願いが叶うという力

ぽぽ

第1話 死んだ後

 ボクは死んだ。

 死因は気道の閉塞による窒息死。もっと詳しく言えば首吊り自殺だ。

 自殺の原因は…わからない。昇って来る朝日を見ていたら、発作的に縄を梁に結んでいた。躁鬱病であることがその原因かもしれない。

 そこまではよかった。べつに生きたかったわけでもないし、ボクのことを想っている人なんていない。

 だけど、問題はその後だ。

 ここはどこだ?あたりは一面真っ白。上も下もわからない。浮遊や落下をしている感覚はないけど、地に足ついた状態でもない。

 もしかして、ボクはまだ生きているのかな?首を吊った後、誰かに助けられて、それで今は夢の中。

 それとも…これは、転生?いや、だけど…

 ボクは自分の手を目の前にかざした。そこにはちゃんと肌色の物体がある。首を下に向けても、灰色のパーカーとジーパンを着てある。

 転生しているのだとしたら、今は母親の胎内か、卵の中か、あるいは無性生殖で生まれた生き物になっているか。そのどれかのうちだ。なぜ首を吊る直前のボクと同じ状態なんだ?

 考えても答えはわからない。やっぱり、今は夢の中というのが一番納得できる。けど、夢の中でこんなにもはっきりと思考ができるのかは疑問だ。

「もしもーし。もう起きた?」

 どこからともなく、声が聞こえた。女の声だ。あたりを見回しても人の姿はない。真っ白な空間だけ。

「起きてるっぽいね。何から説明したらいい?」

 声の主はやはり見えない。それに、これは鼓膜を伝わった音ではないような気がする。脳内に直接語りかけられている。それが一番適切な表現だろうか。

「ボクは死んだんですか?」

 その人に問うてみた。きっとボクの脳が作り出した幻だろうが、それでも何も聞かないよりはいい。

「そうだよ。死んだ。首をロープでくくってね」

「それじゃあ、ここはどこですか?」

「ここはまぁ、世界の狭間とでも思ってくれればいいよ」

 そう言われてもよくわからない。けど、この感じじゃ聞いても納得のいく答えは返ってこないだろう。

「あなたは誰ですか?」

「私は上位存在だよ。四次元に生きてる。安心して。言語は合わせてあるから」

 四次元…実在するのか。いや、これはボクの脳内でのできごとだ。これもボクの無意識の妄想なんだろう。

「私はあなたたちで遊んでる。いわばシミュレーションゲームってところかな。あなたたちが住んでる三次元の世界は」

 ボクが住んでいた世界は上位存在によって作られたシミュレーションゲームの中…まぁ、三次元に住む人間が、二次元のゲームをするのと同じか。

 ただ、ボクがいた世界が三次元のゲームだとしたら、二次元のゲームとは違う点がある。

「ゲームのキャラクターは、死んだらそれで終わりじゃないんですか?」

「データは残るけど、基本はそうだよ。でも、あなたたちは例外」

 あなたたちということは、ボク以外にも例外がいるということか。

「あなたたちは、バグで死んだからね」

「バグ…」

「そう、不具合だね。普通は、キャラクターごとにいつ死ぬかが決められているんだよ。だけど、あなたはその時が来る前に死んでしまった」

 ボクが首を吊る衝動に駆られたのは、バグのせいというわけか。

「あなたには精神疾患がついていたからね。それがあるとバグが起きやすいんだ」

「それについてはわかりました。それで、ボクは…例外は、死んでも終わりじゃないんですね?」

「そうだよ。例外には、これから別の三次元に行ってもらう」

「どうして?」

「バグの修正のためにだね。バグが起こるキャラクターには何か共通点があるんじゃないかって、いろいろ試して気付いたの」

「それは…精神疾患じゃないんですか?」

 言葉に出してから少し後悔した。そんなことはとうに検証しているはずだ。ゲームのキャラクターに指摘されるようなことを試していないわけなんてないんだ。

「一つの三次元では、一週間に一体くらいのペースでバグで死ぬキャラクターが現れる。そして、その中で精神疾患は四割くらい。多いけど、それでも六割は精神疾患を持っていないんだ」

「なるほど…それじゃあ、ボクはどこに行くことになるんですか?」

「バグ検証のための三次元。詳しく言うと、化け物とかがいっぱいいる世界。RPGの世界って言えばわかりやすいかな?」

 RPG…つまり、ドラゴンとか、オークとか、そういう幻想の生き物がいるのか。

「わかりましたけど…なぜそんなところへ?」

「いろんなイベントを起こした方がバグの原因がわかりやすくなる。だけどあなたがいた世界はイベントが少なすぎる。いろんなイベントが起こる世界ってなると、そういう世界が一番都合がいいんだ」

 いろんなイベント…いいイベントもあれば、悪いイベントもあるだろう。…まぁけど、ずっとこの真っ白な空間に居続けるよりは、そっちの世界に行った方がまだまし…なのかな。いろんなイベントが起こるってことは、余計な思考することもしなくてよくなるかもしれない。そうしたら、暗い気持ちにもならずに済むかな。

「…わかりました。それじゃあ、早速連れて行ってください」

「その前に一つ、大切なことを伝えておかないと」

 大切なこと…なんだろう。

「あなたに一つ、能力が付与するよ」

「能力?」

「そう、能力。超能力の方がわかりやすいかな。例えば、無から火を生み出せるとか」

「それになんの意味が?」

「その世界で簡単に死なないようにするため」

 それだったらボクを死なないように設定すればいいのでは?そう思ったが、それも想定済みだろう。ダメージを受けたり、死の恐怖を感じること、なんなら死ぬことでも、バグの原因を突き止めることにつながるのかもしれない。

「それと、新しい刺激を与えるため。あなたの世界にはなかった概念が付けたされることで、私にも予期できないような化学反応が起こるかもしれないからね」

 ゲームのプログラムはよくわからないけど、そんなものなのかな。

「能力はランダムで決められるよ。種類は数えきれないほどあるから、悪い能力になっても自分の運を恨んでね。まぁ、大体はかなり強いものなんだけど」

 べつになんの能力でもいい。生きたいわけじゃないし、死にたいわけでもない。だから、正直どうでもいい。

「あなたの能力は…あ~、ご愁傷様」

 どうやら悪い能力を引いたらしい。

「あなたの能力は『願いが叶えられる』こと。本来チートクラスに強い能力なんだけど…あなたには相性最悪かもね」

 相性最悪…願いが叶えられる…そうか。ボクだとデメリットにすらなりうるんだ。

「べつにいいですよ」

「そう?それじゃ、もうちょっと詳しく説明するよ。この能力は文字通り願ったことが叶うの。大量の金を手に入れたいって願ったら目の前にそれが出現するし、死んでほしいと願った相手は死ぬよ。ただし、心の底から願わないと叶わない。心の中で思うだけだと何も起こらない」

 本気で願わないと叶わない…余計にボクとは相性が悪いな。

「なるほど…その能力ならなんでもできそうな気もしますが…その能力でもバグの修正はできないわけですよね」

「そうだね。あくまでもゲームのプログラムの中で叶えられる願いだけ。例えば、四次元にあなたから干渉することは無理だね」

「大体わかりました。それじゃあ…ボクはその世界で何をすればいいんですか?」

「それは追い追い指示するよ。とりあえずは死なないことだね」

 死なないこと…やっぱり、能力があっても死のリスクは高いのか。

「これで大体説明は終わりだけど、何か質問はある?」

「大丈夫です」

 べつに聞いたところで劇的に何か変わるわけでもないんだ。ずっとベットに寝転がる生活にはもう戻れない。

「そう?まぁ、あっちに行っても私に話しかけることはできるから、わからないことがあったら聞いてね。それじゃ、いくよ」

 その声と同時に、ボクの視界は真っ黒に落ちた。

 どんな世界になるかは詳しくはわからないけど、前の世界よりはマシだといいな。

 まだ、今が夢の中という可能性も捨てきれてはないけど。

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