第41話 ドラゴンの弱点

 千色たちは、相手チームのタンクを盗んで大量の泥水を運ぶ龍郎に、を近付けないよう尽力する。


 ――これは、龍郎が、人間を攻撃したがらないからだ。

 龍郎は、魔法や、魔法で飛ばされた石などに攻撃されても、その羽毛や鱗、炎によって身を守ることができるし、タンクの破壊を試みる魔法だって、なんなく防ぐことができる。

 しかし、生身の人間が目の前に来ると、龍郎は反射的に衝突をけ、視線すららしてかわしてしまう。そして龍郎のこのくせは、ドラゴンになっている時にだけ出る。一方、体育の柔道なんかでは、龍郎は対格差も男女も関係なく、相手をギッタンギッタンにするのだ。


 マデスリングではもちろん、必要以上の力を使って相手を傷付ければ反則となるが、龍郎の技量であれば、牽制けんせいのみにとどまる炎攻撃や噛み付きも可能なはずなのだ。現に龍郎は、校庭での対まり戦の際、双方に致命的な傷を負わせずに、事態を収める手助けをしてみせた。


 ――龍郎のことだから、人間とそれ以外の動物を差別しているとは思えない。とすると、動物になれる者ばかりの家庭で育ったために、普通の人間との距離感が掴めていないのか――。

 分からないが、これまでに行った練習試合における失点の原因の一つは、龍郎が人間に対して強く出られなかったことなのである。だからこそ、現在はこうして、クラスメイトたちが龍郎の苦手をカバーするすべを身に着けているが――。


りゅうクン、ごめーん!』

 千色の反対側、龍郎の右後ろでE組生徒たちに眠気を与え、箒のコントロールを失わせていた夢河ゆめかわゆい少年が、シエラ・テレーパのテレパシー魔法を通して叫ぶ。


 龍郎は、視界の端に、ふらふらと自分の方へ向かってくる小柄な男子生徒の姿を捉えると、用意もなしに巨体を横二回転させてかわし、その勢いでC組の愛晶あいしょううらなに衝突しそうになって、今度は折れそうなほどの勢いで首を上げ、急上昇する。かと思えば、急上昇した先には、風や雷で相手全体に攻撃を仕掛けていた雨盛日照がいたので、龍郎は慌てて自チームのタンク上まで瞬間移動をし、瞬間移動に失敗して抜けた羽毛や鱗の根本から、だらだらと血を流す。

 ――もちろん、ふたのないE組タンクの上部からは、三度に渡って大量の泥水がこぼれ、コート中どころか客席にまでらされる。


「何やってんだよ龍! ビッショビショなんだけど!」

 千色はしっかり本気で突っ込みつつ、自分のすぐそばを通り過ぎて龍郎に向かっていくE組生徒を捕まえ、その体操服の生地を鉄に変身させる。

 鉄の服の重みと硬さに動きを封じられ、ゆらりゆらりと落下していくE組生徒を横目に、千色は、龍郎が、掴んでいたE組のタンクからC組のタンクに泥水を注ぎ入れているのを見守る。


 こぼれたのは――半分ほどか。

 力でゴリ押し作戦作戦Gが上手くいけば、であるが、十分な量が残っている。


『バッチリだ龍郎! みんな、次いくぞ!』

 テレパシー魔法越しの被布賀ひふがひかるの声を合図に、龍郎はからのタンクを握ったまま、上空高くへ飛び去る。それを後目しりめに、千色は次の段階に備えて降下し、泥塗どろまみれの芝に着陸する。


「はいはーい! みんな、こっちねー!」

「こら、もぞもぞすんじゃないよ。死にたいのかい」

「んふふふ。ベルトコンベアーに乗せられた可燃ごみみたい。あ、ごみ出しの日を一か月間のがし続けたやつね」

 先に地上に降りていた引寄ひきよせ夜火丸よびまるや唯世浮子、そして彼らの移動・浮遊の魔力を盗んで増幅させた乙盗が、地上で動けなくなっているE組生徒たちを、最初に我内壁春が作った防護壁の下に運搬していく。まだ空中や地上で抵抗を続けるE組生徒たちも、覇来はき健吐けんとが高熱を出させたり、忘客ぼうきゃく奏多かなたが記憶を飛ばしたりして動きを止め、移動系の魔法が得意な者が運んでいく。


 千色も、まだ動けるE組生徒たちの体操服を鉄に変身させながら、人の流れに乗って防護壁の下へと潜り込む。――この作戦のこの段階では、コートにいる全員を、コートの片側、崖の陰に隠したうえ、防護壁で守られた状態にしたいのだ。


「本間ちゃん!」

 防護壁の下が、眠気、重み、高熱、記憶喪失、その他魔法の効果でうな藻掻もがく声であふかえる頃、前に立った被布賀が、後方の本間ほんま弥音やねに向かって手を振る。

「人数確認よろしく!」


「任しとき! ……うん、龍郎君以外、全員おるで!」

 真実発露魔法によって、一瞬で正確に人数確認を行った本間弥音が、両腕で大きなマルじるしを作ってみせる。


「じゃ、我内われない、シェルター封鎖!」

 被布賀が指示を出すと同時に、全身に痛そうなおできをこさえたE組生徒(運悪くヤク獨深ドクミの研究サンプルになったらしい)が飛び出し、じゅるじゅると緑色のうみを垂らしながら被布賀に掴みかかろうとするが、被布賀は手の平を軽く発光させてその目をくらませ、動きを封じる。


 千色たちも周囲に注意し、まだ動ける者たちを制圧していく。

 その間に我内が、宙に浮いていた巨大な防護壁魔法の屋根に、扉のない垂直の壁を設ける。


「封鎖完了!」

 我内の声に、被布賀は頷くと、背後の崖に向かって――テレパシー魔法を通して「龍郎! ぶちかませ!」と叫ぶ。

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