第2章 波乱の婚活パーティー
ABCセット
次の日の夕刻5時、婚活パーティーはリストランテ・ナナミからスタートした。元々ナナミにあった大小様々なダイニングテーブルを組み合わせ、八人掛けのテーブルを五つ作った。テーブルが足りなかったので、近隣の店々から借り、狭いながらも何とか男20人、女20人の参加者40人を収容できた。テーブルにはすでに男女四人ずつが対面で着席している。司会を買って出た
「さあ皆さん、ゲームを始めよう!」
低い機械音のような声で、纐纈は大仰に両手を上げた。顔にはインドネシアから仕入れてきたという赤い猿のような面を被っている。きのうずっと着けていて、すっかり気にいったようだ。
「いやデスゲームの始まりかよ!」
客席から
纐纈がまるでテーマパークのアトラクションの案内人のように流暢にパーティーの流れを説明する。ナナミで会食を終えた後、フリータイムで商店街に設けられたイベント会場を散策する。店にそのまま残ってもいいが、出来たら商店街を散策して欲しいと、お願い混じりに告げた。参加者には
「何だよ、そのイベント。ちゃっちいなあ~!」
テーブル席の一つから揶揄する声が上がる。
この婚活パーティーの宣伝は地元に特化したアプリから発信していた。参加者のほとんどはハンドルネームを使い、アイコンにイラストやペットの写真を使用していたので東海林が紛れていることは事前には分からなかった。受け付けの時点でそれが発覚したのだったが、彼らが何もしていない段階で帰すわけにもいかず、大悟は何か問題行動を起こしたら即退場させることを条件に渋々参加させた。
「嫌ならここで帰ってもらってもいいんだぜ?参加費は返すから」
大悟が立ち上がって東海林たちを諌めると、彼らはヘラヘラとした笑みを浮かべながらも、口を嗣んだ。彼らのテーブルは一番端に設定し、その前には
さらに何かあったらすぐに対処できるようにと、男性スタッフの方も東海林たちの横のテーブルに固まって座っていた。東海林たちの言動を注視し、参加女性に危害を加えるようなことがあったら即座に退場してもらうよう打ち合わせていた。参加者として彼女を作る気満々だった纐纈は不満の声を上げていたが、
それに、硯徳がサポートしなくとも
「惚れ惚れするくらい男前ね〜え。いっそうちの旦那と交換しない?」
諸月を初めて見た時、
「いやいやダメでしょそれは、人を消耗品みたいに言わないで」
「あら、あなたはパーティーに参加するんじゃなかったの?」
「いやだからぁ、それはごめんなさいって〜!」
きのうの延長戦みたいなやり取りをしている夫婦を見て、顔を曇らせたのは纐纈だった。
「わざわざ来てもらってこんなこと言うのも何なんだけどさあ、参加者よりも目立つのはどうかなあ?」
言って、きのう置いて行ったインドネシア産のお面を探り、黄色い面を取り出して諸月に被らせた。面の中でも三枚目な顔のその面で諸月の美貌は隠せたが、彼の地毛の長い銀髪と相まって怪しさは満載だった。始まる前にそんな一幕がありながらも、諸月は不満を言うことなく素直に面を被り、時折参加者に生ビールを注ぎながらスタッフとしても動いてくれていた。その立ち居振る舞いは一流ホテルにあるバーのバーテンダーのようで、そこに面の怪しさが加わって別の意味で参加者たちから注目されていたが……。
そうしていよいよパーティーが開始され、まずはテーブルで対面している同士で歓談しながら会食する。テーブルにはビールや西川酒店提供の焼酎や日本酒のアルコール類か、ウーロン茶などのノンアルコールかで選んだドリンクと、道久が考案した色とりどりの豆腐のオードブルが乗っている。その他のフードはバイキング形式となっており、カウンターに大皿で並べられた焼き物、煮物、サラダなどを好きに取り分けるようになっていた。
「なあなあ、こんな辛気臭いパーティーなんか抜け出してさあ、俺たちと遊びに行かない?」
隣りのテーブルから早速そんな声が聞こえ、硯徳は眉を潜めてそちらを見た。東海林が女性陣を誘い出そうとしている。杏夏が胸の前で指を組んでお願いポーズをし、
「そんなこと言わないで、お料理食べてみて?」
とうるうるした目を向ける。
「腹が減っては戦はできぬって言うだろ?まずはここで腹ごしらえしようぜ!」
冬星が武士のような無骨なことを言い、
「そうですよ、ここのお料理、すごく美味しいんです。この茶色いやつなんて、なかなか食せない珍しいものなんですのよ?」
と、春海がさりげなくイナゴに誘導する。
「それは楽しみだね~!あたしは初めてここへ来たんだけどさあ、この店前から来たいと思ってたんだよね〜」
放蕩息子先生も他の三人に合わせて顔をほころばせ、オードブルの一つを口に運んで美味しいと歓声を上げた。30歳前後といったところだろうか、ゴスロリ風の黒いドレスワンピースを着た姿は普通のファッションから一線を画しているが、東海林たちも自分たちと同じ町から有名になった彼女に一目置いているのだろう、彼女がそう言うとそれに倣い、それぞれ自分の前のオードブルに箸をつけ始めた。
「何だこれ、虫じゃねーか」
茶色い食材を箸に取ったツーブロックモヒカンの男が眉根を寄せて言う。
「お前虫が怖いのか?意外といけるぞ、これ」
それに、これ見よがしに真っ先に食べたドレッド頭の男が返す。
「こ、怖かねーっての!」
「へ、俺なんてざるいっぱいでもいけるもんね」
ヤンキー時代に培ったなぞのマウントの取り合いをしながら、東海林たちは次々にイナゴを口の中に入れる。それを女性陣が大袈裟に褒める。
「すごーい!さすがは殿方、迷いがありませんね」
「おお、お前らやるじゃねーか!本当にざるでも食えそうだな。ちょうどよかった、実はこの可愛い可愛い
「ええ!いいんですか?杏夏、たくさん食べてもらったら、好きになっちゃうかもしれません」
杏夏のその言葉に、男たちのテンションも上がる。
「おお、マジか!持って来い持って来い!ジャンジャン食ってやるぜ!」
テンション高く真っ先に乗っかったのは金髪アッシュの東海林本人だった。その流れを見て、硯徳は我が妹に小悪魔の素養を見た。実はパーティーが始まる直前、急遽アンドレから杏夏の作ったイナゴ料理入りのタッパーを薫ママから受け取り、東海林たちに食べさせる計画を立てた。その際諸月からABCセットという手法を教えてもらった。それはモノを売る側だけでなく、買う側に紛れた人間が商品を持ち上げるという、通販番組などでよく見る手法だったが、こんなに上手くいくとは思わなかった。
冬星が厨房まで
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今話の場面イラストです。文章とイメージが違うかもしれませんが、それでもよければ見て下さい。
https://cdn-static.kakuyomu.jp/image/DfaEH47a
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