九月の出会い、十一月の別れ〜最後に気づいた想い〜

陸沢宝史

本編

 九月中旬、高校二年の館林松亮たてばやしまつすけのクラスに新徳智深あらとくともみが転校してきた。高校では珍しい転校生にクラス中が注目した。転校当初は智深の周囲に人が集まった。クラスメイト達は熱心に部活の勧誘や遊びに誘った。


 だが智深は体育では優れた運動能力を見せながらも運動部には入らず、遊びの誘いを受けることも少なかった。


 そのため二週間する頃には転校生の周りから人はただ一人を除いて離れていった。


 智深が転校して二ヶ月が経つ頃、松亮と智深は二人っきりで下校していた。友達を作ろとしない智深は松亮とだけは意気投合し、時折下校する仲となっていた。


 その日、二人は下校中だというのにゲームセンターに寄っていた。


「帰りにどっか寄りたいなんて珍しいな」


 松亮は珍しそうな眼差しでゲーセンを見渡しながら智深に聞いた。


「今日は遊びたい気分なのよ」


 松亮の隣を歩く智深は凍えるような声で返答した。


「だったら普段からクラスメイトたちと遊べばいいのに。よくわからないやつだな」


「あんまり思い出を作りすぎるとわたしが困るのよ」


「面倒くさいやつだな。それより何して遊ぶんだ。やっぱりクレーンゲームか?」


 松亮と智深の周囲にはクレーンゲームが密集している。智深はクレーンゲームに目を配らずに首を横に振る。


「あんまりクレーンゲームは好きじゃないのよ。やったことないから。それよりかは別のゲームがしたいかな」


「別のゲームか。俺はゲーセン殆ど来ないから何があるかわからないんだよな」


「わたしもあまり縁がない場所よ。遊ぶといったら飯食べたりボーリングやカラオケが多かったし」


「カラオケ行くんだ。今度蛍の歌聞いてみたいな」


「そうね。いつか行けたらいいわね。それより向こう行ってみない。色々なゲームがありそうだし」


 松亮は智深が指差した方向に目をやる。そこには様々なビデオゲームが並べられていた。


「ビデオゲームか。普段やらないけど面白そうだな」


「なら行きましょう」


 二人は目的を決めるとビデオゲームが固まったエリアまで移動する。


「色々なゲームがあるんだな」


 智深とビデオゲームを見て回る松亮はレバーとボタンがついた筐体を凝視していた。スマホですらゲームを殆どしない松亮にとってビデオゲームは新鮮味がある一方で未知の世界でもあった。


「色々あるのね。出来たら二人で出来るのがあればいいけど」


 困惑気味の智深の声が松亮の耳に触れた。智深も松亮と同じであまりビデオゲームには詳しく無さそうだった。そもそも二人の間では普段からゲーム類の話が話題に上がることはなかった。


「智深あれとか良くないか? 俺達でも楽しめそうだし」


 松亮は隣りにいる智深の肩を叩く、とあるビデオゲームを指差した。松亮の指の先にはサッカーゲームの筐体が二台並んでいた。中学時代サッカー部の松亮にとって興味が持てるゲームだった。


「サッカーだ。あれならわたしたちでも楽しめそうね」


「ゲーセン来てまでサッカーとは俺達らしいな」


「本当ね」


 松亮と智深は目を合わせると軽く笑いあった。転校前は智深は女子サッカー部に所属しており、二人が友人になるきっかけもサッカーだった。


 二人はサッカーゲームの前まで赴くと席に座った。


 松亮は財布から百円玉を取り出し筐体に投入する。目の前にある正方形の画面がソロプレイか二人プレイかを尋ねてくる。松亮はレバーを動かし二人プレイを選択した。そのままチーム選択まで済ませるとサッカーフィールドと選手たちが表示された。


「ゲームとはいえ松亮とサッカーやるのはこれが初めてだけど負けないからね」


 隣の台から自信に満ちた声が聞こえた。松亮は隣を一瞥する。すると真剣な眼差しで画面を見詰める智深がいた。その瞳を目の当たりにした松亮はレバーを握る左手に気合を入れて声を出した。


「それは俺も同じだ。五点差つけて勝ってやるよ」


「ならわたしは松亮に一点も取らせないから」


 画面では試合開始の合図が成される。松亮は試合が始まると積極的に操作した。だがビデオゲーム素人の松亮ではシュートを打つことすら難しかった。


「これってサッカーかよ。ゲームになってない」


 松亮は顔を強張らせながら言った。試合開始から数分が経った未だ〇対〇だ。


「このままだと引き分けに終わりそうね」


 智深が焦るように喋る。


「引き分けだけは勘弁だぞ。絶対に智深には勝ちたいのに」


「わたしも同じよ。勝負する機会なんてそうそうないんだから」


「別に勝負する機会ならいくらでもあるだろ。何なら明日でもいいぜ。金が無いなら一回ぐらいは奢るし」


「あたしはもう、このゲーセンには来られないから」


「えっ」


 ゲームを操作する松亮の手は一瞬止まり、智深の方に視線を取られていた。智深の横顔に寂しさが染み込んでいるように松亮には思えた。


「なんで操作止めてるのよ。手加減はいらないわよ」


 松亮は「悪い」と口にすると画面の方に視線を戻す。だがプレイの精度は落ちてしまい、智深に三点奪われてしまう。そして試合は後半戦終了まで進んでいた。


 松亮はあれから智深に何も聞けずにいた。だが智深の言葉で心の中が散らばってしまいプレイどころではなかった。松亮は言葉の意味を薄っすらと理解しながらもそれを否定したかった。


「なあ、智深さっきの言葉の意味ってどういうことだ」


 松亮のキャラがボールを持っていたがあっさりと智深のキャラに取られてしまう。


「明日わたしが引っ越すからよ。そもそもわたしがこの地に来たのは余命宣告された兄に会いに来たからの」


 智深の説明を受けた松亮は目を見開き再び智深の方を一瞥する。だがすぐに視線を画面に戻す。


「そんなこと初めて知った」


「誰にも話すつもりはなかったからね。両親は小さい頃離婚していてね、わたしは父に引き取られたけど兄は母が引き取って生き別れになっていたの。けどある日、母から病気で兄の寿命はもう長くないって聞かされてそれで父に頼んで兄がいるこの地に転校させてもらったの」


「けどなんで智深が明日引っ越すことになるんだ」


「父が転校の許可をする代わりに出した条件が兄が亡くなるまでだったの。兄はもう一週間前に亡くなってるからわたしはもう帰らないと駄目なの」


「そんな急に帰らなくても」


 智深のキャラがシュートを放つ。しかし松亮のキャラであるキーパーが何とかシュートを止めた。そのままキーパーから松亮のチームの別のキャラにボールが渡り松亮の攻めが開始される。


「父と母は仲が悪くて離婚したの。だから父としてはあまり娘の母親の元に置いておきたくないの。それにわたしも向こうに友達が大勢いるからね」


「智深が部活にも入らず友達をあまり作る気がなかったのは友達を作ってもすぐに地元に戻るのがわかっていたからか」


「その通り。本当は女子サッカー部に入りたかったけど、我慢した。友達は作る気はなかったけど、なのにサッカーの話ができる松亮と話すのは楽しくてこうやって今日も一緒にいる」


 松亮のチームは智深のゴールポスト近くまで接近する。だがシュートを放つ前に試合は終了してしまった。


「俺だって智深といるのは――」


 松亮の言葉は途中で止まってしまう。松亮の心に今まで経験したことのない感情が湧き出る。松亮はそれが一瞬で智深への恋心だと気づいてしまう。


「松亮、今日までありがとうね。また時々連絡ぐらいはしてね」


 智深はそう言うと椅子から立ち上がった。目からは雫が溢れていた。智深は手で目を覆いながら松亮から走り去ってしまう。


「智深!」

 

 松亮は叫びながら智深の方に手を伸ばす。けれど椅子から立ち上がれずにいた。今追いかけたところで智深に告げる言葉など松亮には一つしか思いつかなかった。けれどそれは明日この地を離れる智深に打ち明けていいのか松亮には迷いがあった。


 松亮は目を瞑り考え込んだ。時間が十秒、一分と着実に過ぎていく。三分経過すると松亮の目が開いた。松亮は覚悟を決めていた。


 松亮は椅子から立ち上がると全力で走っていく。外に出るが当たり前のように智深の姿は見つからない。松亮は智深の住むマンションの方向へと駆けていく。


 高校では帰宅部の松亮は中学時代の自分よりも体力が衰えていた。走る距離が伸びるほど、体は疲弊し息遣いも着実に荒くなっていた。それでも松亮は走ることを止めなかった。智深の見た姿が悲しい涙を流した顔などと認めたくなかった。


 二十分近い時間が流れた。大量の汗が額から溢れ。制服は汗によって肌に張り付いていた。


 松亮の前方の見慣れた女子生徒の背が見えた。松亮はそれが智深だと確信すると疲れ切った顔で必死に叫んだ。


「智深! 待ってくれ」


 前方の女子生徒の足が止まる。だが松亮の方を振り向こうとしない。


 松亮は女子生徒のすぐ後ろまで近づくと止まった。松亮は上半身ごと下を向くと何度も呼吸を繰り返した。


「なんで追いかけてきたの」


 尖りながらもか細い声が松亮の耳に入る。その声は智深のものだった。


 松亮は息を整える上半身を立て背を向けたままの智深を見た。


「智深に伝えたいことがあって来た」


「伝えたいこと」


 智深が松亮の方を向いた。智深の目尻は弱々しく下がり頬からは力が抜けていた。


 松亮は緊張するかのように息を一度飲み込むと目力のある視線で智深を見詰めた。


「明日離れる智深に言っても無駄かもしれない。けど俺は伝えたい。智深、好きだ。ついさっきまで気付けなかったけど智深と過ごせた二ヶ月間は俺にとって充実していた。智深に会えて本当に良かった」


 松亮にとって人生で初めての告白。例え結ばれてもすぐに別れが待っている。それでも松亮はこの想いだけは伝えたく、ここまで走り抜いてきた。


 智深は衝撃を受けたかのように目を大きく開いた。だがすぐに目は縮まり、頬は和らいでいた。


「わたしも松亮のこと好きよ。本当はこんな想い抱いたからいけないと思ってずっと悩んでた。だから好きって言ってくれてありがとう」


「智深」


 松亮と智深は歩み寄ると互いに抱きつきあった。深く抱き合う二人。松亮の肩に一滴の雫が落ちる。間を置かずにまた一滴に雫が落ちてくる。松亮の目からも何粒もの涙が頬を伝っていた。


 二人はしばらくすると抱き合うのを止め離れた。松亮の真正面にはまだ涙を流し続けている智深がいた。


「松亮、今までありがとうね。離れても連絡ぐらいはできるから。それにいつかわたしまた松亮に会いに来るから」


「俺もそのときを待ってるよ」


「じゃあね」


 智深は松亮に微笑みかけると背を向け歩き出した。松亮は智深を見送りながら目に付着した涙を片手で拭いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

九月の出会い、十一月の別れ〜最後に気づいた想い〜 陸沢宝史 @rizokipeke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ