金髪女子高生とギターと③最悪の大炎上
綿串天兵
恐ろしくベタな展開にて
あたしはいつものように、高校正門の横断歩道を渡った。後ろをたくさんの生徒が自転車に乗って追い越してい行く。
うちの高校は、自転車通学している生徒が結構、多い。
髪が揺れる。初夏の風だ。気持ちいい……と言いたいところだけど、排気ガスのにおいの方が強い。四車線の国道は車通りが激しいから。
学校の敷地は広いので中に入れば気にならないんだけど、正門前は、あまり気持ちのいい場所じゃない。
「おはよ!」
「おはよ、
いつものように? いつものように……いつから「いつものように」になったんだろう。
そういえば、どうして正門の横で待たないんだろう?
あ、後ろを見た。振り返ると、向かいにある技科高校の制服を着た男子生徒が歩いてた。ここのところ、電車で毎日見かける男子生徒だ。
技科高校は、始業時間がうちの高校よりも三十分遅い。だから、電車も二本、遅いはず。前にも同じようなことを思ったな。
――ブォォォ
信号が変わり、後ろをたくさんの車が通過し始めた。
「
「うん」
「ねえ、
「うん、何も予定ないよ」
「そっか。じゃあ、空けておいてくれる?」
「うん。他のメンバーは?」
「二人だけで」
珍しいな。放課後や週末、
何か相談ごとかな。
♪ ♪ ♪
放課後、
「さあ、行こうか」
「うん」
玄関で靴に履き替え、
そういえば、
いつもお世話になっているアップル楽器の前を通り過ぎ、普段、あたしが乗り降りしている駅の次の駅も通り過ぎ、コンビニに入った。
「おごるから、何か好きな飲み物えらんで」
「いいの?」
「うん、何でも」
あたしは、棚から冷えたティーラテを手にすると、
「イートインでお願いします」
イートインコーナーに座っていると、コンビニに男子生徒が入ってきた。
あ、朝、電車で見かける男子生徒だ。よく見ると、あたしのクラスの男子生徒より、少しだけあどけない顔をしている気がする。年下だろうか。
男子生徒はこちらを見ると、軽く会釈をした。
彼も飲み物を買うと、
「彼はね、平川太陽君。技科高校の二年生」
「あ、あの、平川です。技科高校のR科に通ってます」
おっと、何やら緊張している。
「もしかして……」
「うん、私たち、付き合っているの」
「えー、すごい!」
おっと、ここはコンビニだった。大声はちょっと目立つ。
「もしかして、朝、電車で見かけるのって」
あたしは
「そうよ。彼、朝、一瞬だけ会うために二本も早い電車に乗って通学してくれているの」
「きっかけとかあったりするの?」
平川くんとやらは、特に何か話し始める感じはなかったので、あたしは
「もう、遥か昔のことよ。三か月前のこと……」
三か月って、遥か昔かいな。
「私、西門から出るじゃん。でさ、下校する時、横断歩道を渡ったところで自転車のチェーンが外れちゃったの」
「……で、彼が直してくれたと」
「え? どうしてわかるの?
いえ、超ベタな展開だと思います。
確かに、西門から出て横断歩道を渡ると、技科高校の正門の前を通る。
「それでさ、なんかピピーンってきちゃって、連絡先を交換したの」
「はい、それからしばらくして、吉崎さんとお付き合いさせて頂いています」
う、なんか、あたし、
「あの、R科って、どんなことをしているんですか?」
「はい、ロボットの勉強をしています。僕は、パソコンでプログラムをする方が多いですけど」
プログラム? 意味がよくわからない。思わず、目が少し開いてしまった。
「パソコンでロボットを操作するプログラムを作ったり、ロボットに載せてあるマイコンのプログラムも作ったりしています。パソコンの方もGUIと制御プログラムは違う言語を使っていて、さらにマイコンも言語が違うので覚えることが多くて。がんばっています」
しまった、ハテナマークの表情をしたつもりが、関心を示したと取られてしまったようだ。
「そんなわけで、
「あ、
「もう、太陽ったら。
「え、まだ、その、ちょっと恥ずかしくて」
「照れない照れない」
いいな、
♪ ♪ ♪
木曜日、バンド練習のためにギターケースを背負って
「あの、
来た、この嫌な緊張感。
「
「大丈夫?」
「うん」
男子生徒の後ろについて歩く。ギターが重い。これから起こることは察しがついている。
他の生徒がほとんど来ない校舎裏に着くと、男子生徒はバッグを足元に置き、あたしのことをジッと見た。そしてすぐに地面に視線を落とした。
緊張しているのがわかる。あたしまで緊張する。この感覚は大嫌い。
「あの、
「いえ、いないです」
嘘をついてもしょうがない。あたしはフリーだから。
「好きです。よかったら、その、俺と、俺と付き合ってください」
うう、やっぱり。
「ごめんなさい」
好きでもない人に告られるのって、つらいんだよ。心にチクリと針が刺さる。だって、目の前で肩を落として、うなだれて、世界の終わりみたいな表情の男子生徒が立っているんだもの。
もちろん、告る方のつらさだってわかるよ。あたしだって、わずかばかりの恋愛経験はある。
あの時は、いじめられていたこともあって玉砕したな。男子の中では唯一、仲良くしてくれたのに。自分からその関係を壊してしまった。
「あの……」
「ひっ」
目の前の男子生徒が急に近づいてきた。あたしは、思わず、反射的に自分を抱きしめるように腕を胸の前で交差させてしまった。怖い。
「あ、ごめん、怖かったかな」
「うん、ちょっと」
あたしの身長は低い。だから、急に近づかれると圧迫感を感じてしまう。
「じゃあ、あたし、行きます」
こういう時はスパッと。変に期待を持たせちゃいけない。振り返ると、遠くに女子生徒の姿が見えた。
あたしは、自分の身を守るという意味も含めて、
「ごめん、見ちゃった」
「ううん、いてくれてよかった。怖かったから」
「そう」
あたしは、
「
「どういういこと?」
「いえ、何でもないわ」
そういえば、
「男子ってさ、どうしていきなり告白してくるんだろうね」
「確かに、そうかも」
「彼氏がさ、あなたのこと、『冷たい女だ』って言っていたわ」
「そう」
チクリと、さらに数本、心に針が刺さった気がする。同意できることを言われた後に、このひと言は痛い。
「でも、しょうがないよね。そもそも、お互い、よく知らないんだし」
「うん」
「だからと言って、断るのも、相手が傷つくよね」
「うん」
チクチク、チクリと、さらに十本ぐらい、針が心に刺さった気がする。痛い。
「じゃあ、私、部活があるから」
遠くで髪の長い女子生徒が手を振っている。
その後、アップル楽器でバンド練習をするも、あまり身が入らなかった。
今日は火曜日だから、大通り図書館に行けば
帰宅するために改札から入ってくる会社員とは逆方向、大きな駅に向かって改札を抜けた。そして、目の前のエスカレーターには乗らず、右に曲がる。この先に大通り図書館がある。
あたし、何を期待しているんだろう?
左手には駅横広場が広がっている。街灯の下で仲良く並んでベンチに座っている人や、友だちかな、ベンチを囲んで話をしている人たちがいた。
あたしは立ち止まった。
それに、話すっていっても、マチカフェが終わってから駅まで歩くわずかな時間。
駅横広場には、もうひとつ、駅の二階に上がるエスカレーターがある。あたしは、駅横広場を過ぎてすぐに左に曲がり、エスカレーターに乗った。
今日は、やめておこう。
なんでかな、こういう気分の時に限って面倒なことが起きる。
「お嬢さん、すいません、あの、ちょっといいですか?」
きっと、ナンパだ。あたしは無視をして、次の電車の乗り口に向かった。
「怪しいものじゃありませんし、ナンパでもないです。それ、エレキギターですよね?」
男性は、ちょっと慌てた様子で言葉を加えた。あたしは足を止め、振り返った。
「実は、来週の水曜日、ライブをやるんですが、お客さんが全然集まらなくて」
「そうでしたか。でも、あたし高校生なので、あまりお金ないです」
「前売りなら二千円ですが、来て下さるなら、俺が自腹を切って千円でワンドリンク付けます」
千円でライブ、ワンドリンク、アマチュアとはいえ破格だ。
「どんなジャンルをやられているんですか?」
「イミ・ヘンドリックスという、六十年代のコピーバンドです」
「おおぉ」
イミ・ヘンドリックスなら知っている。パパが好きだし。動画でも、ギターを燃やしているところを観たことがある。
「演奏はともかく、演出は最高と自負しています」
演奏はともかく? 演出は最高?
「禁煙ですか?」
あたしはタバコのにおいが苦手。
「禁煙にします」
「じゃあ、考えておきます」
「それでは、ちょっと待っていてください」
男性はバッグからたくさんのバンド名が書かれたフライヤーを取り出し、何かを書いてあたしにくれた。
「ライブの時、これを持ってきてくれたら千円にします。何人でもいいんで、よろしくお願いします」
「わ、わかりました」
熱意に押されたのか、あたしは自然と丁寧にフライヤーをバッグに入れた。
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
ちょくちょく、ライブハウスに行くのですが、最近はライブハウスも禁煙のところが増えていますよね。ワタクシはタバコの匂いが苦手なので、ありがたいです。
とはいえ、外に喫煙スペースがあって、ドアを開けた途端、「うっ」なんてなることも多々ありますが……。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
さらに、フォロー、ブックマークに加えていただけたら、スクワットして喜びます。
それではまた!
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