金髪女子高生とギターと最悪の大炎上

綿串天兵

恐ろしくベタな展開にて

 あたしはいつものように、高校正門の横断歩道を渡った。後ろをたくさんの生徒が自転車に乗って追い越してい行く。


 うちの高校は、自転車通学している生徒が結構、多い。


 髪が揺れる。初夏の風だ。気持ちいい……と言いたいところだけど、排気ガスのにおいの方が強い。四車線の国道は車通りが激しいから。


 学校の敷地は広いので中に入れば気にならないんだけど、正門前は、あまり気持ちのいい場所じゃない。


「おはよ!」

「おはよ、葉寧はねい


 いつものように? いつものように……いつから「いつものように」になったんだろう。葉寧はねいが横断歩道を渡ってすぐのところで、自転車にまたがって待っていた。葉寧はねいも白い半そでのシャツを着ている。


 そういえば、どうして正門の横で待たないんだろう?


 あ、後ろを見た。振り返ると、向かいにある技科高校の制服を着た男子生徒が歩いてた。ここのところ、電車で毎日見かける男子生徒だ。


 技科高校は、始業時間がうちの高校よりも三十分遅い。だから、電車も二本、遅いはず。前にも同じようなことを思ったな。


 葉寧はねいの顔を見ると、はにかんだような気がする。あたしも一緒にはにかんでみた。


 ――ブォォォ


 信号が変わり、後ろをたくさんの車が通過し始めた。


葉寧はねい、どうしたの? 行こっか」

「うん」


 葉寧はねいは自転車から降りると、あたしと一緒に歩き始めた。


「ねえ、楼珠ろうず、今日の放課後、時間あるかな」

「うん、何も予定ないよ」

「そっか。じゃあ、空けておいてくれる?」

「うん。他のメンバーは?」

「二人だけで」


 珍しいな。放課後や週末、葉寧はねいと会うこともあるけど、ほとんどはバンドメンバーで集まる。


 何か相談ごとかな。



  ♪  ♪  ♪



 放課後、葉寧はねいがあたしの席まで来た。


「さあ、行こうか」

「うん」


 玄関で靴に履き替え、葉寧はねいは自転車を押しながら、あたしと一緒に歩いた。葉寧はねいの通学路とも違う方向。あたしが使っている駅とも違う方向。

 そういえば、葉寧はねい、以前は、西門から入っていたはず。今はもう少し東にある正門から。どうしてだろう?


 いつもお世話になっているアップル楽器の前を通り過ぎ、普段、あたしが乗り降りしている駅の次の駅も通り過ぎ、コンビニに入った。


「おごるから、何か好きな飲み物えらんで」

「いいの?」

「うん、何でも」


 あたしは、棚から冷えたティーラテを手にすると、葉寧はねいに渡した。どこかの有名店が監修したっていうやつ。


「イートインでお願いします」


 葉寧はねいは支払いを済ませると、何も言わずにとっととイートインコーナーの椅子に座った。葉寧はねいは、こういうところがある。


 イートインコーナーに座っていると、コンビニに男子生徒が入ってきた。


 あ、朝、電車で見かける男子生徒だ。よく見ると、あたしのクラスの男子生徒より、少しだけあどけない顔をしている気がする。年下だろうか。


 男子生徒はこちらを見ると、軽く会釈をした。葉寧はねいは手を振っている。


 彼も飲み物を買うと、葉寧はねいの隣に座った。抹茶ラテだ。


「彼はね、平川太陽君。技科高校の二年生」

「あ、あの、平川です。技科高校のR科に通ってます」


 おっと、何やら緊張している。


「もしかして……」

「うん、私たち、付き合っているの」

「えー、すごい!」


 おっと、ここはコンビニだった。大声はちょっと目立つ。


「もしかして、朝、電車で見かけるのって」


 あたしは葉寧はねいの顔を見た。年下とはいえ、ちょっと男子生徒は苦手だ。


「そうよ。彼、朝、一瞬だけ会うために二本も早い電車に乗って通学してくれているの」


 葉寧はねいは、目を閉じ、手で胸を押さえ、切なげな声で話をした。どこかこう、微笑みながらも顔からは満足感があふれ出ている。なんか、完全に陶酔しているよ。


「きっかけとかあったりするの?」


 平川くんとやらは、特に何か話し始める感じはなかったので、あたしは葉寧はねいに質問をした。


「もう、遥か昔のことよ。三か月前のこと……」


 三か月って、遥か昔かいな。


「私、西門から出るじゃん。でさ、下校する時、横断歩道を渡ったところで自転車のチェーンが外れちゃったの」

「……で、彼が直してくれたと」

「え? どうしてわかるの? 楼珠ろうずって、超能力者なの?」


 いえ、超ベタな展開だと思います。

 確かに、西門から出て横断歩道を渡ると、技科高校の正門の前を通る。


「それでさ、なんかピピーンってきちゃって、連絡先を交換したの」

「はい、それからしばらくして、吉崎さんとお付き合いさせて頂いています」


 う、なんか、あたし、葉寧はねいの保護者みたいだ。でも、何かしゃべらないと……気に喰わないって思わると困るし。とりあえず、当たり障りのない質問をすることにした。


「あの、R科って、どんなことをしているんですか?」

「はい、ロボットの勉強をしています。僕は、パソコンでプログラムをする方が多いですけど」


 プログラム? 意味がよくわからない。思わず、目が少し開いてしまった。


「パソコンでロボットを操作するプログラムを作ったり、ロボットに載せてあるマイコンのプログラムも作ったりしています。パソコンの方もGUIと制御プログラムは違う言語を使っていて、さらにマイコンも言語が違うので覚えることが多くて。がんばっています」


 しまった、ハテナマークの表情をしたつもりが、関心を示したと取られてしまったようだ。


「そんなわけで、楼珠ろうず、太陽をよろしく」

「あ、朱巳あけみ楼珠ろうずさんですね、吉崎さんからよく話を聞いています」


「もう、太陽ったら。葉寧はねいって呼んでよ」

「え、まだ、その、ちょっと恥ずかしくて」

「照れない照れない」


 葉寧はねい、まずはあたしの紹介をしてよ……と突っ込みを入れたくなる。


 いいな、葉寧はねい。あたしも清水きよみずさんと……いや、そんなことはない、清水きよみずさんはそういう対象じゃないはず。あたし、恋愛とかしたくないから。



  ♪  ♪  ♪



 木曜日、バンド練習のためにギターケースを背負って葉寧はねいと下駄箱まで移動すると、男子生徒が立っていた。やだな、あたしを見ている。知らない生徒だ。


「あの、朱巳あけみさん、ちょっといいかな」


 来た、この嫌な緊張感。


葉寧はねい、先に行ってくれるかな」

「大丈夫?」

「うん」


 葉寧はねいは少しトーンを下げた声で確認してきた。大丈夫、今まで何度も経験している。あたしが恋愛したくない理由。


 男子生徒の後ろについて歩く。ギターが重い。これから起こることは察しがついている。


 他の生徒がほとんど来ない校舎裏に着くと、男子生徒はバッグを足元に置き、あたしのことをジッと見た。そしてすぐに地面に視線を落とした。


 緊張しているのがわかる。あたしまで緊張する。この感覚は大嫌い。


「あの、朱巳あけみさん、付き合っている人はいますか?」

「いえ、いないです」


 嘘をついてもしょうがない。あたしはフリーだから。


「好きです。よかったら、その、俺と、俺と付き合ってください」


 うう、やっぱり。


「ごめんなさい」


 好きでもない人に告られるのって、つらいんだよ。心にチクリと針が刺さる。だって、目の前で肩を落として、うなだれて、世界の終わりみたいな表情の男子生徒が立っているんだもの。


 もちろん、告る方のつらさだってわかるよ。あたしだって、わずかばかりの恋愛経験はある。

 あの時は、いじめられていたこともあって玉砕したな。男子の中では唯一、仲良くしてくれたのに。自分からその関係を壊してしまった。


「あの……」

「ひっ」


 目の前の男子生徒が急に近づいてきた。あたしは、思わず、反射的に自分を抱きしめるように腕を胸の前で交差させてしまった。怖い。


「あ、ごめん、怖かったかな」

「うん、ちょっと」


 あたしの身長は低い。だから、急に近づかれると圧迫感を感じてしまう。


「じゃあ、あたし、行きます」


 こういう時はスパッと。変に期待を持たせちゃいけない。振り返ると、遠くに女子生徒の姿が見えた。穂美ほのみだ。


 あたしは、自分の身を守るという意味も含めて、穂美ほのみに近づいた。さすがに女子生徒二人なら、無茶なことはしてこないと思う。


「ごめん、見ちゃった」

「ううん、いてくれてよかった。怖かったから」

「そう」


 あたしは、穂美ほのみと少し話をした。というか、話を続けられたから立ち止まっていた。


楼珠ろうずって、いつもあんな感じなの?」

「どういういこと?」


「いえ、何でもないわ」


 そういえば、穂美ほのみの彼氏、前にあたしに告った男子だって言ってた。奈々音ななねからも聞いている。現場を見て、どんな気分なのかな。


「男子ってさ、どうしていきなり告白してくるんだろうね」

「確かに、そうかも」


「彼氏がさ、あなたのこと、『冷たい女だ』って言っていたわ」

「そう」


 チクリと、さらに数本、心に針が刺さった気がする。同意できることを言われた後に、このひと言は痛い。


「でも、しょうがないよね。そもそも、お互い、よく知らないんだし」

「うん」


「だからと言って、断るのも、相手が傷つくよね」

「うん」


 チクチク、チクリと、さらに十本ぐらい、針が心に刺さった気がする。痛い。


「じゃあ、私、部活があるから」


 遠くで髪の長い女子生徒が手を振っている。穂美ほのみも手を振り返した。


 その後、アップル楽器でバンド練習をするも、あまり身が入らなかった。穂美ほのみならどうするんだろう? もしかして、相手を傷つけないために今の彼氏と付き合っているとか。いや、穂美ほのみからこくったのかも。


 今日は火曜日だから、大通り図書館に行けば清水きよみずさんに会える。清水きよみずさんなら、何か気が楽になるようなことを話してくれるかもしれない。


 帰宅するために改札から入ってくる会社員とは逆方向、大きな駅に向かって改札を抜けた。そして、目の前のエスカレーターには乗らず、右に曲がる。この先に大通り図書館がある。


 あたし、何を期待しているんだろう?


 左手には駅横広場が広がっている。街灯の下で仲良く並んでベンチに座っている人や、友だちかな、ベンチを囲んで話をしている人たちがいた。


 あたしは立ち止まった。


 清水きよみずさんに何もしてあげられていない。でも、清水きよみずさんはいつもあたしを助けてくれる。これって、フェアなんだろうか?立ち位置的には、一方的に告白するのとあまり変わらない気がする。


 それに、話すっていっても、マチカフェが終わってから駅まで歩くわずかな時間。清水きよみずさんだって、困っちゃうかもしれない。


 駅横広場には、もうひとつ、駅の二階に上がるエスカレーターがある。あたしは、駅横広場を過ぎてすぐに左に曲がり、エスカレーターに乗った。


 今日は、やめておこう。


 なんでかな、こういう気分の時に限って面倒なことが起きる。


「お嬢さん、すいません、あの、ちょっといいですか?」


 きっと、ナンパだ。あたしは無視をして、次の電車の乗り口に向かった。


「怪しいものじゃありませんし、ナンパでもないです。それ、エレキギターですよね?」


 男性は、ちょっと慌てた様子で言葉を加えた。あたしは足を止め、振り返った。


「実は、来週の水曜日、ライブをやるんですが、お客さんが全然集まらなくて」

「そうでしたか。でも、あたし高校生なので、あまりお金ないです」

「前売りなら二千円ですが、来て下さるなら、俺が自腹を切って千円でワンドリンク付けます」


 千円でライブ、ワンドリンク、アマチュアとはいえ破格だ。


「どんなジャンルをやられているんですか?」

「イミ・ヘンドリックスという、六十年代のコピーバンドです」

「おおぉ」


 イミ・ヘンドリックスなら知っている。パパが好きだし。動画でも、ギターを燃やしているところを観たことがある。


「演奏はともかく、演出は最高と自負しています」


 演奏はともかく? 演出は最高?


「禁煙ですか?」


 あたしはタバコのにおいが苦手。


「禁煙にします」


「じゃあ、考えておきます」

「それでは、ちょっと待っていてください」


 男性はバッグからたくさんのバンド名が書かれたフライヤーを取り出し、何かを書いてあたしにくれた。


「ライブの時、これを持ってきてくれたら千円にします。何人でもいいんで、よろしくお願いします」

「わ、わかりました」


 熱意に押されたのか、あたしは自然と丁寧にフライヤーをバッグに入れた。




   ----------------




あとがき

数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。


ちょくちょく、ライブハウスに行くのですが、最近はライブハウスも禁煙のところが増えていますよね。ワタクシはタバコの匂いが苦手なので、ありがたいです。


とはいえ、外に喫煙スペースがあって、ドアを開けた途端、「うっ」なんてなることも多々ありますが……。



おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。

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それではまた!

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