第27話・パンダが好き
27-1・自転車は故障中~恋愛相談(?)~亜美と石松
―翌朝・源川家―
今朝の紅葉は珍しくキチンと起きた。上機嫌で身支度を整えて、キッチンに行き、崇と有紀に元気に挨拶して自分の席に座ると、トースト半斤、牛乳をかけたコーンフレーク1箱、オムレツ5人分、生野菜ボウル1杯、グレープフルーツ2個を食べて、食後に温かいミルクティーを優雅に楽しむ。
やがて登校時間になったので、弁当を鞄に放り込んで担いで「行ってきま~す」と飛び出して・・・そこまでは良かった。
「ゃっべぇ~~~~~~~っ!!!!
自転車壊れたんだ~~~~~~~~っ!!!!」
駐輪場で肝心な事に気がついて青ざめる。昨日の戦闘後、利幕町に放置した自転車を回収したんだけど、扱いが雑すぎて前輪がパンク&チェーンが切れていた。
自転車は、昼間のうちに、ママに修理に出してもらうとして、学校まで徒歩だと50~60分かかる!美穂が毎度の場所で待っている!色んな事が頭をグルグル巡って、ほぼパニック!ボケッと突っ立っているワケにはいかないので、とりあえず、学校に向かって走り出した!
妖力ブーストで走れば自転車より速いが、ダッシュで自動車を追い抜くのは、さすがに目立ちすぎる。「源川さんのお嬢さんは変な子」とか噂になるのは拙いので、純粋に自力で走った。
余談だが、有紀は事情を知ってるが何も言わずに、慌てて突っ走る紅葉をベランダから見下ろす。
「全くもう。こんな時くらい、私の自転車を借りていけば良いのに。
何で、そういうところに気付かないんだろう?」
待ち合わせ場所の鎮守の森公園駐輪場へ駆け付ける途中、美穂から『先に行くぞ』とメールが来た。昨日の戦闘は、直ぐに片付くと思って、美穂を呼ばなかったので、蚊帳の外の美穂は少しご立腹だ。
-優麗高・2年A組-
「おはようございます、真奈さん。」
「あっ!おはよう、麻由ちゃん。」
2人は苦笑いをしながら挨拶を交わす。昨日は、麻由が帰宅後に、同居人のジャンヌに事後報告をして、「非戦闘員のマナだけを連れていって、マナに何かあったらどうするつもりなのか?」「踏み潰されたのがマユユではなくマナだったら、どう責任を取るつもりなのか?」と、もの凄い剣幕で愚痴られた。その後、ジャンヌが真奈に電話をして、散々愚痴った。更に、紅葉とバルミィにも電話をして愚痴った。何故か、ジャンヌと同様に蚊帳の外だった美穂にまで電話をして、「指揮官として、どういうつもりなのか?」と愚痴った。そして、一通りの、電話を終えて最後に、麻由に、メッチャ愚痴った。
「昨日は、2時間くらい、ジャンヌの小言に付き合わされてしまいました。
招集をかけなくても倒せると判断した私のミスなので、仕方がありませんね。」
「常に、行動をジャンヌさんに報告しなきゃみたいで、ちょっと息苦しいなぁ。」
「ジャンヌと真奈さんは一蓮托生ですから、仕方が無いのかもしれませんね。」
「・・・う、うん。そうだね。」
真奈が死ねば、ジャンヌも死ぬ。真奈には自分とジャンヌの2人分の命を背負っているのだ。否が応でも、真奈は戦いに巻き込まれる事になる。元々、美穂や紅葉のやっている‘正義の味方’には、少なからず興味があったので、それは苦痛では無い。だけど、皆が求めているのは、真奈ではなくジャンヌだ。
昨日は、麻由からは「単独で行動してるのか?」と驚かれ、バルミィからは「ジャンヌはいないのか?」と聞かれ、紅葉に至っては真奈を頭数に入れずに対応していた。真奈は、ジャンヌがいてくれて心強い反面、「私はジャンヌのオマケ?」と不満に感じる。
「ところで、麻由ちゃん?恋愛感情が妖怪に憑かれる事ってあるのかな?」
「恋愛感情?急にどうしたんですか?」
「うん・・・ちょっとね。」
「強い感情であれば、可能性はゼロでは無いと思います。
しかし、妖怪は、負の感情を好むので、
恋愛感情よりも憑きやすい依り代は、沢山あると思いますよ。
そもそも、恋愛感情が憑かれるならば、
世の中は、妖怪の依り代だらけになってしまいます。」
「う~ん・・・そっか~・・・そうだよね~。」
「何か、心当たりでもあるのですか?」
「い、いや・・・別に。」
確かに麻由の言う通り、恋愛感情が妖怪の糧になったら、世の中は妖怪だらけになってしまう。真奈は、昨日の朝、D組のセンキチと接触した時に聞こえた声が、何なのか解っていない。周りから不気味な子と思われたくないし、まだ確証も無いので、「心の声が聞こえたかも」とは言いにくい。
-正門-
遅刻寸前で、息を切らせた紅葉飛び込む。結局、「間に合わない」って理由で、堤防上では妖気ブーストで突っ走ったので、既に体力は枯渇気味だ。
不運にも、1限目は体育。好きな科目だが、さすがにキツイ。2限目は数学。瀕死の状態で数学はキツすぎる。朝っぱらから心身ともに完膚なきまで打ちのめされ、限界を迎えた紅葉は2限目が終わってから早弁をした。
―昼休み―
「ァミ、一緒に学食行かね?」
紅葉が亜美を誘う。早弁の所為で昼休みに食べる物が無くなったので、久々に学食へ行く事にしたのだ。
「あ・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめん、ちょっと野暮用で」
「そっかぁ」
無理強いは出来ないから、独りで学食に行く。教室を後にして廊下へ出た途端、不意に「嫌な感じ」がしたので、E組教室の方に振り返って小走りで向かった。だが、その間に「嫌な感じ」は消えてしまい、E組を覗いても誰が「嫌な感じ」を発したのか特定できない。
首を傾げていたら、背後から声を掛けられたので、振り向いたら真奈が立っていた。
「んっ!ちょっと気になる事があってね。」
「好代ちゃんに聞きたい事でもあるの?」
「んにゃ・・・今ゎ、半田サンにゎ、用ゎ無いよ。嫌な感じがしたんだよね。
ヨーカイに憑かれた人の気配みたいなヤツ。でも、気のせいだったかもっ!
マナこそど~したの?オベントゎ?」
「今日は、お弁当無いんだよね。
だから、購買でパンでも買おうと思ってたら、紅葉ちゃんを見かけてね。」
「おぉっ!なら、一緒に学食に行こっ!」
「えっ?学食って、3年生と男子ばっかりでしょ?」
「んっへっへっへっ!気にしない気にしない!
学食が怖くてメシが食えるかってんだ!」
「言ってる意味が解らない。
・・・てか、言ってる事が普通すぎて、何が言いたいのか解らない。
紅葉ちゃんて、バカなの?」
紅葉が、戸惑う真奈の手を掴んで、学食に引っ張っていく。
「ねぇ、紅葉ちゃん。『嫌な感じ』って言ってたよね?
恋愛感情って‘嫌な感じ’になるの?」
「ぅへぇ!?マナ、好きな人いるのっ!?」
「いや、私じゃなくて・・・
昨日の朝、E組の男子から『好代ちゃんを好き』って声が聞こえた気がしてね。
そ~ゆ~感情も、妖怪になっちゃうのかな?
昨日の妖怪は『すきよ』って言ってたよね。
もしかしたら、『好きよ』じゃなくて『好代』って言ってたとか。」
「ん~~~・・・よくワカンナイ。
レンアイって、『好きな人がいるからガンバル』みたいなイイことぢゃないの?」
「えっ!?もしかして、紅葉ちゃんって、好きな人いないの!?
人を好きになると、頑張ろうって思ったり、切なくなったり、
色んな気持ちになるよ。
そういう心にも妖怪が憑くのか聞きたかったのに、
まさか、恋愛について、紅葉ちゃんに聞かれるとは思わなかった。」
「レンアイあるもん!ァタシだって好きな人いるもんっ!」
結構イイ線を付いた質問だったが、相談した相手が悪すぎて話が進まなかった。
やがて、学食に到着。「ぉ腹空ぃたね~」なんて喋りながら券売機の列に並び、やがて紅葉達の番が来たので、少し悩んでから、ハンバーグ定食と月見うどんを買って受け渡し口へ。数分後に、調理師さんから受け取り、ちくわ天うどんを手にした真奈と空席を探す。
―売店―
美穂と麻由が、売店前で鉢合わせる。途端に顰め面になる美穂。麻由は、片輪車戦に呼ばなかった件で、昨夜、ジャンヌに散々愚痴られたので、美穂に何を言われるか想像が出来る。「今から生徒会室に行かなきゃ!」って雰囲気を出して、そそくさと立ち去ろうとしたが、美穂に襟袖をムンズと掴まれてしまう。
「あ、あの・・・生徒会室に・・・。」
「出来るだけ怒らないように、昨日の言い訳を聞いてやる!
だから、昼食のパンと飲み物をおごれ!」
「・・・は・・・はい」
2人は・・・と言うか、麻由が2人分のパンと飲み物を買って校庭に出る。
「さ~て、何処で言い訳を聞きながら食べるかな?裏庭のベンチに行くか。」
校舎裏に向かって校舎の角を曲がるなり、美穂は驚愕して、次の瞬間ニヤつきながら「おっとぉ~」と呟いて麻由を制した。
麻由が「何事か?」と美穂の視線を追ったら、石松と亜美が並んで弁当を食べていた。慌てて来た方へ戻り、物陰から並んで「チョコン」と顔を出して2人を眺める。 亜美の手造りらしい巨大弁当を、石松が嬉しそうに口に運んでいる。それを照れ笑って眺めながら、自分の弁当を食べる亜美。実に微笑ましい光景だ。
「平山さんと石松先輩?何時の間に、そんな仲に?」
「ふぅ~ん・・・・亜美って、なかなか男を見る目あるじゃん。」
「そうですね。石松先輩の悪い噂は聞きませんからね。」
「紅葉と真奈には内緒にしとこう。
アイツ等が知ると、手当たり次第に言いふらしそうだ。」
「そ、そうですね。」
「ぬっふっふ・・・ネタに使えそうだな。」
「ええっ!?交際をネタにして、2人を恐喝するつもりですか!?」
「人聞きの悪い事を言うな!オマエ、あたしを、どんな目で見てんだ!?
たまに、石松のネタで亜美をイジってメシをおごってもらうだけだよ!」
「・・・そ、それを恐喝と言うのでは?」
美穂は、隠れて眺めながらパンを囓る。麻由は「興味が別の方に移ったので、昨日の説教は無くなったらしい」と安堵をする。・・・と言いたいところだが、美穂的には、ハナから説教をする気なんて無い。適当な難癖を付けて、昼食をおごってもらうのが目的だった。
-2年E組-
仙木智(せんき さとし)は、仲間と一緒に弁当を食べていたが、食があまり進まず、1/3程度食べて、あとは残した。
「どうしたんだ、センキチ(仙木の渾名)?」
「あんまり、腹減ってなくてさ。」
弁当を包んで鞄に片付けるついで、鞄の中を見つめた。中には、パンダのヌイグルミのキーホルダーが入っている。好意を寄せている好代を身近に感じたくて、つい出来心で好代の鞄から奪ったのだが、まさか、好代が、キーホルダーを失った程度で、大きなショックを受けるとは思っていなかった。
「何を見てるんだ、センキチ?」
「いや、何でもないよ。」
仲間に声をかけられたセンキチは、我に返って、慌てて鞄を閉じる。謝罪をして、正直に自分の気持ちを伝えるべきか?「落ちていたから拾った」と嘘をついて渡すべきか?それとも、コッソリと好代の机の中に入れておくべきか?頭では、「謝罪をして、自分の好意を伝える」が正解と解っているが、「それで嫌われたら終わり」と思うと勇気が出ない。返す為に持ってきたが、どうやって返すべきか悩んでいた。センキチから闇が上がり、影に吸い込まれる。
-廊下-
美穂と共に戻ってきた麻由が、不意に立ち止まって鋭い視線を2Eの教室に向け、足早に近付いて覗き込む。美穂も「何事か?」と後から付いてきた。いきなり生徒会長が怖い顔して教室内を睨み付けたので、E組の生徒達はビックリして黙り、続いて「誰か何かやらかしたのか?」と互いを見回してる。
「どうかしたか?」
「いえ、ちょっと・・・。」
麻由は、生徒達に詫びて踵を返しつつ、美穂に目配せをした。察した美穂は、頷いて廊下へ出てから小声で訊ねる。
「・・・・妖怪絡みか?」
「E組に闇を放出している生徒がいます。」
「どいつだ?」
「直ぐに消えたので解りません。ですが、間違いなく、E組に存在しています。」
「今のうちに、Eの生徒全員を、紅葉のハリセンでブッ叩くってのはどうだ?」
「有効ですが、乱暴すぎますよ。」
「だよな~。」
2人は、闇の追跡を諦め、教室に戻っていった。
-6限目・2年E組-
センキチは、国語の授業など上の空で、ずっと、好代の事を考えていた。放課後の行動を何度も脳内でシミュレートする。「落ちていたから拾った」と言って好代に渡すつもりだ。好代は感謝をすると同時に、「なんで私の物と解った?」驚くだろう。 そこで、「中学時代から、ずっと君を見ていたから知っている」と気持ちを伝える。もしかしたら、「盗った」と疑われるかもしれない。だけど、証拠は無いんだから、どうにか切り抜けられる。
(ミスるなよ、俺。疑われる言葉を喋ったらアウトだ。
恩に着せる言葉だけを喋るんだ!)
それは、正解ではない。センキチの自作自演で、好きな相手に余計な恩を売る小賢しい手段。センキチ自身が自覚をしているが、他に、自分がダメージを受けず、且つ、好代にアプローチする手段を思い付かない。むしろ、リスクを負わずに好代へのアプローチを出来る作戦を、名案と勘違いしている。
(これは、気持ちを伝えるチャンスなんだ!)
鞄の中のパンダのキーホルダーは、センキチの卑劣さを感じ取っていた。キーホルダーの目が、鞄の中で不気味に輝く。
(おぉぉぉぉ・・・オマエニ 好代ハ 渡サナイ・・・好代ハ 僕ノ物ダ!)
センキチの全身から闇が上がり、足元の影に吸い込まれていく。鞄の中のキーホルダーから闇が上がり、鞄の影に吸い込まれていく。
B組の紅葉と、A組の麻由は、E組で同時に2つの闇が上がった事に気付いたが、授業中では対処が出来ない。
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