惑星開発委員会 神々の実験場

Paddyside

聖ウェヌス女学院の女子高生

第1話

18世紀の半ばから19世紀にかけて起こったのは現在にも繋がる大量生産と大量消費を可能とした石炭から生み出された熱を利用した蒸気機関により産業とエネルギーの革命だった。

それまでの時代は家内制手工業や問屋制家内工業,工場制手工業でほぼ総ての産業生産品は原始的な人の手によるものだったが,19世紀末には世界的に工場制機械工業が主流となり列強国と呼ばれる国に導入されていった。

20世紀に移ると戦争の世紀とも呼ばれる時代に突入する。

それまでの戦争と言えば銃や大砲などが利用されていたが基本的には対人の陸地戦闘や沿岸での海上戦闘が殆どだった。

そこに変化が起きたのは20世紀初頭のエンジン動力による飛行機の発明で,ほぼ10年ほどで急速な発展により第一次世界大戦では激しい空中戦の発生した。

第二次世界大戦後にはエネルギー源は石炭から石油,天然ガスや核燃料へと科学技術の発達により変化していく。

21世紀の始まりは情報革命と共に始まった。

特に世界的に張り巡らされた光ファイバー網や無線はそれまでの情報伝達速度や容量を劇的に変化させ,人々は情報社会の大波に揉まれていった。

だがそれはこの時点では小さな変化でしかなかった。

その予兆は世界に大きな変革を齎したと後世に伝わっているが,その変革が何時,何処で誰に因って齎されたのかは当事者以外には知られていない。

ただ,はっきりしているのは「現在の科学技術では説明の出来ない事象が観測された」ということだけだった。


学校法人・聖ウェヌス女学院‥‥‥

この女学院は創立130年を超える由緒ある学び舎で,創立当時より世界中に現存するものは勿論過去にあったとされるものも含めて,数多ある宗教や信仰の研究と教育を中心とした4年制総合女子大学と2年制短期女子大学,さらに東洋医学を中心に西洋医学も採り入れた教育・臨床・研究を目的とした6年制の医療女子大学の3本柱を頂点として,その下に女子高等部・女子中等部・女子初等部で構成される完全一貫教育制を敷く学校法人となっている。

学院の敷地は南北600メートル,東西500メートルの長方形を成しており,東京ドームで言えば約6.5個分,30ヘクタールにも及ぶ広さで南北方向の中央をドイツはベルリンにあるウンター・デン・リンデンを思い浮かばせる菩提樹の植えられた緑豊かな石畳の遊歩道が貫いている。

遊歩道の南端には聖ウェヌス女学院の顔とも云える正門があり,フランスはパリのカルーゼル凱旋門を模した高さ14メートル,幅18メートル,奥行5メートルの石造りの門となっていて,中央にある大きなアーチは高さ5メートル,左右にある小さなアーチは高さ3メートルもある。

朝夕の通学時間帯には総てのアーチが開放されて目の前にあるバス停で下車した学生たちが続々と登下校する。

通学時間帯以外は中央のみがアーチが開いており関係者の出入りに利用されている。

正門の反対側・北端には北門があり,納入業者のトラックや乗用車で通勤する教職員などの関係車両が出入りする通用門となっていて,正門のような門構えにはなってはいない。

女子校なので外周は不審者の侵入を防ぐために敷地を囲うように高さ3メートルの石垣で覆われて,その上は防犯カメラが設置されており,高圧電流の流れる有刺鉄線が張り巡らされた1985年以降は不法侵入を受けていないという鉄壁ぶりだ。

正門から北門に向かって通っている菩提樹の遊歩道は幅員14メートルあり,正門が一番混雑する朝の通学時間帯でも初等部から高等部までの児童や学生たちが一斉に押し寄せても会話を楽しみながら余裕を持って歩ける。

中央のアーチを潜れば,そのまま菩提樹に挟まれた石畳の遊歩道へと繋がっている。

遊歩道の菩提樹の外側にはさらに幅2mほどのアスファルトの歩道が取り付けられ,道路の西側には南から初等部の区画と高等部の区画,さらに聖ウェヌス女学院の研究の礎となる教会や神社,寺院などの宗教関連施設の区画,テニスコートやサッカーの練習場,馬場,多目的グラウンドの区画と並んでいる。

道路の東側に目を向けると中等部の区画,大学の区画と続き,図書館や研究棟,カフェテリアや購買部などの入る食堂棟,さらに創立百周年の記念に建てられた会議場やクラブなどの合宿用宿泊施設などが入った記念館の区画が並んでいる。

それぞれの区画の境には躑躅の植え垣に挟まれた形で玉砂利の小路が存在する。

高等部の区画は東京ドーム約5つ分の広さの敷地に一番南にはグラスグリーンの下地にカーマイン色に塗られた1周100メートルのラバーペイントのトラックの目新しいグラウンドがあり,その北隣りにはグラウンドより一段高い位置に築70年になろうかという東京駅のような雰囲気を持つ4階建て赤煉瓦作りの校舎が建っている。

校舎とグラウンドの境界斜面には視界を遮らない形で多様な花色を持つチェリーセージが植えられており春から秋に掛けて学生たちの眼を愉しませている。

初等部や中等部の区画も高等部の区画を模している。

そして,遊歩道から見てグラウンドと校舎の奥の方には体育館と屋内プール,さらにウェヌス・ウィクトリクス講堂がある。

体育館は地上3階,地下2階の構造になっている。

地下2階は施設管理のための電気や空調を管理する設備があり,地下1階は体操競技場の他に柔道や剣道,空手などに使用できる道場が併設されている。

1階はバスケットやバレーボールなど室内球技に使用できるネットで区切る事の出来る数面分の広さのコート,2階は体育授業のための更衣室と各運動部の部室やシャワールームが並んでいる。

隣の室内プールは温水の短水路プールとなっていて,体育の授業の他に水泳部の練習にも使用されている。

講堂の外観はデンマークの国会議事堂であるクリスチャンスボー城のフォルムに似た装いで,内部は清潔な白を基調とした壁に囲まれた1階に広大なメインロビーがあり,左右2か所と中央の合計3か所に1階席へと繋がる重厚な両開きの扉がある。

その扉を開けて中に入ると床は階段状で座席は前の着席者との頭の位置が被らないように1列毎に半座席ずつずらした配置となっており,高等部の全生徒が着席出来る。

前方には舞台もある。

この場では入学式や卒業式をはじめ,始業式や終業式などの学校行事が行われる。

またロビーの左右端には2階へ上がる階段があり,それを上がると階段状になった座席が並び,式事の際の保護者席や講堂で開かれる演劇部や音楽部の発表会の座席としても利用される。

高等部の区画のすぐ北側には宗教施設の区画があり,高等部に一番近い場所には教会が聳え立つ。教会はウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂と呼ばれている。

このウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂はシラカシの植え込みに囲まれており,高等部の校舎よりも倍くらいの高さがあって,オフホワイトを基調とした中世のゴシック建築でドイツのザンクト・ペーター・ウント・マリア大聖堂,別名ケルン大聖堂を模した学校内のランドマークともいえる存在になっている。

遊歩道では晩夏とはいえツクツクボウシやヒグラシなどのセミたちが騒々しいくらいに大合唱をしているが,打って変わり静寂に包まれているウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の中では1人の女子生徒が聖母マリア像の掲げられた祭壇の前で眼を瞑り厳かにお祈りを捧げていた。


彼女はこの春に帰国子女として完全一貫教育制を敷く聖ウェヌス女学院としては約80年振りに異例の編入生として迎えられたので,戦後の新学制施行後初だった。

彼女の名前は樋口ソフィアといい,ドイツの南部シュトゥットガルトからの編入だが,出身はアイルランドのダブリンだ。

両親の仕事の都合でほぼ毎年のように引っ越しを繰り返しており,ヨーロッパではイギリス,フランスを中心にイタリア,スウェーデン,ノルウェー,さらにアメリカ,カナダ,アルゼンチン,チリに加えて,オーストラリアやニュージーランド,ドバイにも居住経験がある。

昨年,中学3年生の時にドイツに渡り,この春に母親の故郷である日本にやって来た。

どうせまた,1年くらいで直ぐに引っ越すことになるのだからと学校など何処でも構わないという態度をしていたが,今回はいつもとは違っていた。

まずは父親が付いて来なかったのである。

日本での引っ越し先は母親が結婚前に両親と住んでいた実家であるが,祖父母は既に亡くなっており母親と2人暮らしになるものだと彼女は思っていた。

だが蓋を開けてみれば,母親は仕事に専念するためにホテル住まいすると言い出し,実質は2階建て3LDKの一軒家に独り暮らしする事態となっていた。

無論,父親も母親も時折この家に顔を出すのだが,4か月間で2度ほど通算でも3日間だけだった。

10歳を迎えてからは家では朝夕ほぼ独りでご飯を作り食べる生活だったので寂しさを感じなくなっている。

両親は彼女を育てるお金を稼ぐために働いているのは分かっているし,それに文句を吐ける理由はないと理解している。

今までのようなアパートやマンションのような住まいではなく,広い一軒家で独りぼっちというのが初めてで馴染めなかっただけだ。

それが寂しさの原因だろう。

学校では,高等部の女子生徒たちの間に初等部から中等部の9年間で既にコミュニティが出来上がっていたが,帰国子女の編入生と聴いてクラスメイトは初めは沸き立ったが,樋口ソフィアの元来の人見知りで内向的な性格と日本語での日常会話が覚束ないというハンデキャップからゴールデンウィーク前にはクラスですっかり浮いた存在となってしまっていた。


西暦2020年8月31日月曜日。言わずと知れた夏休みの最終日。

17時を迎えても屋外はまだまだ明るく日本の夏らしい蒸し暑さが残っているが,ウェヌス・ウェルコルディア礼拝堂内は建物周囲の樹々の木陰と西日の差し込みにくい構造のお蔭で外と比べると涼しさを保っていた。

ステンドグラスの窓から乱反射するように差し込む斜陽を受けて彼女のミディアムブロンドの髪はキラキラと映えていた。

白く透き通るような肌と宝石のようなエメラルドブルーの瞳と均整の取れた体躯はスポーツをやっていてもおかしくはないほどのものだ。

祈りを捧げている女子生徒の名前は樋口ソフィア。

樋口ソフィアは聖ウェヌス女学院高等部の1年生で,この春にドイツから帰国してきた特待の編入生だ。

学業の成績は学年でも十指に入るくらい優秀で頭の回転が早い方なのだが,内気で無口な性格と入学式の日にあったとある事件が原因で,もう4カ月が経つというのにクラスメイトにも馴染めずまったく友だちが居ない。

別に彼女が日本語をまるっきり出来ないという訳でもないし,学校の特性から英会話ができる生徒だっていることはいるのだが‥‥‥

「‥‥‥今日で夏休みも終わり‥‥‥明日から新学期が始まるというのに未だに友だちができません‥‥‥」

そんな悩みを吐露したくて,夏休みに入り初日からずっと毎日この時間になると祈りを捧げに此処に来ていた。

祈りを終えるとゆっくりと立ち上がり,軽く一礼すると出口の扉の方へと歩み出したが,先程までとはまるで違う雰囲気を感じて樋口ソフィアは窓の外に見遣ると,ウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂に入った時は目映く綺麗な夕焼け空だったのに既に漆黒の暗闇が屋外を包み込み支配していた。

(あれ? そんなに長い時間‥‥‥お祈りしていなかったはずだよね‥‥‥?)

樋口ソフィアは外の様子を不可解に思い,制服のスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。目をやると時間はまだ17時前を差している。

これほど暗くなるにはまだ時間が早い。窓に近づいて,空の様子を覗き見ると暗雲が渦を巻くように低く垂れ込めており,間髪を入れずにバタバタと打ち付けるように大粒の雨が降り始め,ゴロゴロと雷鳴が轟いた。

「きゃあぁぁぁぁ!!」

薄暗い闇を劈く轟雷の恐怖から樋口ソフィアは悲鳴とともにその場にしゃがみ込み頭を抱えて蹲ってしまった。

再び暗雲の中を走った一閃の稲妻はウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の屋根にある十字架へと落ち,その雷光はウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂内全体に目を眩ますように照らし出した。

「うわああああああっ!?」

樋口ソフィアのものとは違う低く大きな断末魔にも似た呻き声がウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の中に響き渡った。

俯いていた樋口ソフィアはビクッと身体を震わせてゆっくりと顔を上げてキョロキョロと辺りを見回す。

俯いていた間にさらに暗さを増したウェヌス・ウェルティコルディア礼拝堂の中は樋口ソフィアの目では何も視認できなくなっていた。

(私以外には誰も居なかったはずなのに‥‥‥それとも‥‥‥誰か隠れていたの‥‥‥?)

もしかしたらあんな悩みを誰かに聴かれてたのかと思うと恥ずかしくて顔だけでなく耳まで真っ赤になったと思う。

それほど顔が火照っているのが自身でも分かった。

ようやく目が慣れて来て,ゆっくりと視線を泳がすと聖母マリア像の方にから靄のような淡い光が発生しており,よく見るとそれは祭壇の下から発光しているように思えた。

腰を抜かしてしまい立ち上がれなかったので,そろりそろりと四つん這い何とか日蟻の方へと進む。

祭壇の下まで辿りつくと青白く光るモノを見付けた。

いったい何なのかは不明だが,恐る恐る手を伸ばし触ってみようとする。

どの指だか分からなかったが発光する表面に触れた刹那,体の中に電気が走るのを感じた‥‥‥と同時にふと気を失ってしまった。

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