金髪女子高生とギターと④最高の文化祭
綿串天兵
大通り図書館からの帰り
胃が少しきりきりする……あたしの乗った電車は終点に到着した。あたしが高校から帰る時に最初に乗る電車は、大きな駅の隣に到着する。そして目の前にあるエスカレーターで駅の二階に上がった。
帰宅するには次の電車に乗るため、いったん二階に上がる必要がある。
――うまく弾けないんなら、ちょっとフレーズを簡単にしたら?
ベースの
「ふう」
あ、ため息がでちゃったよ。今日もあのフレーズが弾けなかった。成功率は半々。本番、ダメかも。でも、恥はかきたくないし、他のメンバーに迷惑をかけたくない。
本番はもう明日、何かいい方法はないのかな……なんて考えていたら、何となくいつものクセで、大きな駅の二階に上がってしまった。
うまく行かないことがあると、必ず思い出すことがある。何人もの男子生徒の気落ちした肩と、一瞬だけ目を見開いてうつむくしぐさ。
「あれ?
不意に後ろから声を掛けられた。振り返ると、白い半そでシャツの見慣れた顔があった。まだ少し暑いけど、もう少しで衣替えの季節。
「あ、
「
そう、この
断るたびに見る男子生徒の表情、正直、辛い。だから、あたしは自分からは
「うん、今日、バンドの練習してたんだ」
「そっか、校内公開、明日だもんね」
今でも月に一度は一緒にカラオケに行っている。
「そういえばさ、生まれて初めて
うれしそうに笑いながら、バッグからクリアホルダを取り出した。
「本当は
「へえ、
あたしは
「『大悲閣』って書いてあるらしいんだけど」
「あたしには、左上のハンコしか読めないよ」
「
「なんでまた御朱印なの?」
「このお寺ね、あたしの旧姓と同じでさ、記念にお父さんと一緒に。家庭裁判所から、十八歳になったら会ってもいいよってことでね」
旧姓? 詳しく訊いたほうがいいのかな……訊かないほうがいいのかな……。
「もう、久しぶりで……あ、ごめん、電話……」
「ごめん、あたし、友だちと待ち合わせしているんだ。また今度、ゆっくりね」
「うん。あ、そうだ、
「大丈夫。友だちと一緒に休み宣言しちゃった。最後の文化祭だもんね」
手を振って
目的地はここから徒歩七分ほど。コンビニ、カラオケ、あとよくわからないお店を右手に見ながら歩く。
――大通り広場
そう書かれた看板の向こうにあるエスカレーターに乗ると、あたしは横を見た。
エスカレーターのすぐ横は、全面、ガラス張りになっていて、あたしの姿を映し出している。部屋の中は照明が点いていない。これはもう見慣れた建物。
心なしか、いつもより自分の姿が小さく見える。まあ、身長は低いけど。ついでに言えば、胸も小さい。顔とお尻も小さいのが救い。
そしてエスカレーターを降りて広いテラスをちょっと歩くと、ひさしを抜けて上への視界がひらける。
顔を限界まで上げないと見えない最上階、上の方はマンションになっているのかな。二階と三階は、ほぼ全面がガラスになっているけど、半分ぐらいは格子状の板で覆われている。
既に室内の方が明るいせいか、窓には何も映り込んでおらず、たくさんの本棚がシェード越しに薄っすらと見える。
右下を見ると、見慣れた大通り公園、いくつかの小さなベンチが円周上に配置され、既に幻想的な色をした街灯は点灯していた。
そのまま広いテラスを歩いて二つの自動ドアを抜けると、たくさんの本棚に囲まれた「マチカフェ」が見える。
あたしは火曜日と木曜日、お小遣いが続く限りだけど、毎週、ここに寄っている。今日は火曜日。
「あ、
背が高く、身体は細くてお兄さん的な男性。長い髪を後ろで束ねている。
「もう、
「はいはい、
「呼び捨てでいいです」
夏休みのアコースティックライブイベント――結局、あたしたちは雨で演奏できなかったけど、あの翌週、見事、あたしたちは下の名前を交換した……下の名前だけ……いいの、あたしにしては上出来だから。
あたしは、
「一応、お店なので、そういう訳には……ね?」
「いつものやつ」
あたしはちょっと口をとがらせてみせた。
「火曜日だからミルクヴィエンナですね、少々お待ちください」
「はーい」
わざとぶっきらぼうに答えたつもりだけど、ちょっとにやけちゃっていたかも。支払いを済ませて番号札を受け取った。
「あの、バイト、閉店までですよね。お店、終わったら……今日も少しお話しできますか?」
数分後、カップを受け取ると、三階に上がった。
それに、スマホの充電もしたかったし。
この図書館は気が利いていて、いくつかのテーブルにはコンセントが付いている。
本を選んだあと、違うコーナーに移動してギターを背の高い棚に立てかけると、椅子に座った。
そしてバッグからアダプタを取り出し、スマホを充電した。スマホのバッテリは既に切れており、充電開始と同時に電源が入った。
マチカフェの閉店は八時。図書館の閉館時間は九時。
本を開いてみたものの、ギターソロがうまく弾けないことが気になって、全然、内容が頭に入ってこない。このままだと、みんなに迷惑をかけちゃう。
「ふう」
また、ため息がでた。
頃合いを見計らって二階に降りると、いつものようにテラスで
夏休み前は、いつもあたしがテラスで待っていた。今は何となくだけど、こうなっている。
急ぎ足で自動ドアを抜けると、駅に向かって一緒に歩き始めた。
エスカレーターには
「
「うん、大丈夫。演奏時間に合わせて行くよ。二時頃だったよね?」
「大学、大丈夫ですか?」
「昔は一般公開日、週末だったらしいんですけど」
「へえ、そうなんだ。でも、俺の出身校も平日だよ」
「そうですか」
あ、変な間が空いちゃった。今日は何を話そう。いつもならたくさん言葉が出てくるのに、ギターソロのせいで頭が回っていないのかも。
歩道を歩き始めると、あることを思い出した。
「
「わかる? 実はさ、俺、音楽、苦手なんだ」
え? どういうこと? ちょっと訳わかんないんですけど。音楽、あまり興味ないのかな。でも、以前はギター弾いていたって言ってたし、Fコードを押さえる裏技も教えてくれたよね。
ももも、も、もちろん、ちゃんとあたしの演奏は聴きに来てくれるんですよね?
「あっ」
あたしは、段差のない歩道でなぜかつまづいてしまい、
そういえば、
「大丈夫?」
見上げると、
「ごめんなさい」
「いいよ。もう少し足を高く上げて歩くよう、気を付けたほうがいいかも」
「そうなんですか?」
「こっちに来るまで空手をやっていてさ、合宿の時に裸足で道を歩いていたら、子どもたちの何人かが足の親指の裏を怪我してね」
裸足?
「よくよく観察してみたら、足があまり上がってなかったんだ。トボトボと歩いていると、つま先が下がっちゃうみたい」
ああ、なるほど、つま先を地面でこすって怪我をしたんだ。で、靴を履いている場合は、何もないところでつまづく。
「わかりました。じゃあ、元気よく歩きます」
そう言うと、ちょっと名残惜しいなと思いつつ、
「あの、音楽の話……」
それで嫌われたりしたら……あーん、
上を向いて、
「音楽が流れていると、脳が音楽に持っていかれちゃうんだよ。次はこんなフレーズが来るのかな? とか、どんな気分で演奏しているのかなって」
「もしかして、BGM、苦手なんですか?」
「うん。あの図書館、ジャズが流れているじゃん。バイトしていても聴き入っちゃう」
そっか、音楽が好きすぎるんだ。よかった。っていうか、ジャズなんて流れていたっけ?
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数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
空手合宿の話は、経験をもとにしています。アスファルトの上を裸足で走ったら、小学生の生徒が何人か足の裏を怪我しまして。どうも、ゆっくり走るとき、後ろ脚を引きずる傾向があるようで。
もし、何もないところでつまづいたりするような癖のある方は、歩き方を見直してみてはいかがかなと思います。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
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