レクイエム [中]
少しずつ少しずつ、高度が上がっていく。
機体は12200ft(12200フィート〘3718m〙)まで到達し、耳に張るような違和感を覚える。
そして俺は無意識に喉を動かす。
すると、急激に音が鮮明に聞こえだし、機体の飛行音と、私と副操縦士の動かす操縦ハンドルの音だけが聞こえる。
その音は、何度も何度も聞いている音のはずだが、今回だけ昔のことを思い出させた。
私が思い出に慕っていたのは、もっと若い頃、自衛隊にいた頃の思い出だった。
その頃、乗客室では、沢山の人の話し声があった。
トランプをして遊ぶ数人の青年達。
窓下に映る景色を写真に残している家族や。
席でぐったりとよこだわる、飛行機酔いの女性や。
駆け足で前側に、トイレに向かっていく、男性などと、それぞれ目的は別々だが、彼ら、彼女らは空の旅を楽しんでいた。
その光景は、今の時代には感じることのできない空間で、それぞれが楽しそうに喋っている空間だった。
その時間は、最高の空間だった。
一つの少女の言葉が流れるまでは…
「あそこみて!変なものが見えるよ!」
「あ、ホントだ。こんな高い場所に鳥なんて来れるんだな」
そして、その少女の父親は、持っていたカメラをその方向に向け、一枚の写真を撮る。
「レーダーになにか飛翔体が飛んできました。これは一体?」
「……」
副操縦士が私に疑問そうに言ってくる。
この動き、そしてこの速さ……
その時、レーダーに写っているものと、昔レーダーに写っていた飛翔体の動き、速さが重なる。
それは私が自衛隊の頃に、見た光景と一致していた。
バンッ
「ただいま緊急降下中」
「酸素マスクを着用してください」
響くサイレンとその音に、乗客たちの話し声は一瞬にして消え去った。
「スコーク7700」
私は焦る感情を抑えながらそう管制塔のものに伝える。
「スコーク…7700ですか…」
副操縦士は、焦る様子を隠せきれない様子で、ハンドルを一時的に手放す。
そうなるのも仕方がない。スコーク7700というものは緊急事態に遭遇したときにしか言わないコードであり、それを副操縦士は体験したことがなかった。
「管制官、羽田空港に戻りたい」
『了解、右迂回で羽田空港に戻れ』
「了解、副操縦士。右迂回を始める」
私がそう伝えると、副操縦士は酷く怖がった様子でハンドルを何度も動かす。
「…だめだ、油圧系統がおかしい。操縦ができなくなってる…」
「仕方がない。横田基地に向かうことにする。緊急着陸の許可も得た」
「…はい…」
乗客室は、さっきまでの楽しそうな雰囲気ではなく、なにかに恐れるような話し声が聞こえる。
「高度がどんどん落ちてるぞ!」
「ちかこ!しんじを頼む!」
「この飛行機は大丈夫なのか!」
そのような声ばかりになってしまっている。
「聴いてください!いまこの飛行機は緊急着陸をします!酸素マスクを着用しなくてもよいですが、座席下にある救命胴衣を着用してください!」
「…この飛行機は落ちないか?」
「はい……私達は訓練をちゃんと受けています。機長も長年のベテランです。絶対に大丈夫です」
「機長…」
「この操縦も少しずつ慣れてきた」
油圧系統が故障したり、使用不可になったとしても、ある程度は操縦することができる。しかし、その操縦ハンドルの重さは通常の7倍に匹敵し、2人のハンドルだけで乗客とこの機体を支えることになる。
これは一流の操縦士でも、とても難しい技術だ。
だが慣れてきて、ある程度進路を変えたり、滑空させたりすることができるようになってきて、もう横田基地までは数十キロで、機体は着陸できる体制になっていた。
俺はみんな助かれる。そう思っていた。
そして、機長が口を開けた…
「そんな!このままでお願いします!」
必死に声を上げる機長。それは今まで見てきた機長ではなく、俺の知らない機長だった。その表情、発言で、俺は不安になる。
助かるのだろうか…そう自分の中で問いかけた…
その質問は、意外と早く帰ってきた。
「これはだめかもわからんね…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます