35

「間違えていたのは僕たちの認識でした」


店を出るなりテオが改めてリシリー告げる。そして「行きましょう、こちらです」と付け加え歩き始めた。


「どちらに向かいますの?」


「城の方に、少し遠回りしながらですが」


「お城に……」


「20分程の距離ですが歩くのがつらくなったら教えて下さいね。あ、歩くの早くないですか?」


「早くはございませんわ」


「では、少しスピードを上げても?」


「多少なら、お急ぎになりますのね」


「ええ、夕食までに貴女を返すと執事さんに約束しましたから」


「あら」


「約束を反故にすると今度は僕が貴女の家に行けなくなる、楽しみにしているんです、リシリーさんとの食事」


「私との……?」


「ええ、貴女との」二人の横をバスがとおり過ぎる「あ、そうだ。リシリーさんは身長は170センチくらいですか?」


「……身長?」


「ええ、身長」


「そこまでありませんわ。165センチくらいですの。でも靴のヒールを入れるとそれくらいです」


「やっぱり。僕は身長はもう少し高くて体重は72キログラムです」


「わ、私…… 体重は」


「言わなくても大丈夫ですよ。律儀だなあ」


「もう…… でもなぜ、そのような事をお聞きに?」


「基準はご存じですか?」


「基準…… 1メートルは黒髪の魔法剣士が使っていた剣の長さで」


「正解です。重さについての基準は?」


「1キログラムが1リットルの水の重さ…… でしたか?」


「正解ですね、もっとも正確には4℃の水1リットルの重さです。では、1リットルはどう図りましょうか」


「1立方デシメートル…… だったかと」


「正解、すごいですね。よく覚えていらっしゃる。アカデミーまで聴講に来られるだけの事はある。で、最後にこれらの単位を導入した人物はご存じですね」


「黒髪の魔法剣士様ですわ、いつだったかの先生の講義で習いました」


「そうです。ちなみに王都の郊外にメートル原器が展示されている施設があるのはご存じですね?」


「はい、ふだん通っております学校の近くですので」


「ああ、そういえばそうでしたね」


「ええ」


「で、そのメートル原器が展示されている施設、昔は勇者の剣以外にも他の装備を展示したちょっとした博物館だったのはご存じですか?」


「いえ、そうだったのですか?」


「ええ、魔王討伐の際の装備品の他、カメラの原型となったものや、初期の魔導機関といった魔法剣士が新規に導入した物や発明した物、開発に携わった物のレプリカがズラッと展示されていたようですよ」


「初耳ですの」


「でしょう。まあ僕も生まれる前の事らしいですからね、知らなくても仕方がない。で、その中に暦に関しての展示がありました」


「暦ですの?」


「そう暦」


「えぇっと、今年が何年とかの……」


「ではなく、今日が何月の何日かを決めるほうですね」


「今日を決めるですか…… 今は8月ですから1月から数えて8番目の月で……」


「そう、そっちの暦です」


「これも勇者様がお決めになったの?」


「ええ、勇者様が。あ、勇者様」


「あら、私いま勇者様と言いました?」


「ええ」


「二人ですし勇者様と言ってよろしいですか? 黒髪の魔法剣士は長いから苦手ですの」


「リシリーさんが良いのであれば、僕もそちらが言い慣れてますから」


「では、そのように」


「わかりました。で、どこまで話したかな……? ああ、勇者暦の話しだ」


「勇者暦…… 聞いた事があります」


「おお、ご存じでしたか」


「はい、近所のご隠居様が昔そのように」


「そう、昔の人が勇者暦と呼ぶそれも名の通り勇者様が導入しました。この場合は新規にというよりも、より使いやすい物をと言った方が正しいですがね」


「使いやすい物、ああ旧暦」


「そうなんです、勇者様が導入した暦を今では太陽暦と呼びます。で、リシリーさんが言った旧暦ですね、太陽暦が導入された時より前の暦はその瞬間に太陰暦という名前が付けられ、今日こんにちでは旧暦と呼ばれるようになりました」


「たいいんれき」


「そう、太陰暦。太陰暦もいろいろ種類があったりするのですが、今日は時間が無いのざっくり太陰暦と呼びましょう。で、太陽暦はその名の通り太陽とのかかわりを暦にしたものですが。旧暦はどうでしょう」


「太陰暦と言うぐらいですから、お月様?」


「正解です」


「テストに加点ですね」うふふと手で口元を隠すように笑った。


「テスト? ああ、加点ですね」はははとテオもとぼけたように笑う。


「ところで先生? お城は先ほどの角を左では?」


「ええ、ですが少し回り道をと思いまして」

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