食べ物の恨みは心霊となって現れる

ちびまるフォイ

地獄のピクニック

「見えます……見えますよ」


「やっぱりですか。最近、肩が重いんです。

 それに視界の端でちらっと見えるときもあって」


「あなた憑かれています」


「やっぱり……!」





「ドーナツに」




「ド……ええっ?」


「見えます……ドーナツの幽霊が」


「霊媒師さん。あなた、僕の体型だけで適当言ってませんか?」


「ポン・デ・リング、あなた好きでしょう?」


「逆に聞きますが、あれが嫌いな人類っているんですか」


「あなたの周りをポン・デ・リングのちぎったやつが浮いています」


「それじゃ僕に憑かれているのって……」


「幽霊です。食べ物のね」



「帰りまーーす」


「あちょっと! お金! お代もらってません!!」


部屋中に貼っていた御札をすべて剥がした。

呪われたんじゃないかと思っていたが、食べ物の霊なら話は別。


御札や盛り塩を片付けると、

あいまいだったドーナツの幽霊がしっかり見えた。


「こんなの怖くもなんともないや」


霊媒師が言うには、

この世に無念や未練を残した食べ物が霊体となっているとのこと。


無念てなんだ。

たしかにスマホ見ながら片手間に食べていたけども。

ちゃんと味わって食べてほしいとかなのか。


「まあ害はないだろ。まったく人騒がせな……」


その時は簡単に片付けていた。

害があると知ったのはそれから数日後。


「先輩、なんか……甘いっすよ」


「へ? 香水なんか使ってないよ」


「じゃなくて。もしかしてドーナツ食いました?」


「食べてないって」


「いや嘘でしょ。ドーナツの香りしますもん。

 これから減量中のボクサーへ会いにいくんすよ。

 そんな甘いにおいしてたら怒られますよ」


「ええ……? なんかスプレーとかで消せない?」


トイレの消臭スプレーを軽くかけてみたが、

匂いの元が自分の身体ではないので効果はない。


匂いのもとを辿れば宙に浮いている半透明なドーナツに至る。


「まさか……この食べ物の幽霊が匂いを……?」


「なにわけわかんないこと言ってるんですか」


それからも心霊というか食霊現象は続く。


ドーナツの匂いがするのはもう日常。

なにもないところからドーナツ表面の砂糖が落ちてたり。


チョコドーナツの表面についている名前わからない

サクサクしたやつが布団にまかれていたり。


ここでは書ききれないほどの迷惑現象が続いた。


「ああもうわずらわしい!

 なんでドーナツに怯えなくちゃいけないんだ!」


食べ物の恨みは恐ろしいとはいうが、

食べ物側からのリベンジされるケースは考えなかった。


相手が食べ物なので、人間の霊媒師による除霊は期待できない。

彼らは霊と対話して成仏へと促す。非生物の前では無力。


「どうすればいいんだ。御札貼るしかないのか」


もはや退魔グッズも効果はなく、

盛り塩をしたらおいたその瞬間には砂糖に変わっているほど。


悩みに悩んだあげくに出たのが、食霊相殺作戦だった。


その日から主食はトウガラシとなる。


「甘いドーナツが苦しめてくるんなら、

 辛い食べ物の心霊で撃退してやる!」


ハバネロやらジョロキアやら。


およそ人が食べていいものではないレベルのものを

あえて雑に片手間で食べ進めていく。


病院には何度も運ばれて、医者からはやめろと言われた。

それでもこの生活はやめなかった。


「ふふ、見えてきたぞ……! トウガラシの幽霊だ!」


雑に食べられたことで未練を残したドーナツ同様に、

なんの調理すらされないまま雑に食べられたトウガラシは、

現世に未練を残して幽霊となって爆誕した。


ここまでは計算通り。


「さあ、これでもうドーナツの幽霊は終わりだ!

 辛いものと甘いもの。お互いが相殺して消えちまえ!」


トウガラシとドーナツの幽霊が相対する。

2つの霊はじりじりとお互いの距離を詰めてーー。


ドーナツの輪の中にトウガラシが収まった。


別に相殺とかなかった。

そもそも食べ物の相殺ってなんだ。


糖分と香辛料でまともな判断ができないほど、

脳細胞はすっかり滅多打ちにされていたのだろう。


ひとことで言えば"どうかしていた"。


トウガラシとドーナツの幽霊が並び立つことで、

害悪ぐあいはさらにグレードアップを極めた。


「先輩……。なんか体臭が甘辛いですよ……」


「知ってるよ! でもどうしようもないんだよ!!」


ドーナツの甘さとトウガラシの辛さ。

それらがなんの調和もせずにお互いを主張して霊的現象を引き起こす。


なぜか汗が出たり、体臭が甘辛くなったりともう地獄。


「なんでこんなことになってるんだ!!

 もうなんでもいい! この状態から救ってくれ!」


もう破れかぶれ。

とにかくたくさんのものを雑に食べた。


好き嫌いも選り好みも食事のバランスも考えない。

とにかく大量の食事の霊ですべてが押し流されればいいと考えた。


それもできるだけ食べ物が未練いっぱいになるよう、

いただきますも言わないし、よく噛んでも食べない。


めちゃくちゃな食べ合わせでいくつも突っ込んだ。


何百品目もの食べ物が霊体となって、

自分の周囲を浮かび始めたときだった。


「うあ……なんだ……視界が急に……」


視界が徐々に狭まっていって、そのまま仰向けに倒れてしまった。

遠くから聞こえる救急車の音が近づいてきて、意識が途絶えた。



次に目を覚ましたのは地獄の入口。


「目を覚ましたようだな。わかっていると思うがお前は死んだ」


「転生ですか」


「お前のような人間が転生できるか。

 貴様は地獄行きだ」


「そんな! 俺がなんの悪いことをしたんですか!」


「いや別に。今天国がちょっと定員オーバーだから」


「エレベーターじゃないんだから……」


「こっちも手続きあるので異論は認めない。

 では地獄であの世を苦しんで過ごすがよい!!」


「納得いかねぇーー!!」


どんな反論をしようとも閻魔大王がヒモを引いたら終わり。

足元の板が抜けて地獄へとまっさかさま。


落ちた先は飢餓地獄。


「ゲヒヒ。よく来たな新人。ここは飢餓地獄。

 空腹に苦しみ続ける地獄だ」


「デブの僕が一番つらいやつじゃないか!」


「そう。地獄は当人が一番苦手な場所へ送り込むからなぁ」


地獄の先輩たちはガリガリにやせ細っている。

こんな場所で過ごすなんてまさに地獄。


そのときだった。


「ところで、貴様、どうしてドーナツを持ち込んでいる?」


「へ?」


ふと顔を上げると、そこには生前にイヤというほど見たドーナツが。

しかも今は自分も死んでいるので、自分もドーナツも幽霊。


手を伸ばせばあっさりと手が届いてしまった。


「ここは飢餓地獄だぞ!!

 食べ物を持ち込むなんて聞いたことない!!」


「そうは言っても、憑いてきちゃったんですからねぇ……」


「ドーナツを食いながら言い訳するな!

 これじゃ地獄の意味がないじゃないか!!

 ドーナツをよこせ!!」


「いいですよ上げます」


「い、いいのか? 変にあっさり……」


僕は振り返って自分の周りを確認した。

それらは予想通り、食べきれないほど霊となって現れていた。




「ドーナツくらいあげますよ。

 僕にはいくらでも未練を残した食べ物がありますから」



そうして、これまでの食霊たちを食べながら

地獄を巡る観光ツアーが幕をあけた。

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