第24話 馬鹿力

 火事と寮生たちの寝魔法にまれながら、千色は奇跡的に妙案を思い付く。


 ――魔法がなければいいんだ。


「おとちん! 龍のドラゴン魔法を全部盗め! おいちいぞー!」

 また訳も分からず叫んだ千色だったが、眠そうな乙盗の顔は、一瞬でパチリと覚醒する。


「おいちい……?」

「そうだ! おいちいぞ! 一滴のこらず吸い取ってやれ!」

 乙盗は、千色が指差した先に視線を移し――。


「うわぁい」

 バンザイと共に喜びの声を上げると、窓からはみ出たまま膨張し続けるドラゴンの方に指の短い両手を向けて、千色しにぐんぐん魔力を吸収し始める。

「おいちい、おいちい」


 一方いっぽう千色は、ドラゴンから乙盗へと飛んでいく魔力の暴風からのがれて室外機のかげに隠れながら、乙盗が完全に眠らないよう大声を出し続ける。

「盗め! おとちん、盗め!」

 乙盗が龍郎から魔力を吸い上げるほど、ドラゴンの身体は小さくなり、寮を焼く炎も弱くなっていく。

 ――これは、上手うまくいきそうだ。


「おいちい、おいちい。みんなの魔力、おいちいなぁ」

 魔力……?

 乙盗の言葉が気になって千色が少し顔を上げてみると、そういえば、雨盛たちが出す音も小さくなっている。


 まだ少し寝惚けているらしい乙盗は、寝魔法で、無差別にこの慶桜寿八号館の寮生全員の魔力を吸収しているようだ。寮の建物内程度の距離なら何とかなるのは分かるが、普段は、死角にいる人から魔力を盗むことは下手へたくそなのに――。

 だが、構わない。今は、ドラゴン火災が止まりさえすればいい。


「おとちーん!」

 千色は、応援を続ける。

「おいちー!」

 乙盗も、魔力を盗み続け――。


「ごちそーさまぁ」

 魔力を好きなだけ盗んだ乙盗が、再びベランダの柵に顎を乗せ、満足そうに笑う。

 龍郎の部屋から飛び出していたドラゴンの首は消え、建物が壊れる音もんでいる。治島なおしますなおの部屋からはまだ小さな炎が上がっているのが見えるが、あの程度なら消火器や何かの魔法でどうにかなるし、寮生たちの寝魔法が収まった今なら、安全に寮内を移動して治島を助け出しに行くこともできる。


「お疲れ、おとちん。俺、ちょっとすなおの所に……」

 そこで振り返った千色は、魔力吸い取り作戦の大きなデメリットに気が付く。


 乙盗は、盗んだ魔法を


 だが、ときすでおそし。

 絶望した千色の目の前で、乙盗の身体がふくらみ、狭いベランダがはじぶ。

 一瞬で黄緑色のドラゴンに変身した乙盗は、初めてのドラゴンの身体で上手く飛べずに、寮の周囲を囲む通路に背中から落下する。


 通路のコンクリートはクッキーでできていたかのようにくだったが、ドラゴンの身体は丈夫だ。乙盗に怪我はないようで、船を二つ合わせたような口でがうがうと笑い声を上げながら、手足をばたつかせ、あちこちへ転げ回って草木くさきを折ったり、この八号館の建物を破壊したりして、大層たいそう楽しそうに過ごしている。

 ――これだけならいいのだが、これだけではない。


「おとちん! やめろよ! いま盗んだ魔法、一気に出すんじゃねえぞ! 魔力の増幅ぞうふくなんて、絶対すんじゃねえからな!」

 その千色の声が、初めてのドラゴン生活を楽しむ乙盗に届くことはなかった。


 がうがうと笑っていたドラゴンの口が、更に豪快ごうかいに笑って、くわっと開く。

 その口から出てきたのが炎なら、まだ良かった。

 乙盗ドラゴンが笑いながらはなったハイパー魔力ごたぜ光線が、ぐに千色へ向かってくる。

 千色の目に見えるのは、超光速で肥大する桃色の太陽。


 うん、終わったな。

 観念かんねんして目を閉じた千色のまぶたを突き抜けるほどの強烈な光が、慶桜寿八号館を包む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る