結んで解いて

@niwatori_chicken

第1話

「私は貴女が好きだ。どうか私と付き合って下さい。」

私は頭を下げて手を前に差し出した。初夏、放課後のことである。すると彼女はこう答えた。

「まずはお友達から始めましょう。」

彼女は私の手を優しく握った。

この返答の意味するところとは、すなわち、私が彼女をその気にさせぬ限り、彼女は暫くして私のもとを離れるということ。私はそう解した。


私は昔から人間付き合いが滅法下手で、自分から友人を誘って遊ぶなど出来ぬ部類だった。小学校の昼休みなどは、友人からサッカーに誘われるまで自由帳で絵を描いていたし、時に誘われないこともあって、しかし一人で楽しく描き続けた。そうしてひと月のうちに一冊の漫画帳が出来上がると、私はそれをサッカーボールを持つ子に持っていき、その日の昼休みは私の四コマのお披露目会となった。中学生になってからは漫画を書くのをやめた代わりに勉強をし出して、余計に友人から誘われることは無くなった。


そんな私も高校生になると、一つの恋愛くらい経験したいと思うようになった。私は一目惚れしたのだ。彼女の名は長谷川という。彼女は誰に対しても分け隔てなく陽気な人で、教室で一人椅子に座って勉強していると、一つ前の椅子に座ってくるなり「調子はいかが」などと話しかけてくる。私はそんな彼女が特段鬱陶しくなかったし、寧ろ次の日からまた声をかけてくれるか期待した。無論彼女は他の人に対しては同じ接し方をしていたし、初めはそういう人なのだと思っていたが、次第に彼女の立振舞から顔までもが悉く一等良く見えてしまって、結局私は告白した。


それがつまり先刻の事である。そして私は誰よりも彼女を惚れさせる男にならねばならない。そうでなくば彼女は終に私と居ることを辞めるに違いない。私はそう推論したのである。

「これから是非ともよろしくお願いします。」

私は彼女の手を握り返して言った。彼女の手は私の手よりも小さく、しかしあたたかかった。


夕日が二人の横顔を橙に照らした時、遠くに、部活を終えた坊主頭らが校舎奥の駐輪場へぞろぞろと歩いていくのが見えた。次に私から彼女に話しかけた。

「一緒に帰りませんか。君はどちらの方面で。」

「私の家は、この東の道をずっと北に歩いたところにあるんです。」

「折角ですから家の前まで、或いは途中まででも送りましょう。」

私は教科書の入った鞄を自転車の籠に入れて解錠した。

「君の鞄も一緒に入れましょうか。」

二人分の鞄が籠に入った。二人は並んで北へ歩き出した。私の右の自転車がチリチリと音を立てている。私の左で彼女が話しかけて来た。

「何故君は私の事を好いてくれたんですか。」

二人の間を少しく熱風が吹いた

「一目君を見て私は惚れたんです。なにより、君は教室で一人の私にも声をかけてくれましたよね。嬉しかったですよ。」

「つまり私の何処を気に入ったんですか。」

「つまりですね。君の全てが愛しくなったんです。」

「そうなんですね。」

先と同じ風が二人の間を走った。以降二人は互いに話しかけることなく、

「ここが私の家です。」

彼女の家に着いてしまった。

「さよなら。また明日学校で会いましょう。」

「さようなら。」

彼女の家のドアは低い音を立てて閉まった。私は私の帰路についた。

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