野良聖女はお節介で世界を救う

えだまめのさや

第1話 プロローグ:転生

「うわー・・・、見事にぺちゃんこですね」


 私、小早川早苗こばやかわさなえは宙に浮くディスプレイに映し出される凄惨な土砂崩れのニュースに見入っていた。

 リアルタイムで緊迫した現場実況のアナウンサーが読み上げるのは、何を隠そう私が土砂の下敷きになっていて、今現在も懸命な救助活動が続いているという内容だ。

 アナウンサーの背後には消防車や作業車と見られる車が何台も止まっており、大型の重機も見える。そこにいる誰もが私を探しているのだと思うとなんだか少し笑えてしまった。なにせ、私はもう死んでいるのだから。


「本当に申し訳ありません。本来であれば男神おがみに介入されるなど見逃すはずがないのですが、油断しました」


「いやいや、女神様のせいじゃないですって」


 背後に振り返る私。

 そこには白衣に身を包み、金色に輝く絹に見違えるような髪を結えた女神様がいた。

 笑えば誰もが魅了されるであろう美女は、しかし今にも泣き出しそうな鎮痛な面持ちである。

 ここは天界、とでも呼べばいいのだろうか。

 私と女神様しかいない空間は、つい先ほどまでひたすらに謝罪する彼女とオロオロしながらも慰める私という、なんとも不可思議な光景が広がっていた。ようやく落ち着いたと思ってつい「私ってどんなふうに死んだの?」と聞いてみたらこの映像を見せてくれたわけだ。

 おかげで女神様の瞳がまた潤んできてしまっている。


 ──ことの次第は次の通りだ。

 初夏に差し掛かった普通の休日。私は旧友の傷心旅行に付き合わされてとある山奥の鍾乳洞と温泉巡りをする予定だった。

 運悪く友人は電車の遅延に巻き込まれてしまい、待っているのも暇だからと私は一人で鍾乳洞に向かおうとバスに乗車。山道を走るバスに揺られながらウトウトしていたのだが、突如大きな音を立てて山の斜面が崩落。

 あまりの出来事に何が起きたのか分からなかった私は、気づくとこの空間にいて、隣で必死に頭を下げている女神様に出会うわけとなる。

 ちなみに旧友が電車に遅れて土砂崩れに巻き込まれなかったのには訳があり、どうやら女神様が私に接触したい理由があったらしく、ひとりで鍾乳洞に向かうように仕向けたらしいのだ。


「貴女に授けたい能力があったんです」


 ファンタジー小説のプロローグのようなことを言う女神様。とはいえ私は死んでしまって、女神様の思惑も随分と狂っているようだ。


「それをあのストーカー男神やろうが・・・!」


「ストーップ!熱くならず、クールにいきましょ、クールに」


「そ、そうですね。深呼吸よ、わたし」


 女神様も深呼吸するんだ、なんて思ってしまう。


「それで、ストーカーだか男神だかってのは、誰なんですか?」


 幾分落ち着いた女神様がポツポツと語り始める。


「アレは別の世界の神です。随分前に神々の世界創造談義のみかいで一緒になったことあるのですが、アレはこの地球、特に日本の文化に非常に興味を惹かれ、強く影響を受けたのです。さらに自分が担当している世界に神の権限で介入し、改変を始めました。いわゆる剣と魔法、魔物や亜人種がいるファンタジーな世界へと」


 まさか神様がファンタジーの世界に憧れるとは思わなかったなぁ。

 「それがただのファンタジーを下地にした世界であれば、どれほど良かったことか」と、女神様の話はまだまだ続く。


「アレは元々嗜虐しぎゃく、サディスティックな性格を持ち合わせていました。そのためアレが管理する世界は苦しみに満ちています。私は責任の一端が自分にあると思い、何度も改善をするように忠告しました。しかしアレは態度を変えず、私はこれ以上日本の文化に触れさせないように、アレと地球との繋がりを絶ったのです」


「あー・・・。なんとなく先がわかりました」


 似た話を身近で聞いた、というかその傷心旅行に付き合わされていたのだから。

 ストーカーじみた行動が限度を超えて関係が破綻。けれどストーカー側は一方的な関係をなんとも思っていないから「どうしていきなり冷たくするんだ」と余計に付き纏ってしまうのだ。連絡の手段がないから直接家に出向いたり職場で待ち伏せしたりと、側から見れば迷惑防止条例に引っ掛かることを平然とするし、それを問いただしても「そうしないと連絡すらとれないのだから仕方ない」と開き直る。


「アレもまさにそのような状態でした。もっとも、アレが興味を示していたのは私ではなく日本の文化でしたが」


「そうは言っても、私が死んだ原因も男神の仕業なんですよね?」


 女神様は静かに頷く。


「おそらくですが、貴女に授けようとした能力を警戒したのでしょう。私もアレの介入にはほとほと困っており、仕返しのために準備を進めていました。それが次元を渡る力と、貴女という存在です」


 ほほう?褒めてもなんも出ませんよ?何せ死んじゃったので──ってああっごめんなさい女神様そんな泣きそうな顔をしないで!

 宥めつつ、私は自虐で思ったことを口にする。


「そうは言いますけどね女神様。こんなお節介が好きで好きで、好きすぎて付き合った彼氏全員に『おかんにしか見えない』と言われて振られ続けてもうアラサーな私ですよ?そんな私に何をさせようと?」


 自分で言っていて悲しくなってきた。しかし女神様はガバッと身を乗り出して来たかと思うと、力強く言い放つ。


「そんな貴女だからこそ!アレの世界の人々を救ってくれると考えたのです!日本人の貴女であればファンタジーへの理解もあるでしょうし、何より私の導きで理解してくれると。──それをあのクソ男神めがっ!」


「ストーップ!つ、つまり女神様は私に別の世界に行き、困っている人々を助けさせようと?」


 まさか私のお節介が世界を救うきっかけになっていたなんて想像だにしなかった。それこそファンタジーの何者でもないが、今こうして目の前に女神様がいて私が死んでしまっている状況では理解せざるを得ない。


「はっ、取り乱しました。──アレが担当している世界の人々は今、絶望という綿で徐々に首を締め付けられている状態なのです。彼はそれが楽しくて仕方がない、さらにじわじわと苦しめる方法を得ようと地球にやってくる。非常に腹立たしいのですが、神が望んだ世界の体現というのは、その神の神力を高めます。このままでは近いうちに私の力よりもアレの神力が上回ってしまい、地球への干渉はより酷いものとなるでしょう。下手をすれば地球を乗っ取られることもあり得ます」


 なるほど。女神様も単純に困っているから助けようというわけではなくて、ちゃんと打算があって手を打とうとしていたわけだ。 勝手に死んじゃってすみませんとでも言いたくなる。

 だが、女神様は何故だかしたり顔である。


「しかし状況は最悪を免れました。──いえ、貴女には悪いですが最良といっても良いかもしれません」


「それはどういう・・・?」


「私の神力を持ってして、貴女を転生させます」


「転生・・・?」


 女神様の手元にいくつかのウインドが現れる。指で拘束タイピングしていっては次々に消えて現れるウインドと作業風景に「OLか・・・?」と目を見張る。

はたからみるとファンタジーというよりもSFチックなんだよなぁ。男神もファンタジーに惹かれたとか言っていたけれど、案外神様というのは思っていたよりも現実的なのかもしれない。

 なんてことを考えていたら頭上から突如としてファンファーレが鳴り響き、「適正職業、聖女を取得しました」「女神の加護を得ました」「追加スキルとして気配遮断、隠密を取得しました」「エクストラスキル、神よけを取得しました」と次々と言葉が降ってくる。


「な、なんですかこれは」


「今与えたのはの世界のスキルと適正職業と呼ばれる生来の能力、それに私の加護です。これを持ってして貴女には転生してもらいます」


 どうやら私が転生することは確定事項らしい。うん、断ったところで拒否権なんかないよね、知ってた。 けど私が転生したところで、お節介を焼いてどうすればいいのだろうか。

 そんな心配が顔に出ていたのか、女神様は「大丈夫ですよ」と優しく声をかけてくれる。私が男だったら一発で惚れてしまうような優しさだ。


「貴女にやってほしいことはただ一つ。幸せになってください。周りを巻き込んで、世界を巻き込んで、幸せになってください」


「しあわせ・・・?」


 あまりに漠然とした願い。そもそも前世──うん、前世ってことでいいか、前世で結婚すらできなかった私に幸せになれとは酷じゃないか?


「深く考える必要はありません。貴女は貴女が思うがままに、お節介を焼き、みんなを笑顔にして、貴女も笑顔になってください。それがあの男神の力を削ぐ近道です」


「・・・その割にはなんか隠密とか、物騒なスキルがあった気がしますけど」


「それは保険──いえ、護身用ですね。あの世界は物騒ですから。与えた隠密と気配遮断のスキルを併用すれば貴女は誰からも見つからずに行動できるでしょう。たとえ群衆に晒されようとも、二つのスキルを併用すれば貴女は誰にも見つかることなく、逃げることが出来ます」


 物騒すぎやしないですか女神様。え、そんな世界に私、行くの?

 私の抗議の目から顔を逸らし、女神様は素知らぬ顔で続ける。


「それともう一つ。聖女という職業は言わばヒーラーであり、神職です。しかし貴女があの男神に見つかるのはまずいので、神よけというスキルを与えました。これは男神の息がかかった者や男神の信託を受けている者から貴女を遠ざけます」


「なんか矛盾に感じますけど・・・。そうなると女神様とも連絡がとれないのですか?」


「そこは心配ありません。貴女には私の加護を授けていますので、これがある限り私と貴女との関係に、神よけは発揮されませんよ」


 その言葉に少し安心したが、それにしても随分と大盤振る舞いだ。最近のファンタジー小説でもここまですごい能力を最初からもらうなんて事があるのだろうか。


「怪我の功名と言いましょうか、これだけのスキルを付与できるのも貴女が魂だけの存在になっているからですよ。もし肉体があった場合はこれほどまでの改変はできないでしょう」


 「買ったばかりのパソコンと同じで、綺麗な状態だとエラーも少ないんです」と説明してくれた。ううむ、やっぱりファンタジーよりも現実チックだなぁ。

 ふと、空間に明るいもやがかかり始めた。途端に女神様に焦りが見える。


「──すみません、どうやらあまり時間がないようです」


 女神様の指捌きが一段と早くなる。次々と現れるウインドを瞬間的に処理していき、透けて見える「確定」のボタンを連打し続けている。


「なにかあったんですか?」


「あの男神は今、貴女の排除に介入したついでに地球にいます。どうせまた秋葉原にでも入り浸っているのでしょう。私はそれを見越して、アレが帰る時に発生する次元の波に合わせて貴女を送るつもりなのですが、どうやらアレはそろそろ元の世界に帰るようです。おそらくどこかにバックドアでも仕掛けたのでしょうね」


「つまり、いつでも出入りできるってことですか?それって結構まずいんじゃ」


「はい。そちらについては私の方でも対処しますが、しかし同時に貴女の存在も隠しやすくなります。男神が地球にきている間は私もあちらの世界に干渉しやすくなり、貴女のサポートもしやすいでしょう。もちろん別の世界への干渉は時間制限も限界もありますが、まだ私の神力のほうが上なので、多少無理する程度でできるでしょう。──ただし」


 ピコーンと軽快な音が響き、続いて「すべての項目が設定し終わりました。転送を開始するには最終決定ボタンを押してください」とアナウンスが流れる。


「このまま男神が力をつけていくような状況になれば、私の介入も難しくなります。──ああそんな顔をしないで。大丈夫、私が見込んだ貴女ならきっとできる。だからそのお節介で人々をたくさん助けてあげて」


「わ、私に本当にできるでしょうか」


「大丈夫、女神である私が保証します。自信をもって」


「で、でも私これまでお節介ばかりで人にモテようと思ったこともなければオシャレもあんんまり──」


 女神様の表情が固まった。

 かと思えば怒涛の勢いで消えたウインドを再度出していき、目当てのウインドを見つけるとハッカーも真っ青なタイピングで何やら修正を加えていく。時間にして十秒も満たないところで女神様がやり切った笑顔を向けてきた。


「大丈夫!貴女はあっちの世界に行ったらきっと周りがほっとかないぐらい可愛くしておいたから!だから、心配せずに行ってらっしゃい!」


 見れば、女神様の人差し指が最終決定ボタンを押していた。

 視点が急速に。女神様の姿が点になったかと思えば突如暗闇が広がり、星々が広がる。さらにその点が流れ星のように尾を引く線のようになり、徐々に視界が光で満ちていく。

 そうして、私の意識は光と溶け合い、混ざり、自我を失った。

 

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