また失敗した。今回は単純に、道から滑り落ちてしまった。
「あいつって、誰ですか」
そう、あの時みたいにこんな風に本音から言質を取られていく。
だから自分の気持ちを表すのは苦手で、嫌いなんだ。もう逃げ道は無い。私も少し疲れてしまって、土の上に座り込む。
「私が告白する子、彼女がいる男の子なんです」
そう、私の中は何とも邪な心で埋め尽くされている。
でも、でもそれは。
「私の方が先に好きだったのに、二ヶ月くらいで、あっさりかっさらわれちゃったんだ」
自身を出すのが苦手な自分にかまけて、一生自分の中で想いを溜め込んで、そんな先延ばしが招いた末路。だったら、彼が全部彼女に染まってしまうのを阻止する。
「私がずっと想いを吐けなかったから、今は想いだけでも伝えたい。本当はこんなに好きな私の事を、ただ少しでも意識させたいだけなんです。ほんの僅かでも刻みつけたい。悲しいです、じゃなかったら私ほんと・・・」
疲れと怒りと諦めから、顔はあらゆる液体で濡れていた。
でも、あれ?
久しぶりに、自分をちゃんと言えた?
「もう湊さんは自分を出せてますよ。これもまた、告白の一つ」
霧矢さんがうんうん、と言わんばかりに頷き、私をどこか敬愛を込めた様な目で見つめていた。
「そして気付きました。俺の恋は歪んでいる、と。君のおかげだよ」
「何ですかそれ、私言ったんだから霧矢さんも言うべきです。恋はどんな形でも恋だと思います。私は、世間的に見ればちょっとアレですが」
自分で言った言葉に少しすねながら地から立ち上がり、彼の横顔を後ろから覗き込んでみると、それは驚く程の虚無だった。
そうして、彼は次の言葉を紡ぐ。
「じゃあ、もう少しだけやりますか?やらなければならないんでしょう、俺達は」
彼に何があったか、私はまだ分からない。でも、何かの覚悟のような物を感じた。
「はい」
そして再び、暁の空に向かって私は走っていった。
一体それから、どれだけの回数が経っただろう。
かれこれ一ヶ月、はないか。一週間ぐらいここにいる気がする。気がするだけだ。
もう左右、そして洞窟を半ば塞ぐ程の数の地蔵が打ち立てられている。というかもう地蔵をよじ登らないと出られなくなっている。
「湊さん、多分そろそろここからすらも出られなくなります。 ・・・このループも残りは後1,2回程だけかと。俺、多分ですけど気付いたんです。ずっと見落としてた解決策」
ずっと、見落としていた物?
「それは?」
「まあ、行きましょう。最後まで進まないと」
そうして山道を下り、本殿へと戻っていく。そういえば、二人で降りたのは何気に今回が初めてだ。
すると、霧矢さんが自分語りを始めた。
「俺、前に言ったでしょう。妻の全てが欲しいって。実はこれまでも、そういう事が色々あった。これまで付き合った子はみんな自分から逃げていったか、俺が殺しました。欲しかったんです。それぐらい、好きだった。
俺にとっての愛し方って、他の人には恐ろしいだけなんでしょう。湊さん、その子の近くにいるだけで幸せ、と言ってたじゃないですか。それが俺には一切理解できなかった。本当に理解できなかった。それだけでは飽きたらない。相手の全てを所有したい、殺したい程愛してるんです」
そういえば恋愛事情を色々聞かれたのは、もしかして普通の恋がどんなものかを探ろうとしていたのかもしれない。
人であるのに人を知ろうとしている。
自分が誤解され、拒絶される世界を何とか変えようとした。そう考えると、少しやるせない。
「そんな、恐ろしいって」
でも私には僅かばかりのフォローしかできない。
私は知っている、恋が行き過ぎると私のように形容しがたい様々な「欲」に駆られるから。
「だから俺は人に恋してはいけなかった。こんな人間を受け入れるヤツなんてそれこそいない」
彼の事が明らかになったと同時に、山道から参道へ差し掛かり始めた。
「で、それを踏まえて、です。もしかしたら、俺達の好きな人への想い、それ自体が戻ってしまう条件なのかもしれない。というかもうこれしか無い筈。俺達は、そもそも誰かに想いを伝えようしてここで会った」
・・・ 正直、それは薄々と感じていた所があった。私達はあらゆる手段で脱出を試みた。
物理的な脱出は散々思考した末おおよそ不可能と分かり、自分自身に戻ってしまう条件が課せられていると考え実行した回もあった。
でも、これだけは恐らく無意識に択から外していた。それが否定されれば。
「湊さん。想いを捨てる覚悟、ありますか。これは仮説です。ですがこれで失敗すれば俺達は今度こそ出られなくなる。俺は君と話して、栄子には幸せに生きてもらう事にしました。俺がいると、不幸だったんでしょう」
きっと、私達は神様からのバチが当たったのだろう。
かたや彼女のいる男の子を引っ掛けようとその彼女を否定する私、そして相手の全てを欲しがる欲を持つ霧矢さん。端から見ればどちらも歪んだ物だ。
恋は想い、想いは呪いに転ずる。
神社とは、そんな呪いを祓う場。結びの神は、そんな私達を隔離しようとした。
「私、間違ってたんですね」
「間違ってはいません。俺達は、ただ外れていただけですよ」
「じゃあ、」
「ああ、行きますか」
霧矢さんは、自分の鞄から大きな花束を取り出す。
「何ですかそれ」
「誕生日祝いだった物だ。俺達は、想いをここに捨て置く」
そう言い放ち、薔薇の花束を上空へ下から振りかぶって投げた。
鳥居の赤と薔薇の紅が奇跡的に噛み合い、少しの味わい深さを出していた。
・・・私も、覚悟しなければならない。
懐にしまっていた手紙を取り出す。 そうして、それを縦一文字に破く。
これは、自分自身への、自分の気持ちへの、先延ばしにし続けた罰。
私達は、再び歩を進め始めた。
参道から入口の長い階段まで辿り着いた。
何回も何回も脱出計画において通ってきたが上から見下ろすと、今回はとてつもなく深い海溝の様に感じられる。
「湊さん」
段差を下りながら、彼は問う。
「湊さんはまたいつか陽介君の事、好きになりそうですか」
それは多分、また明日会ったりでもすれば。
「好きになってると思います」
私もまた、彼に質問する。
「霧矢さんこそどうなんですか」
「それはもう、多分」
まあ、お互い無理だろうな。今は良くてもいつかはまた、思い出すんだろう。
「霧矢さん、大人なのに最後まで私に敬語でしたね」
「俺は初対面の人にはバリア貼るタイプですから」
「もう初対面じゃないでしょ」
「確かにな」
ハハッと彼は軽く笑っていた。
鳥居の前までついに来た。ここから踏み出せば、元に戻れるのか否か。洞窟からの移動を何回も繰り返し、土と泥だらけで鳥居前に屯している私達に手前を通る通行人は誰も目にくれない。こうなっていると完全に空間が切り離されているのだろう。
すいっと手を出すと、手に関しては問題無く通路へ通った。然し足を踏み出すのはちょっとだけ躊躇する。
「湊さん。君に関してはまだ機会はこれからもある、頑張りなよ。それがもし陽介君ならハッピーエンドだ」
人見知りバリアが外れたのか、霧矢さんは柔和な雰囲気になった。
「でもね。やっぱり私は関わらない方が陽介君は幸せなんだと、思っちゃうんです」
4年を代償に覚悟は決まった。足を踏み出す。
するりと通れた。私が道路に行った側からも彼の姿を見られた。
振り返ってお辞儀をする。何だか学校の先生と生徒みたいだ。霧矢さんは、軽く手を降っていた。
「ちょっと待った!!」
すると突如大声が響く。
「あれ栄子だ!ちょっと引き止めてくれないか?」
「え?え?」
彼の指差す先には深い帽子を被り、上品そうな買い物鞄を持ってこちらに歩いてくる女性がいた。
あれですか?と指で必死にジェスチャーを送る。
そう!と言わんばかりの大丸が返ってきた。
「あの!すいません!」
もう人と話すのが苦手とか、全部飛んでいた。
「ちょっとそこの神社の手前にいてもらえますか?」
「あの、何を?」
流石に女性は怪訝そうに私を見ている。然し私の勢いが凄かったのか、神社前には移動してくれた。
「じゃあ後は!」
と軽く霧矢さんに会釈する。外から彼の事が見えているかどうかは分からないが、もうやるしか無かった。
そうして学校とは反対方向に駆け出すと、私の体は光に包まれていた______
カモメがさざめき波が靡く海を崖上から見つめ、俺は鞄にひっそりと一輪だけ残った薔薇を手に持っていた。
結局、あの後栄子とは話せなかった。湊さんが行った後、不思議そうにこちらを一瞥して去っていった。
誕生日会用の荷物を開ける。あの後、突如光に包まれ選択肢を間違ったと思ったが自室に戻っていた。相手に認識されていなければ神様的にはセーフだったんだろう。
あそこの縁結びの神は全く悪趣味だ。
「ケーキ、ぐっちゃぐちゃになってる・・・ 」
その匂いを嗅ぎつけたのか、鳶が少しずつよってたかる。
俺は、誰かの事を愛するのに不向きだったのだろう。
まあ一般的に考えれば、所有とは物扱いの様な物だ。俺にこの花で妻を祝う資格なんて無い。
一輪の薔薇を、海の方へ高く投げる。
深紅の彩りが碧の空を舞い、然しそれは無情にも重力に逆らえず群青の海へ落ちる。
「一本だけだと、寂しいな」
それを見届けた後、ケーキは放置し俺はバイクに跨り海を後にした。
正面から豪速球で当たってくる風から目を逸らすと、道路下には港町が広がっていた。
港、で思い出した。湊さんはあれからいい感じにやっているだろうか。
彼女は俺と違ってまだまだ何とかなる人間だし、自分を出せるようにもなっていた。あんなに重い愛情をこれから向けられるかもしれない誰かが少し羨ましく感じる。
というか、港と湊さんってダジャレ繋がりで思い出したのか。つまらないジョークだが、少し笑ってしまった。
バイクのアクセルを更に吹かす。風が気持ちよくなってきた。
海に行ったから、次は山にでも行ってみようか。各地を旅して、俺の中にまともな感性をこれから詰めていこう。まずは、寒いダジャレ芸を思いつくのを辞める事だ。
そうしていつか妻の事を、忘れられたらいいな。
光のベールが私から剥がれ落ちた時、家のベッドで横たわっていた。転送された後は横たわって起きるのがルールなのだろうか。
あの日から一日が経っていた。今日は月曜日だ。転送され空けだけど学校へ向かう。
電車に揺られ、学校へ着くと陽介君とその彼女、そして私の友達である浅中千枝ちゃんが並んで歩いていた。
その仲良し加減を見て、改めて感じる。やっぱり身を引くのが正しかったと。私では多分、陽介君のあんな笑顔を引き出すなんて事は出来ない。
少し屈んで早足で横を通り過ぎる。すると横から、
「湊さん!おはよう」
と陽介君が声をかけてくれた。
「あれ、裕子ちゃんなんか変わった?大人になった、みたいな感じ?」
そんな私の肩をツンツンと千枝ちゃんは突く。
なんか変わった、というかなんと言うか。
「私、失恋を経験してしまいまして・・・ 」
たった今、改めて私は失恋した。
「湊さん、失恋の痛みは今の内に負っておいた方が将来的にダメージ少ないよ」
「そうそう!」
「千枝さん失恋した事あるの?」
「無いよ」
「じゃあ言う資格は無いんだよ!」
湊さん、と千枝さん、という上の名前で呼ぶか下の名前で呼ぶかという所からもやっぱり何か距離を感じる。でも、それでもいいんだろう。
「帰り、買い食い付き合って」
私はボソッと二人に頼む。
「湊さんがそういう事いうの、珍しいね」
「うん、覚醒した感じだね」
この三人で、これからも何気なく過ごす。
そう、これでいいんだ。あんなに憎んでいた千枝ちゃんに対しても、何だか普通に接していいと今は思えている。
そんな落ち着いた心を、予鈴の音が急かし始めていた。
家に帰って、ふと少し手紙を書こうと思った。卒業後の自分に宛てる、タイムカプセルみたいな物。
紙にただただ鉛筆を走らせていく。
わたしへ
卒業した私は、何をしているでしょうか。
関係無いですが、あの時の気持ち、今も持っていますか?
私は多分、今は分からないけどまた陽介君の事を好きになってる気がします
想いを伝えなかった事が正解かどうか分かりません
でも今は、これでいいと思う事にします
今の自分の事しか言っていませんが、結局未来なんて分からないよね
わたしより
愛と憎しみの路 伊咲 @Jun1150
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