夜襲
リゾートホテルの建物と大型トレーラーが収まっている車庫は、屋根と壁のついた通路で繋がっている。自動車を運転してきた使用人が、バカンスを楽しむセレブたちの目に入らないように、という配慮である。
おかげで窓ガラスすらない通路を走る羽目になっているが、今の状況ではありがたい。衝撃波で割れた窓ガラスは、散弾となって周囲の人間を殺傷する凶器だ。
幸いにも今のところ、広範囲に爆風をまき散らす砲撃は行われていない。妙だな、とプロフェッショナルとしての視点で思った。
まだ本格的登場から一五年しか経っていないバレットナイトやその装備と比して――歩兵用の迫撃砲やその砲弾は入手困難な品ではない。
先ほどから響いている砲声は、バレットナイトによる攻撃が行われていることを示している。
ならば敵は少なくともバレットナイトを入手可能な武装集団であり、当然、迫撃砲やロケット砲の類も入手できる規模のはずだ。
その正体が反体制ゲリラにせよ何にせよ、自動小銃ぐらいしか持ち合わせていない貧弱な武装はありえない。これが要人の宿泊するホテルを狙ったテロ攻撃なら、迫撃砲やロケット弾を撃ち込んで死傷者を出すのが、敵にとっては最大の戦果を得られる手段のはずである。
そう、理屈が合わないのだ。
また砲声。
――この音はガルテグ連邦の四七ミリ狙撃砲だ。
四七ミリハイブリッド狙撃砲は装薬と電磁加速を併用した方式の重火器で、装薬の燃焼ガスによって砲弾の一次加速を行い、二次加速を電磁バレルで行う。
ガルテグ連邦が完全な
いわゆる化学装薬式の火砲――薬莢部分に火薬を詰めてその燃焼ガスで弾体を発射する――には、得られる初速の限界がある。これは化学反応を利用して加速を得る仕組みの原理的な制約と言ってもいい。
ゆえに投入した電力量に比例して無制限に加速し続けられる電磁式火砲は、よりコンパクトで強力な遠距離攻撃を実現した。
つまり今日の戦争で利用される火砲は、基本的に二種類に分けられるのだ。
一つは電磁加速式の小口径運動エネルギー弾――ものすごい速さでものすごく硬い砲弾を撃つと強い。
一つは化学装薬式の大口径榴弾――ものすごい量の火薬を積んだ砲弾が爆発すると強い。
どちらにも一長一短があり、現代戦をまともにやるつもりなら、二種類の火砲を用意しておくのは基本中の基本と言ってもいい。
そしてバレットナイトの全身を覆う特殊樹脂の装甲は、類を見ない特殊な現象によって恐ろしく防弾性能が高い。
――前にクロガネがこんなこと解説してたっけ。
かの技術オタクの伯爵様に言わせれば――アルケー樹脂がそれまでの装甲材と比して革命的に優れている点は、
エーテルパルス・エフェクトと呼ばれるこの現象は、電脳棺の放出するエーテル粒子と分子構造が結合することでミクロレベルで次元境界面を侵襲――つまり異次元からエネルギーを引き込む。
アルケー樹脂はこの性質により、外部から加えられるエネルギーを打ち消すことで、高い防御力を発揮している。
軽量な素材であるアルケー樹脂は本来、現代兵器が運用する火砲に対しては脆弱――それでも同じ体積のセラミックを防御力で凌駕する――だが、この特性によって異常なまでの防弾性能を獲得している。
極超音速で射出される運動エネルギー弾も、成形炸薬弾によるメタルジェットも、正常な物理学的環境下ではありえないほど減衰させられるのだ。
これは一種の光波エネルギーバリアであり、後にベガニシュ帝国が光波シールドジェネレータとして実用化する防御技術の原型である。
そして逆を言えば、電脳棺を搭載していない兵器はこの恩恵を受けられないということである。
バレットナイト登場の前後、その装甲材や駆動フレームの技術を応用した戦闘車両、航空機が開発されてきたにもかかわらず、人型機動兵器ほどの結果を出せていないのは当然の事象だった。
要するにとてもすごいのは電脳棺というテクノロジーであり、バレットナイトはその恩恵を最大限に利用するため人型に収斂したに過ぎない、というわけだ。
ともかくエーテル粒子のおかげでバレットナイトはとても頑丈で、携行する重火器の火力も高い。
生半可な戦力では、返り討ちに遭うのがオチだ――襲撃者が何者であれ、何台もバレットナイトを配置していたバナヴィア衛兵に奇襲した手腕は異常だった。
異国のバレットナイトの事情には明るくないが、暗視装置ぐらいは装備していることだろう。バナヴィア衛兵の練度を低めに見積もっても、一度、発砲してしまえば攻撃の発射地点は露呈する。
そんなことを考えながら、エルフリーデは車庫の建物に入った。照明はついていない。幸いまだここに砲弾は撃ち込まれていない。
背広のジャケットに装備していたペンライトであたりを照らす。
あった。
ヴガレムル伯領から乗ってきた大型トレーラーである。保持していたスペアキーで電子施錠を解除、大型トレーラーの後部ハッチが開いた。
荷台に上がる。
大型トレーラーの後部には、一体の巨影が置かれていた。周囲には身長四メートルの騎士人形のためにあつらえられた武具が、やはり固定装置によって搭載されている。
両腕と両膝をついてひざまずいている巨人――バレットナイト〈アイゼンリッター〉PMCカスタム。
その機体各部に噛ませられた固定装置を解除する。何度も何度も反復練習したから手慣れたものだ――たとえペンライトしか照明がない状況でも、エルフリーデは操作パネルを入力できる。
ガチッとロックが外れる音。
エルフリーデはするりとバレットナイトの両腕を登って、背部装甲の開閉を指示する。
「搭乗員エルフリーデ・イルーシャ、装甲ハッチを開け」
バレットナイトの首の後ろで装甲ハッチが開く――明かりもないのに発光している虹色の脊髄に、迷わず頭から飛び込んでいく。
次の瞬間、エルフリーデは巨人と一体化していた。電脳棺が活性化し、人間の意識活動と同調して飛躍的に機体の防御力が向上していくのがわかる。
視界がバレットナイトのセンサー群のそれに切り替わる。
すでに装備している武装――バックパックに超硬度重斬刀を一振り、一二・七ミリ三銃身ガトリングガンを一挺、胸部装甲にはナイフシースに収まったスティレットを二本。
ゆっくりと上半身を起こして、トレーラーの床面に固定されていた二〇ミリ機関砲とカイトシールドを手に取る。
〈アイゼンリッター〉PMCカスタムの状態は良好だ。ベースになった〈アイゼンリッター〉は型落ちのC型だが、機体性能そのものは問題ない水準である。
他国であるフィルニカ王国には持ち込めないという理由で、この機体には光波シールドジェネレータが搭載されていない。強力なエネルギーバリアの技術流出をできるだけ遅らせたいという帝国の意思が、PMCカスタムというダウングレード仕様を作り出したのだ。
なので古めかしい質量に頼ったカイトシールドも、立派な防弾装甲として装備することになる。
空間装甲として機能するアーマージャケットを着込んでいるせいか、〈アイゼンリッター〉PMCカスタムは原型機より野暮ったいシルエットだけれど――機体重量そのものは大して変わっていない。
アルケー樹脂装甲に比べれば、比重の重いテロス合金を使った超硬度重斬刀の方がよっぽど重たいぐらいである。
〈アイゼンリッター〉が立ち上がり、大型トレーラーの後部ハッチから外に出た。まるで異境の地にさまよい出た騎士の風情――そのまま巨人は迷うことなくシャッターを蹴破って、一息に外へ躍り出た。
このホテル周辺の地形は地図で頭に叩き込んである。幸いにも車庫入り口は外部から射線が通るようになっていない。
ズドン、ズドンと響く砲声と、撃ち返す機関砲の断続的発射音。
あまり状況はよくなさそうだった。
あらかじめ知らされていた味方の識別信号を出す。
電脳棺間の相互通信を申請――バナヴィア衛兵のバレットナイト〈M4Fカフドゥ〉は、真っ昼間の態度の悪さの割に、すんなりとエルフリーデの要請に応じてくれた。
『誰だ!?』
通信に出てきたのは、アラン・バリエではなかった。
おそらく夜勤当番の兵士のいずれか――不幸にも敵の狙撃にさらされ、いきなり仲間を失って気が立っている。
「ベガニシュ帝国使節の護衛騎士、エルフリーデ・イルーシャです。状況を教えてください」
『敵襲を受けている! 敵の座標は今送った! 勝手に対応しろ!』
あまりに素っ気ない対応――しかし指揮下に入れ、と言われるよりはやりやすい――そう思考しながら、電脳棺のインターフェースで送られてきた情報を読み込む。
笑えるぐらいひどい状況だった。
フィルニカ王国カリダ高原リゾートホテルは、今や四方を囲まれ、バレットナイトの狙撃砲で好き放題に狙い撃たれている。
そしてその割に不思議なぐらい、ホテルの建物への被害は小さい。データリンクによって、今まさに敵機と撃ち合っているバナヴィア衛兵の機体と敵座標を共有する。
山の稜線に沿って移動してきたらしい敵部隊は、最小限の露出で狙撃砲を撃っては消えるのを繰り返している。ホテルの警備に当たっていたバナヴィア衛兵の〈M4Fカフドゥ〉では、武器の射程が足りていない。
「……攻撃の密度が高すぎる……」
これが一方向からの狙撃ならわかる。反政府ゲリラの射撃の名手が、虎の子の狙撃砲を与えられて一般兵を蹂躙する――そういうことだってあるだろう。
だが、エルフリーデたちが置かれている状況はそういう次元になかった。
東西南北すべてに長射程の狙撃砲を装備したバレットナイトが隠れ潜み、確実にこちら側の〈M4Fカフドゥ〉を狙い撃っている。攻撃の頻度からして東西南北にそれぞれ一機ずつ、狙撃砲を装備した機体が配置されているようだ。
一方向からの攻撃の直後、別方向から攻撃が飛んでくるために、バナヴィア衛兵の〈M4Fカフドゥ〉は反撃の糸口を掴めずにいる。
下手に突出した機体から集中砲火を浴びて、あっという間に撃破されているのだ。
確信する。
――こいつらはゲリラでもテロリストでもない。
敵は正規軍レベルの装備と訓練を持っている。
それも警備任務が主であろうバナヴィア衛兵よりも、野戦に慣れた部隊である。
山の稜線を使っての存在の隠蔽と発射地点の移動――教本通りだが、ここまで呼吸を合わせるのは難しい。
考える。
どうしてこれほど重装備の敵部隊が、迫撃砲一つ撃ってこないのか――決まっている。
このホテルに滞在している要人に死なれては困るからだ。わざわざ運動エネルギー弾しか使わず、警備のバレットナイトだけを狙い撃っているのは、近接戦になるのを避けるためだ。
「……すぐ敵部隊が突入してきます。予想進路をそちらに送ります」
答えを待たず走り出す。人工筋肉の瞬発力が、コンクリートで舗装された壁面を蹴って加速する。強烈な重力加速度の負荷。しかし強靱な駆動フレームはそれに耐える。
エルフリーデ機がホテルの遮蔽物から飛び出した瞬間、高速で砲弾が飛んでくる。
ホテルの建物と建物の間には、すでに胴体を撃ち抜かれた〈M4Fカフドゥ〉の残骸が転がっている。リゾートホテルの建物が遮蔽物になっていない開けた空間は、容赦なく敵が狙撃砲を撃ってくるキルゾーンだった。
富裕層向けのカフェの陰に飛び込む。
また狙いを外した砲弾が、舗装された道路に馬鹿でかい弾痕を穿つ。
〈アイゼンリッター〉のセンサー群が、接近する敵の一団を捉えていた。振動センサーと音響センサーに感あり。
ひょこっと頭部だけを覗かせ、敵影を視認する。
リゾートホテルの敷地内に侵入したそれら――四輪の大型タイヤを履いた兵員輸送車両が三台、その周囲を囲むように五機のバレットナイトが並走している。
その姿を見た瞬間、エルフリーデは異様さに息を呑んだ。
――首なし騎士?
身長四メートルの巨人は間違いなくバレットナイトだ。
ガルテグ連邦製の〈M4Fカフドゥ〉やその兄弟機である〈M3エヴァンズ〉とは、似ても似つかぬ機体形状――全体的に騎士の甲冑を思わせるシルエットはむしろ、ベガニシュ帝国の騎士人形に近しい。
だが、その機体には頭部がなかった。
戦場で首を刎ねられたかのごとく、その機体群は一様にのっぺりとした首なしだ――お化けでも見た気分になりながら頭を引っ込めた刹那。
データリンクでエルフリーデの見ている景色を共有し、通信越しにバナヴィア衛兵が叫んだ。
『〈ホーラドーン〉……敵はフィルニカ王国陸軍……山岳猟兵だ!』
少女騎士は叫びたいような気分だった。
最悪だ。
――これ、テロじゃなくてクーデターってこと!?
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