第12話 呪いの果実
今日は第二音楽室が空いていたので、倉石さんと一緒に体育館裏へと向かう。この先にある柔道場の隣に第二音楽室はあるのだが、何度来てもこの異様な光景には慣れない。
照明も校舎で使われているものよりも古いのか、淡い電球のような光を灯すだけだ。そのせいで、廊下はまるで心霊スポットのような雰囲気がある。
そんな暗い空間の中で、二人の生徒が抱き合っているのが見えた。自動販売機の裏にある、非常口へと続く階段。決して人目の付かない場所ではないそこにいたのは、部長の
そんな二人が、抱き合っている。抱擁というには、湿気が多い。
一緒に来ていた倉石さんは、そんな二人には目もくれずに第二音楽室に入っていってしまった。取り残された私がどうしようかとキョロキョロしていると、加々美先輩と目が合った。
「ごめん、ビックリした?」
謝るのはこちらであるはずなのに、先に謝られてしまった。しかし、身体を離す気はないようで二人は抱き合ったままだ。加々美先輩は私を見ているけど、もう一人の先輩は私に興味はないようで、加々美先輩の胸に顔を埋めて熱を味わっている。
男女のカップルが抱き合ってるのは見たことはあるが、女性同士の触れ合いを見るのは初めてで、どう反応すればいいか分からない。仲が良いのかな、とも思ったがそれは一瞬だった。
熱っぽい視線と、欲しがるように彷徨う手のひらは、友達同士のそれではない。感じ取ってしまえるのは、私の勘が良いというわけではないのだろう。
同じなんだ。加々美先輩に抱きつくあの人は、私と同じ執着を持っている。捨ててしまえば楽になれるのに、捨てられないし、きっと捨てるフリもするし、捨てて立ち去ったあと、また戻って来てゴミ箱を漁ったりもする。手放しがたい感情は、その感情に触れることでしか満たすことができない。
だからあの人は、この機会を逃さないように、必死に加々美先輩を味わっているのだ。
「苦手だったかな」
「そういうのは、ないです」
「そっか」
加々美先輩は、これまでその関係に口を出されたことがあるのだろうか。そう思わざるを得ない気遣いの仕方だった。
「ただ、いいんだって、思って」
「いいんだっていうのは?」
「女性同士って」
それは価値観や倫理観から来るものではなく、あくまで前例がないことで生じる不安のようなものだった。
「
「……他に高い評価の映画がたくさんあるわけですから、見ないと思います」
「でも、実際には見てないわけでしょ? その映画の何が悪くて世間から疎ましい目で見られているのか、分からないまま、あれって良くないものなんだって思い込み続けるのって怖くない?」
廊下を柔道部の人が横切っていく。加々美先輩たちには気付いていたようだが、そのことよりも部活が優先なのだろう。「マットどこだっけ」と話しながら、廊下の奥に消えていった。
「怖い、かもしれないです」
「おお、そうかそうかー。なら将来有望だね」
加々美先輩に抱きついていた先輩が、ねだるように加々美先輩に囁いた。加々美先輩は困ったように、だけど嬉しそうにその先輩を自分の膝に乗せた。
あまりジロジロ見ているのも悪いと思い、私はその場を後にした。
二人は終始幸せそうで、あの空間だけは学校という施設の醸し出す規則性のある空気から完全に隔たれていた。
絡み合う指と、密着する身体。本来なら恥ずかしいその行為を、お互いが認め、お互いが求め、そして信じ切っている。そんな光景を思い出すたびに、顔が熱くなる。
告白というのは、一か八かの大ばくちだと私は思っている。運良く結ばれたらそれでいいかもしれないけど、もし断られてしまったらそれまでの関係がすべて壊れてしまう。それはきっと、間違いじゃない。今まで通りに接することなど絶対に不可能で、それがきっかけで疎遠になり、人生の中から完全に消滅してしまう人だっているだろう。
だが、成功したときのことを私はあまり考えたことがなかった。
もし、想いを伝えて、全てがうまくいったら、加々美先輩みたいに、していいんだ。
あんなことを、毎日、遠慮もなく、していいんだ。
合唱部の練習が始まっても、そんな妄想ばかりでまったく集中できなかった。
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