剣の悪魔、現る
予定が狂った。
おおむねビショップ――秘密工作型〈M4パートリッジ〉を駆る少女の苛立ちは、それが理由である。
待ち伏せして確実な距離から誘導ミサイルを放って、大型トレーラーの運転席を消し飛ばす。アルケー樹脂装甲で防護されているキャビン部分だけを残すため、発射角度まで考え抜いた攻撃のはずだった。
だが、現実にはミサイル攻撃は防がれた。間髪入れず、トレーラーに飛び乗って低圧砲の接射で仕留めしようとした第二プランも台なしだ。
何が起きたかわからなかった。
自分にバレットナイトの飛び蹴りが突き刺さったと理解したとき、ビショップの脳裏をよぎったのは不快感だ。
電脳棺の中で悪態をつく。
「――ふっざけんなよ!? なんだ今の飛び蹴り、正気かこいつ!?」
反撃として撃った九〇ミリ低圧砲は盾で防がれた。それどころか急速接近して斬撃を放ってくる始末――異常なまでの反応速度だった。
あるいはビショップが優れた操縦者でなければ、その瞬間に即死していてもおかしくない殺意。
辛うじて超硬度重斬刀の一撃を
この機種をバナヴィア衛兵は運用していない。ならばベガニシュ帝国の使節とやらの私兵だろう。
練度が違う。
おそらくは大陸間戦争を経験した兵士、機甲猟兵などと呼ばれている対バレットナイト戦闘の手練れだろう。
勘弁して欲しい――こっちはクソみたいな陰謀に従事しているしがない工作員だというのに。
あまりに劇的な登場の仕方に、むかっ腹が立ってきた。
「そういうのは
大型トレーラーがカーブを曲がって遠ざかっていく。残念ながら先ほどの機銃掃射でミサイル発射機は壊れたので、せっかく持ってきた予備ミサイルチューブの出番はなさそうだ。
もちろんバレットナイトの機動力なら、岩山を跳躍して大型トレーラーに追い付くなどわけはない。
問題はそう、目の前で
背を向ければ確実に殺される、と判断。
この時点でビショップに許されているのは、速やかに眼前の敵を始末して大型トレーラーを追うという選択肢だけだった。
残念ながら山岳猟兵との連携は期待できない。
何故かというと彼らの愛国心あふれるクーデターはあくまで、彼らの自発的行為であって、ビショップの従事する秘密工作とは無縁のものだから。
正確に言えば彼らのバックにいる反国王派と、少女の上司であるキングには黒い繋がりがあるのだろうけれど。
少なくとも現場レベルでは知らない話である。
なので彼らは元気にバナヴィア衛兵とドンパチを繰り広げているし、こうしている間にも大型トレーラーはどんどん逃げていく。
「
箱形弾倉には交互に異なる種類の砲弾が入っており、自動装填装置によって次の砲弾が低圧砲本体に送り込まれる。
敵機との距離は一五メートルほど、普通に考えれば銃撃を避けられるわけがない――衝撃信管の成形炸薬弾をお見舞いする――普通に回避された。
岩山に当たった成形炸薬弾が爆ぜる。
「はっ――!?」
意味がわからない。一瞬で上方向に離脱したのだ――馬鹿げてる。
先ほどの衝撃で火器管制装置が故障したのかと思った。電脳棺による自動照準機能はおかしくなっていない。
つまり敵はこちらの砲弾が発射される本当にギリギリのタイミングで、人工筋肉を駆動させて跳躍したのだ。明らかに人間業ではなかった。
低圧砲に砲弾が再装填される。
――いや、普通に間に合わない。
ビショップは
運動エネルギー弾の弾芯に使用されているのと同じ超硬化結晶体のアンカーと、テロス合金製バックラー・シールドの衝突音。
激しい手応え。
そして自由落下の速度と、自機の質量そのものを乗せた斬撃が襲ってくる。
〈アイゼンリッター〉の斬撃である。
右手の低圧散弾砲をぶっ放した――砲弾が空中で切断される――砲撃の反動を利用して重斬刀から逃れた。
恐怖で叫んだ。
「なんだよ、この化け物はっ!?」
ビショップとてバレットナイトの操縦には自信がある。兵役で適性検査を受けて、ようやく訓練を施される一般の搭乗員とは比べものにならない厳しい訓練を通り抜けてきた。
正規軍の兵士だから必ず高度な訓練を受けている、なんていうのは素人が陥りがちな幻想だ。
何故ならばバレットナイトとは強力な火砲を運用できる移動砲台――ガルテグ連邦の技術レベルでさえ、通常兵器との出力差は歴然としている――であり、極論すれば集団行動ができて、大砲を撃つことができるなら数合わせでいいのだ。
ぶっちゃけバレットナイトは安くて強い。
もちろん単独で秘密工作に送り出されようなエージェント――ビショップはそういう数合わせの操縦者とは違う。
超人的な身体能力を与えてくれるバレットナイトの操縦は、人体のそれとは全く異なる身体制御を要求される。肉体のスケールは二・三倍から二・五倍ぐらいに拡張されるが、実際に発揮できる運動能力はその比ではないからだ。
そういう基本的な身体操作技術以外の諸々も、工作員には必要である。
自身の存在を
だからこそわかる。
目の前の〈アイゼンリッター〉は明らかに何かがおかしい。
理論上は可能な動きをしている。
だがそれは、一〇面ダイスを振ってサイコロの目を常に狙った数だけ出し続けるような異能異形だ。
目と鼻の先で発射された銃弾を躱したり、銃弾を刀で切り裂く超人なんてどう考えても
横っ飛びにステップを踏みながら、引き金を引いた。成形炸薬弾が敵機に直撃する――いや、カイトシールドで防がれた。
こちらの砲口から砲弾の着弾位置を予測し、あらかじめ盾を構えていたのだ。
旧型〈アイゼンリッター〉と〈M4パートリッジ〉の間にほとんど性能差はない。相手がカスタム機といっても、機体の消耗を考えればビショップの方がずっと有利のはずだ。
であれば異常なのは搭乗者だった。
弾切れになった散弾砲をためらいなく投げ捨てる――
超硬度重斬刀と超硬度小型盾が擦れて、火花が散る。
通電することでその原子間結合を強めて、エーテルパルスによって接触した物質を破砕する兵装同士の激突。
タングステン合金すら紙切れのように引き裂く破壊力の具現――群青の巨人は左腕を跳ね上げ、敵機の
そのまま踏み込む。
散弾砲を捨てた右腕――その前腕に装備された筒状の武装を、〈アイゼンリッター〉の腹に押し当てる勢い。
「――死ね」
三連装の必殺武装は、短距離徹甲焼夷弾発射筒パイルランチャーという。
実に単純な仕組みである。照準器すらついていない大口径徹甲焼夷弾を、発射筒の中に仕込まれた爆薬の圧力で高速発射する。
単純な仕組みであるがゆえに、肉薄して発射されればまず助からない。この際、爆発で自分の右腕が千切れ飛ぶぐらいは許容範囲だとビショップは判断する。
次の瞬間、〈M4パートリッジ〉の機体は強烈な力によって弾き飛ばされていた。仰向けに倒れる機体、明後日の方向に飛んでいくパイルランチャー。
何が起きたのか理解できぬまま、その場から跳ね起きた。
胴体を串刺しにしようとした刺突が、大地に突き刺さる。敵機の腰にしゅるしゅると巻き取られていく電磁アンカーを見て、ようやくビショップは何が起きたのか理解した。
――この刹那にアンカーガンを撃った!?
笑えるほどの敵は強い。
アンカーガンと超硬度重斬刀ぐらいしか武装が残っていないのに、それだけで少女の駆るバレットナイトを圧倒している。
ありえなかった。
ほんの五分前までは超高速運動エネルギーミサイル発射機を抱えて、獲物を狩る側にいたはずなのに。
群青の巨人はそれでも戦意を失わなかった。左腰に差した超硬度重斬刀――
それを叩き潰すように、〈アイゼンリッター〉が片手半剣を振るう。刃の側面に向けて、跳ね上げるように超硬度バックラー・シールドを叩きつける。
そして押し込むように
アルケー樹脂とセラミックと合金の複合装甲は、度重なる被弾でボロボロだ。超硬度重斬刀と接触した瞬間、砕けた装甲が飛沫となって飛び散るほどに。
防がれた。
――ヤバい、ヤバい、これはヤバい!
気づくと左手のバックラー・シールドの手応えが消えていた。押し上げていたはずの
その腕が伸びて、魔法のように左胸のナイフシースから刃を引き抜く。
盾で相手の斬撃・刺突を防いで、がら空きの胴体に必殺の一撃を見舞う。
ビショップがしたのと同じ戦技――砕け散っていくカイトシールドを押しつけながら、〈アイゼンリッター〉が体当たりを仕掛けてきた。
〈M4パートリッジ〉の姿勢が崩れる。対装甲ナイフ・スティレットが突き込まれる。おそらくは装甲と人工筋肉の隙間を狙った必殺の一撃。
――しくじった。
これは避けられない。跳ね上がった左腕のバックラー・シールドでは間に合わない。
身をひねった。スティレットの突き刺さる進路上に、右のマニピュレータそのものを差し出した。
研ぎ澄まされた金属製の刃が、内蔵された超振動モーターによって高速振動――腕部の薄い装甲をあっさりと貫通し、内骨格にまで刃が深々と突き刺さる。
刃が自壊するほどの高速振動は、瞬く間にその内部構造を蹂躙し尽くした。骨格に亀裂が入り、人工筋肉が断裂していく不快極まりない感覚。
右腕が完膚なきまでに破壊され、握っていた片手曲刀を取り落とす。
〈M4パートリッジ〉は後ろに全力で飛び退った――同時に、〈アイゼンリッター〉が斜め後ろに後退して、地面に落ちた
――参ったね、もうバックラー・シールドしか残ってない。
ベガニシュ帝国の騎士は強すぎた。
もう任務なんてどうでもよかった、考えるべきなのは――この化け物から逃げ延びる方法だ。
遠方では山岳猟兵とバナヴィア衛兵が、機関砲だのミサイルだのを撃ち合っている音。山岳猟兵の装甲車両は、その火力を活かして弾幕を張って四機のバレットナイトを
だが一方、大型トレーラーの追跡をしようとした車両から、集中砲火を浴びて撃破されているようで、誰も防衛線を突破できていない。
「……形勢逆転ってわけだ、意味わかんないよ」
〈アイゼンリッター〉が片手半剣を構えた。さしものビショップも死を覚悟した。
そのときだった。バレットナイトの聴覚センサーが異音を聞きつけた。それはたぶん、ローターブレードが高速回転するときの騒音だ。
それも複数機――超伝導モーターで動くローターブレードの飛行音が聞こえてくる。
バレットナイトの鋭敏な聴覚だから聞き取れる兆候。ひゅんひゅんひゅん、と巨大な金属製ローターブレードが大気を切り裂く。
恐ろしいほどの低空飛行だった。地上三〇メートルほどの高さを舐めるように飛翔してくる機影が三つ。
北部の要衝トゥルバリス市の方角からやって来たヘリコプターを視認した瞬間、ビショップは作戦成功の可能性が消えたことを悟った。
――潮時だね。
ビショップのコードネームを持つ少女は、電脳棺の中で皮肉な笑みを浮かべた。
迷うことなく
〇・二秒後、その胴体があった空間を〈アイゼンリッター〉の斬撃が薙ぎ払っていた。
透明な殺意。
しかしそれ以上、〈アイゼンリッター〉の追撃はなかった。いい加減、向こうの機体も限界だったのだろう。
急斜面を滑り落ちるようにして、群青の巨人は逃亡する。それは人間であれば滑落し、骨折し、運がよくても重傷を負うであろう深い谷底だった。
だが、人間を凌駕する身体能力と物理強度を持つバレットナイトであれば、問題なく降りられる。
着地する。駆動フレームの奥深くまで響き渡る衝撃。
事前に想定していた通りの地形である。この岩山が連なる地形は断崖絶壁が連なっており、上空からの探索だけでは死角が多すぎて取りこぼしが出る。
背後では戦闘の音が続いている。
こういう地形での追跡任務を得意とする山岳猟兵が、国王派と殺し合う限り――ビショップが捕捉されることはありえなかった。
――作戦は失敗した。
薄緑色の怪物が、耳障りな騒音と共に近づいてくる。一瞬だけその機影がはっきり見えた。
キャノピーが存在せず、完全に装甲化された操縦席。スタブウイングは短翼と表現するには長大で、人食い鮫のヒレのような存在感。
視界を補うように機体各部に張り巡らされた複眼型カメラアイ、そして眼球じみたセンサーターレット――まるで馬鹿でかい目玉が張り付いているような機首だった。
あるいはそいつに、これまた馬鹿げた大きさのローターブレードが突き出ていなければ、戦闘ヘリではなくそういう化け物だと誤認してしまいそうな容貌。
装甲化されたコクピット、単眼のセンサーターレット、たっぷりと武装をぶら下げたスタブウイング、馬鹿でかいシングル・ローターとテール部ダクテッド・ファン――事前に把握していたフィルニカ王国軍の航空機と特徴が一致する。
「〈モラガルファ〉――王立航空騎兵隊の重攻撃ヘリ、か」
単眼の
ガンシップとも称されるその兵器は、類を見ないほど重武装で知られていた。胴体から突き出たスタブウイングにぶら下げられた機関砲ポッド、四連装対戦車ミサイル、ロケット砲の群れが、無慈悲に山岳猟兵に撃ち込まれる。
爆音。
それは横転した装甲車が、砲塔が吹き飛んだ戦車が、物言わぬ骸となっていく音だ。これまでの戦闘で消耗している山岳猟兵など、戦闘ヘリのいい餌だ。
ビショップはこの時点でクーデターの失敗を悟っていた。
あれは国王派の重攻撃ヘリであり、その出撃許可が下りたのならば――ロガキス王は健在ということだ。
反乱軍は決して多数派ではない。現体制のトップが号令を発すれば、これまで様子見に傾いていた国内勢力は彼に従ってクーデターを鎮圧するだろう。
フィルニカとは王によって統治される国である。一度としてその歴史が、この大地に生きる民草のものだったことなどない。
立憲君主制を掲げたバナヴィアでは、人民が銃を手にして騎士の時代を駆逐した。共和制を誇るガルテグでは幾度もの革命と戦争が繰り返された。専制君主が君臨するベガニシュでは皇帝と貴族が睨み合う中、着実に人民が力を蓄えつつある。
されどフィルニカ王国にあるのは、国王を頂点とする階層構造だけである。この国は紛れもない大国だが、それゆえに最も遅れた大国であり続けた。
過去にはありとあらゆる列強が、この国へ干渉してきた。ベガニシュ帝国は言うに及ばず、亡国となったバナヴィア王国でさえ、その全盛期には武器弾薬を反乱軍へ渡して革命を支援したのだ。
国内に領土を与えられ、藩主を名乗る貴族たちもまた、独立を夢見てそれら諸外国の干渉に応じてきた。
フィルニカの歴史は血まみれの道のりであり――それらすべてを打ち砕き、国王が絶対的権力を握るまでの
そしてフィルニカ国王に付き従い、あらゆる反乱を鎮圧してきた精鋭部隊がある。
王立航空騎兵隊――ベガニシュ帝国とガルテグ連邦の大陸間戦争のはるか以前から、フィルニカ王国は
この国は最も近代化の波に遅れた国でありながら、航空機による対地攻撃という一点で先進的な戦術を運用してきた。
反乱鎮圧のための暴力装置として、先進的すぎた軍は機能した。何千何万という兵が、そして人民が反乱を起こそうと、降り注ぐ機関砲とロケット弾の雨に抗う術などない。
航空騎兵の歴史とはすなわち、数百年間の虐殺の歴史なのだ。
たとえフィルニカ王国での陰謀の第一弾が終わろうと、彼女にはまだやるべきことが残っているのだから。
あるいはこの血まみれの混迷した状況こそ、ビショップの上司――キングを名乗る男の望みなのかもしれないが。
国王もキングも精々、自分が見たい夢を見ておけばいいのである。
少女は笑う。
そして心の中で、大切な弟たちの名を呟くのだ。
――ミロ、シリル。
――これで私たちの復讐が始まるよ、誰にも邪魔はさせない。
――
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