ロールプレイングゲームのように

 フリートークが始まってから10分立つと、ハンドベルの澄んだ音が店内に響き渡った。各テーブルでの会話の時間は10分と設定していて、移動時間も合わせて一時間でナナミでの会食を終わらせることができるように、沙織さおりが時間を測り、一つのテーブルで10分経つとハンドベルを鳴らしてそろそろ次のテーブルへ移動して下さいと指示を出す。そして男性陣が自分の飲み物と皿を持って次のテーブルへ移動するのだが、ここでちょっとしたハプニングが起こる。


 東海林しょうじたち四人から早々と一人退場し、残りの三人も入れ替わり立ち替わりトイレに立っていたのだが、トイレから戻るとぐったりとしていて、会食を続ける気力がないと訴えてきた。なら帰るかと大悟だいごが聞くと、フリータイムには必ず復帰するからそれまで休ませろと言う。元より彼らの行動力を削ぐために杏夏きょうかの作った激辛イナゴ料理を食べるように持っていったわけでそこは見事に思い通りになったわけだったが、ここで彼らを強引に帰らせ、後々になって出された料理が悪かったなどとクレームをつけられるのも面倒だ。なので仕方なく彼らにはそのまま一番端のテーブルで待機してもらい、女性陣の方に移動をお願いした。



 テーブルチェンジの間、男性スタッフ四人はまるでハーフタイムの選手のように諸月もろつきのいるカウンターに寄る。


「ちょっと自分語りし過ぎですねえ。自分が喋るのは三割に抑え、もっと相手の女性から話を引き出して下さい」


 面を付けながら喋る諸月の姿はちょっと間抜けだったが、纐纈こうけつへは試合運びを担った監督のように的確なアドバイスをしていた。だが纐纈はその言葉に渋面を作り、同じテーブルの三人に向いて苦情を言う。


「約束が違うじゃない。もっと僕を盛り立ててくんなきゃ。きのう、チーム戦でいくって打ち合わせたでしょ?」


 

 昨夜、纐纈の依頼を受けるにあたり諸月は、さすがにパーティーがすぐ明日ではろくなアドバイスができないと、大悟だいごや硯徳が纐纈のサポートに回るという条件を付けた。婚活パーティーは基本個人戦であり、そこにチームを組んで臨むと格段に有利になる。全員が泥仕合で終わるよりは一人でも結果を出せればいいと、大悟も硯徳すずのりもそれに了承したのだったが……


「しょうがないじゃん!想定外のことが起こったんだからさあ」


 大悟が口を尖らせ、硯徳もそれに頷く。硯徳には東海林たちのことに加えて妹が気になることもあり、パーティーどころではなくなっていた。そんな硯徳に、纐纈が先ほどと同じような睨みをきかせてくる。


「スズくんなんてさ、何だよ、ちゃっかり秋穂あきほちゃんの気を引こうとしちゃってさ」


 纐纈の言い草に、硯徳はうんざりとした目線を返す。


「別に気を引こうとしたわけじゃないですよ。自分の思ったことを言っただけです」

「いやいや、秋穂ちゃんが小学校の先生だって思ったから、子どもが好きなアピールすると有利になるとか思ったんでしょ?それがあざといっての」


 あざといことしかしていない纐纈にそう言われ、硯徳の頭にも血が上る。そして言い返そうとした時、りくがまあまあと間に入ってきた。


「彼ら、しばらく再起不能みたいだよ。こっからこっから!」


 陸はテーブルでぐったりしている東海林たちを指差し、まるで試合を挽回させようとする選手のように声を張った。諸月が提案したのはロールプレイング・ゲームのように自分たち四人がパーティーとなって女性たちに挑んでいくことだったが、今一チームワークが発揮できない中で、陸はずっと四人のいい繋ぎ役に徹してくれている。陸が言ったように、東海林たち三人は具合が悪そうにテーブルに突っ伏していて、当分進行を妨害される気配はない。東海林たちのテーブルに着いた女性たちには気の毒だったが、それでもこのパーティーを潰す気満々で訪れた彼らの毒牙にかかるよりはましに思えた。婚活パーティーでは初対面の相手とずっと話していなければならず、それはなかなかの気疲れをもたらすものだ。なので合間に休憩スポットが入るのも案外悪くないのかもしれなかった。



 移動時間が過ぎ、次のテーブルでのトークが始まる時間になったので、四人は自分たちのテーブルに戻った。本来男性陣が反時計回りにテーブル回りをする予定だったので、それに合わせて女性陣には時計回りに移動してもらっていた。硯徳たちの前には、先ほど右手に座っていた女性たち四人が着いている。女性たちのまとっている雰囲気は先ほどのOLさんたちと同じように感じられた。


 気を取り直そうという陸の提案通り、今度は大悟も硯徳も意識的に纐纈を持ち上げるトークを心掛ける。纐纈のことは常にシャチョウと呼び、相手が纐纈の仕事に興味を抱くと、海外を飛び回る商社の社長なのだとかなりの誇張を含めて褒め称え、彼を尊敬しているような態度を見せた。普段のシャチョウ呼びには嘲笑の色合いが濃かったのだったが、そこは表に出さないように気をつけた。だが肝心の纐纈はというと、ずっとテンションが低く話題を振られても曖昧に返すだけで、会話もいまいち盛り上がっていかない。そんな状態で次の移動時間となり、カウンターに寄ってすぐに大悟が纐纈に詰め寄った。


「せっかく話振ってんのに、何でそんなにテンション低いんすか」


 大悟から苦情を言われた纐纈は少し逡巡したような沈黙の後、素直に大悟に頭を下げた。


「いや、申し訳ない。どうも、気持ちが乗らなくてね。でさ、決めたよ!僕は、秋穂ちゃん一択でいく!放蕩息子先生も美人さんなんだけどさあ、どうもあのファッション見たら、僕とは気が合わないような気がするんだよね。なのでコウメイ先生、この後はどうか彼女とカップルになれるよう、ご指導して下さりませ」


 どこまでも二枚目発言な纐纈の言葉を聞き、大悟ははぁ~っと大きくため息を吐く。纐纈はそんな大悟の肩をポンポンと叩き、


「君らも彼女作らないとでしょ?後のテーブル回りは僕に取っては消化試合だからさ、フリータイムまでは自分のことに集中してくれたまえ」


 と言って高笑いした。



 自分のことに集中すると言っても、纐纈が四十過ぎなのを覗くと、硯徳たちは三人とも25歳だ。女性陣のほとんどは30オーバーで、これまで話をした感じ、彼女たちの方こそ自分たちのテーブルは消化試合と思っている印象を受けた。元より将来性のない商店街の店主候補というだけでもハンデがあったし、そこへきて年下だということで婚活相手としては相応しくないと判断されたのだろう。大手の会社のやるパーティーと違ってアットホームさを売りにしていこうと決めて今日に臨んだのだったが、女性たちの結婚への意気込みは思いの外真剣で、今後もこういったパーティーを続けるのであればもっとディティールに凝らないといけないように、硯徳には思えていた。



 巷の婚活パーティー事情を調べてみると、パーティー自体は休日平日を問わず盛んに行われているようだったが、対象年齢は30代から40代が中心に見えた。20代を対象にしたものもあるにはあるが、絶対数は少ない。自分たちも20代なのでその理由はいくつか思い当たる。まずはまだ結婚を考えるには若いということ。結婚という言葉を前提にすると、どうしても気持ちが重くなってしまう。加えて今の時代、軽い出会いを求めるならそのためのツールは溢れている。そういった出会いを謳ったアプリも氾濫しているし、今回企画した婚活バルなども各地で行われている。出会おうと思えばオープンフィールドのオンラインゲームなどでも出会えるし、多種多様な配信ツールからオフ会なども頻繁に呼びかけられている。


 さらには趣味も多様化し、そもそも若者が恋愛に興味を示さず、それが少子化に繋がっているなどと問題視されたりもしている。少子化などと言われても硯徳にはピンとこないのだが、それが商店街の跡継ぎ問題となると途端に大悟の鼻息が荒くなる。大悟自身はどこまで本気でこのパーティーでパートナーを見つけようとしているのか怪しいが、店の跡継ぎ問題ということに関して言うと、今回は三人の男がまさに切羽詰まった事情で参加していた。



 一人は纐纈だ。彼は秋穂先生一人に絞ったと言う。あくまでビジュアル重視な彼の即断を浅はかだと揶揄したい気にもなるが、彼は人の言う事を素直に聞く性格ではない。本人がそう言うならと、硯徳は自分のことはさておき、サポートすべき他の二人に目を向けた。



 二人目はおもちゃ屋ミヤワキの宮脇みやわき健太けんた、彼はバー・アンドレのかおるママのたっての頼みで参加してもらっている。今回のイベントでの後半のフリータイムでは商店街内の三つの会場を回ってもらうことになっているが、リストランテ・ナナミにそのまま残りたい人のために、店のテラスから河原に出て花火が出来るようにもしてあった。ナナミには商店街を東に流れる木引きびき川に張り出すように屋外テラス席があり、そこから河原にも降りられるようになっている。そこで花火をしたらどうかと提案してくれたのも健太だったし、冬星とうせが考案した風船割りゲームに使う紙風船なども快く提供してくれた。


 健太はミヤワキの一人息子で、年齢は30半ばに達している。ほとんど店に出なくなった60過ぎの両親からすでに店をほぼ任されており、一人息子の彼に嫁が来なければリバーウエスト商店街からおもちゃ屋が消えることとなってしまう。健太自身は鉄道オタク、その中でも撮り鉄というやつで、暇があれば全国各地のレアな鉄道を写真に収めに出かけ、小遣いのほとんどはその旅費とカメラにつぎ込んでいるらしい。なので女性とのデート代など捻出できず、今に至るまでシングルだ。彼がまだ童貞だということを、薫ママが話題の中でバラしたこともあった。薫ママは健太の同級生で、彼がいつまでも趣味に明け暮れているのを昔から心配しているということだった。



 三回目と四回目のテーブルチェンジのインターバルで、硯徳は健太の側に行って状況を聞いた。


「誰かいい人いました?」


 健太は困り顔で天パーのモジャモジャ頭を搔く。


「う、うん……なかなか、き、厳しいかも……」


 彼は緊張すると言葉の出だしが吃音気味になる。普段から喋り慣れている硯徳に対しては普通に話せるが、初対面の女性を前にするときっとどもりは酷くなってしまうだろう。何かいい方法はないものか、と硯徳はパーティーが始まる前に諸月に指示を仰いだ。諸月はなんでもない、というように健太に笑顔を向け、人差し指を立てた。鼻につくようなキザな仕草だったが、誰に対しても同じように接する諸月に、硯徳の彼への好感度がその時少し上がった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今話の場面イラストです。文章とイメージが違うかもしれませんが、それでもよければ見て下さい。


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