第21話 龍郎少年の勘違い

「そうだ」

 橋を渡り終えた龍郎は、細い道へと折れながら、何かを思い付いたかのように言う。

「なに……?」

 伝えるつもりのない気持ちは言語解読魔法では読み取られないが、言ノ葉は今、複雑な気持ちでいるのだ。何か気分の明るくなるような話ならいいが、余計に悩みが増えるようなことを言われると少し困る。


「俺は中学のとき、しょっちゅう女子に『女心について学ぶ刑』に処されていた」

 ――よかった。面白い話に違いない。

「その時に俺は、女性の言葉にある『裏の意味』を読めと教え込まれた」

「ふふふ」

 龍郎が女子たちに囲まれて、女心についてのレッスンを受けさせられている様子を想像すると、申し訳ないが、笑ってしまう。


「それまで俺は、動物状態の家族と話すときしか言語解読魔法を使っていなかったんだが、それからは、女性と話すときにも使うようにしたんだ」

 ――ということは、龍郎は言語解読魔法をきちんとコントロールできているのだ。それなのに、言ノ葉の方が上手うまいだなんて。

 そうは思ったが、言ノ葉は今、話の続きの方が気になる。


「そうしたら、世界が変わった。ある女性は口では『いいけど』と言っておきながら、実際には『絶対やめろクズが』と言っているし、また別の女性は口では『えー』と言っておきながら、実際には『めっちゃ嬉しい』と言っている。女性は全員、常に言語解読魔法を使って会話をしているんだな。どうして俺は気付かなかったんだろう」

 ――じゃあ、「言ノ葉さんならいつも、言語解読魔法を使っているだろ」って。


「あはは!」

 言ノ葉は耐え切れず、大声で笑ってしまう。

 まったく、龍郎の純粋な目ときたら――。

「違うよ、違う!」

 爆笑しながら言う言ノ葉を見て、龍郎は、無防備に少し口を開ける。

 ――きょとんとしているらしい。


「言語解読魔法をいつも使っちゃうのなんて、私くらいだよ! 『えー』って言いながら、喜んでる子は、ただ、そういう子なの!」

 言ノ葉には、人間の脳の働きやその男女差に関する科学的な知識はあまりないが――。龍郎は偶々、遠回りな表現をする女性と出会う機会が多かったのだろう。


「……女心を学び直す必要があるな」

 深く、深く噛み締めるように言った龍郎に、言ノ葉はもっと笑ってしまう。


「無裏君は、そのままでいてよ」

 どうにか少し笑いが収まった頃、言ノ葉は龍郎を見上げて言う。

 龍郎は無表情に戻っていたが、どちらかというと、少し困っているようだった。


「私は、無裏君の純粋なところが、素敵だと思う」

 裏の意味も何もない、素直な気持ちだった。

 そして言ノ葉は、龍郎が今、言語解読魔法を使っていても、いなくても、どちらでもいいと思った。

 言葉をそのまま受け止めてもらってもいいし、言語解読魔法を使ったうえで「今は特に裏の意味はないのか」なんて考えていても、龍郎らしくて面白いと思った。


「ありがとう」

 龍郎はただ、褒め言葉に対して礼を言った。

 言ノ葉も、嬉しくなった。


「……しかし、そうなると、大変だろう」

 寮の建物の並びが見えてきた頃、龍郎は顎に手を当て、何やら深刻そうに言う。

「何が?」

 龍郎が悩んでいる内容など、言ノ葉には想像がつかない。


「俺は、家族以外の人の言葉や仕草を言語解読していると、疲れる。何故かと思っていたんだが、どんな人であっても、普通は言語解読されることに慣れていないからなのかもしれない。言ノ葉さんが常に言語解読魔法を発動しているのなら、俺の何倍も疲れるだろうと思った」

「あ」

 なるほど、と言ノ葉は手を打つ。

「そうだね。そうかもね」


 言ノ葉は、他人から言語解読されるという経験自体は少ないが、言葉や仕草の裏に隠れた鋭い気持ちを全て読み取ってしまって疲弊ひへいするという経験が多いことから、自然と、他人に意思を伝えるための言葉や仕草には、ネガティブな気持ちをできる限り乗せないようになった。どうしてもネガティブな内容を伝えなければならないときでも、わざわざ言葉の裏に隠すようなことはしない。

 そうでない人は反対に、他人に真意を伝えるために、ネガティブな気持ちをしっかりと込めて話したり、表情を作ったりするのだろう。


 また、そもそも言語解読魔法というのは、「何かを伝えようとした表現者がその表現に込めた意味」と、「魔法を使う術者じゅつしゃが受け取った表現の表面的な意味」の間にあるへだたりが大きいほど、魔力を多く消費するうえ、上手く解読するのに高い技術が必要となる。


「だから俺は、必要のないときは言語解読魔法を使わない」

 言語解読魔法を使えばもちろん魔力を消費するわけであるから、龍郎にも、そして一般的にもそれは当然のことであるが、言ノ葉にとっては簡単なことではない。

「特に、千色や乙盗には言語解読魔法がらない。千色は言っていることと伝えたいことが全く同じだし、乙盗は、変なことを言いながら、伝えたいことも変だ」

「そうなんだ」

 言ノ葉は笑いつつ、同級生の男子からその友人の話を聞いていることを珍しく感じる。

 ――何だか、龍郎が友達になったようだ。


「言語解読魔法に疲れたら、千色と乙盗と話してみるといい」

 龍郎と言ノ葉は、男子寮と女子寮に続く分かれ道に来ていた。

「あの二人は、言語解読をしても楽しいままだからな」

 人間の龍郎の黒い瞳は、ただ、言ノ葉を見ている。


「話しかけにくければ、俺がまた顔面に怪我をして喋れなくなる。そうすれば千色と乙盗が、勝手に言ノ葉さんを呼びつける」

 言ノ葉は、その言葉に言語解読魔法は使わなかった。

 恥ずかしかったわけでも、怖かったわけでもない。

 言語解読魔法は、相手の伝えたいことを明確にする魔法であって、相手の本心を読み取る魔法ではないからだ。

 ――そして、「俺がまた顔面に怪我をして喋れなくなる」などと言っている人が、そこに別の意味を隠そうとするとは、言ノ葉には思えなかったからだ。


 しかし、言ノ葉にはどうやっても、龍郎の本心を読み取ることができない。

 ――それでも、言ノ葉は。言ノ葉の気持ちは。


 龍郎と千色と乙盗と、また四人で話したい。

 そして、龍郎と二人でも、もっと話をしたい。


 そんな気持ちを乗せながら、言ノ葉は頷き、「ありがとう。楽しみ!」と笑って言った。……それと、「わざわざ怪我する必要はないよ」とも言っておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る