君との物語

Shota

2023年12月25日

高校に入学し、文芸部に入部して、季節は流れた。


2022年もあと7日。つまり、クリスマスである。


「寒っ」


今日は数年ぶりにこの辺りに雪が降り、辺り一面を白く覆い尽くしていた。

つまり、ホワイトクリスマスである。


現在の時刻は午後8時


日も暮れ、気温は10度を下回っており、吐き出す息が白くなっていた。

校門前で同じ文芸部員の彼女、加藤綾香を待っている。何やら部室に忘れ物をしたようで、教師に、校舎を追い出された僕は一人、寒さに肩をブルブルと震わせ、身を縮めながら寒さに耐えていた。

近くにある1つの街灯だけが自分の周りを照らすだけで、あたりはまるで、棺の中のような暗闇が広がっていた。

冬の冷たい風がコートの隙間を通り抜け、体の熱を奪っていっているのがわかる。

さっき、カイロ代わりに買ったホットミルクティーがとっくに冷たくなってアイスミルクティーになってしまっていた。


「ごめーん、翼。待たせちゃった?」


屈託のない笑みを浮かべながら、茶色のコートを着た彼女、加藤綾香は走ってきた。


「あぁ。待った、待った」


「そこは全然待ってないよ、でしょ」


「いや、待ったのは事実だし。というか、寒いんだよ」


冬の寒さに長い間当てられていた僕は、体の芯から冷えており、今すぐにでもこたつにダイブしたい気分だった。


「とりあえず、バス停に向かおう」


校門からバス停まではおよそ3分で、駅まで歩くとなると通常時でも30分はかかる。


「今日はバス遅れるかもって言ってたし、歩かない?」


「いや、寒いからバスがいい」


でないと、死んでしまう。


「それもそうだね」


そうして、僕たち二人はバス停へと足を進める。


「そういえばさ、翼。入学式の時のこと覚えてる?」


「覚えてるよ。校長のカツラがズレたやつだろ」


「そう、それ!あの時さ、校長先生気づかなくてさ、周りの人もわらってたよね〜」


ハハハ、と綾香が笑い声を上げる。

その笑う姿を見るといつまでも一緒にいたいと、そう思ってしまう。


「夏休みには執筆のリサーチで翼と九十九里浜に行って泳いだし」


「ほとんど綾香の屋台巡りに付き合わされた記憶しかない」


「そうだっけ?あと、文化祭は翼と色々なクラスを回ったよね」


「ほとんど食べて回ってただけだったと思うけど」


「...そんなに私って食べてばっかだった?」


「冗談だよ」


「もう!」


「ごめんって」


綾香は不機嫌になり、ハムスターのようにほっぺを膨らませた。

そうこうしているうちにバス停に着き、時刻表を確認する。


「次のバス40分後だって」


「雪で遅くなっているだろうし駅までは歩こっか」


「でも、滑りやすくなっているだろうし、バスを待とうよ」


「でも...」


「頼む」


でないと、死んでしまう。


「はぁ、分かったよ」


ため息をつきながらも、どうやら一緒に待っていてくれるらしい。そして僕たちの中で沈黙が流れた。バス停で、たった1つの街頭に照らされているこの場所は、まるで世界から切り離されたかのようにゆっくりと時間が流れた。この時間が永遠に続けばいいのにな、と意味のないことを考える。永遠なんてありえない、必ず終わりはやってくる。


どれくらいの時間が過ぎたのだろう.......終わりは突然やってきた。











「ねぇ、覚えてる?」


綾香は突然、僕にそう尋ねた。


「覚えてるって何を?」


「二人だけの文芸部で君が私に最初に言ってくれたこと」


「あぁ、覚えてるよ。"君の物語を描かせてくれ"って言ったことだろ」


「あの時は突然言われたから驚いたよ」


ふふふ、と綾香は笑った。


「仕方ないだろ、本当に一目惚れだったんだから」


僕は照れながらそう言った。


「ありがとね」


「お礼を言う必要はないよ」









「ありがとう」


「だから、お礼を言う必要は...」


「私とのを書いてくれて」








ハッとして僕は辺りを見渡す。そこには先ほどまでとなんら変わりのないバス停と雪景色が広がっていた。そして、僕の手にはスマホが握られていた。しかし、そこには彼女の姿はなく、足元の雪には自分の足跡しか残っていなかった。


当然と言えば当然である。


何故ならこれは僕が、去年の、彼女の物語を書いたものなのだから...



いや、正確に言えば、去年のあの日、僕たちは歩いて駅まで帰っていたのだ。

そして、駅前の近くの交差点で、僕たち二人はトラックに轢かれた。

雪でタイヤがスリップした結果、起こった事故らしい。


轢かれた直後は何が起こったのかも分からず、



急に世界が回った。

痛みはなかったが、体が思うように動かなくなり、気づけば意識を失っていた。


しかし、意識を失う直前に見た彼女は、今でも忘れない。

頭から血を大量に流していて、地面に降り積もった雪にその血が染み込んでいった。それはまるで、雪が彼女の命を吸っているように見えた。


それ以外に外傷はなかったため、ただ眠っているようにも感じられた。


次に目を覚ました時、僕は病院のベッドの上にいた。

あのあと、トラックの運転手が救急車を呼んでくれたお陰で僕は一命をとりとめたらしい。

が、綾香はもう、手遅れで...


最初は、自分が助かったことに安堵した。

しかし、その後、綾香の死を聞かされて、僕は激しく動揺した。

彼女が死んだ、ということがとてもではないが信じられなかったのだ。

その後、先生が、綾香から僕宛てに手紙があったと言って手渡してくれてくれたが、綾香の死の衝撃が強すぎて、内容はよく覚えていない。

病院に入院している間に葬式は行われた。

結局、僕が最後に彼女の顔を見たのはあの時が最期になってしまった。


退院した後、学校に行き、いつものように文芸部の部室へと行った。そこには、最後にここに来た時と何ら変わらない風景がそこにあった。そこに綾香がいない、そのことを除けば...


その瞬間、僕と彼女が過ごした日々の記憶が濁流のように押し寄せてきた。

息が苦しくなるにつれ、呼吸もどんどん速くなる。

そして頬には何か熱いものが流れていた。


そう、この時にようやく、僕は彼女の死を実感として持ったのだった。



そして、感じたのは、悲しみというよりも喪失感だった。



心の欠けてしまった隙間がズキズキと痛む。



まるで、腕がないのに痛む幻肢痛のように...いたい



その苦痛に耐えかね、窓から飛び降りようとした。



しかし、できなかった。



怖かったのだ、死ぬのが


彼女はもういないというのに...



生きることも死ぬこともできない僕は、どうすれば良いのだろうか。



この後も生き続けなければならないのだろうか。



この空虚な心とともに...



そして、僕はいつの間にか、いつも執筆に使っていたスマホを手に取っていた。そして、これまで辿ってきた僕と彼女との物語を書いていた。



この空虚を、欠けてしまった心を、少しでも埋めるために...



そして、彼女の物語を書き続けて、いつの間にか、綾香が死んでから今日で丁度、一年が過ぎようとしていた。



「何でそんな事を言うんだよ」


これは、物語だといった小説の中にいる彼女に言い放つ。


「分かってるよ、こんなことをしても何も変わらないことぐらい、死んだお前が戻ってこないことぐらい。全部無駄だって分かってる。分かってるんだ...けど、心に空いた穴を少しでも埋めたかったんだ。もっとずっと、お前といたかった。けど、どうしようもなかったんだ」


何度だって思った。


あのとき、あの交差点を渡らなければ....


あのとき、歩きではなくバスで帰ってたら....


そうしたら、今でも綾香は生きていたのではないか、と。


でも、起こってしまったことを覆すことはできない。どうしようもないんだ。


「なぁ、答えてくれよ。僕はどうすればいいんだ」


この問いかけに対する答えは、一向に書き込まれなかった。それもそのはずだ。書いているのは僕自身で、僕がわからないことを書けるはずもない。


「翼」


不意に後ろから声がした。弾かれるようにして振り返ると、そこにはいるはずのない彼女、加藤綾香がそこにいた。


「久しぶりだね」


「綾香...生きていたのか?」


「生きてるよ。たしかにあの時私は死んだよ。でもね、翼が蘇らせてくれたの。翼が書いてくれた私達の物語でね」


「僕たちの、物語...」


「そうだよ、翼。あ、そうそう、忘れてた。翼の忘れ物を渡そうとしてたんだった」


はい、これと彼女が渡してきたのは一通の手紙だった。そこには、一文だけ



"私とあなたの物語を書いてください"



そう、これは1年前、彼女が僕宛に書いた手紙に書いてあったものだ。


「全く、ひどいよ。私の最初で最後の告白文を忘れるなんて」


ハハハ、と彼女はあの日と同じように笑った。


「でさ、翼はどうすればいいのかって言ったよね。言ったじゃない、ありがとうって。

私の願いはたった一つ。私と翼の物語を書いて欲しい、それだけだったんだよ。だから、翼が書いてくれただけでもう十分なんだ。だから、私のことは忘れて...」


いいや


「十分じゃない!」


僕は綾香の言葉を即座に否定した。


この彼女の物語を書くことを自分だけの代償行為としか思っていなかった。


けれど、彼女が、綾香が僕との物語を書くことを求めていたんだ。それなら、それなら僕は...


「忘れてだって?君のことを...?忘れたいわけ、忘れられるわけないだろ!この物語はまだ終わってない、終わらせない!僕が、いいや俺が、君をもっと先の物語未来に連れて行ってやる。だから...だから十分だなんて、忘れてなんて言わないでくれ」


そう言って、綾香の顔を見る。


綾香は頬から涙を流していた。

そして、あふれた涙を拭いながら、僕に微笑んだ。


「ありがとう、翼。これからも、私と翼の物語をもっと未来へと連れて行ってね」


”またね”


そう言い放って、綾香は風景に溶け込むように消えていった。


気がつくと、バス停にバスが止まっていた。


”行こう”


そんな綾香の声が聞こえた気がした。


(あぁ)


そう返事をし、僕はバスの中へと一歩を踏み出した。


そうだ


今までも、これからも


僕が書くのは君の物語じゃない




       君との物語だ


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君との物語 Shota @syouki0905

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