機械仕掛けの恋心

蒲生 聖

第一話:未来への扉をノックする

 スマートフォンのバイブレーションの音が聞こえた。

 

 千紗はいつものように、無造作に床に広げた本に視線を落としていた。目の前には、ひとつも読んでいないページが積み重なり、彼女の脳内に鳴り響くのはページをめくる音だけだった。


 リラックスをしていたその瞬間に部屋の静けさを破るように電話が鳴ったのだ。ベルの音が穏やかに響くが、その響きにはどこか不安を煽るような陰りがある。


 「またか…」


 千紗はため息をつき、テーブルの上に放りっぱなしの携帯を手に取った。画面には「お母さん」と表示されている。


 心の中で小さく呟く。

 「どうせまた、あの話だろうな」


 なんとか電話を取ると、母親の少し苛立った声が耳に飛び込んできた。


 「千紗、どうしてあなたはいつもこんなに無責任なの?もう26歳よ。そろそろ真剣に考えなさい」


 千紗は目を閉じた。頭の中で母親の言葉が反響し、彼女が大学院を卒業してから半年以上、ただ部屋に閉じこもっていた日々が思い起こされる。


 彼女は大学院での研究が終わった後、自分が何をしたいのか、どう進むべきか全く分からず、とりあえず就職した会社の方針にも合わず、堕落した日々を過ごしていた。


 「わかったわ、わかってる。でも、田舎の畑仕事なんて、私には合わないって何度も言ってるじゃない」


 千紗は冷たく言い放った


 電話の向こうで、母親が一瞬沈黙した後、強い口調で返答してきた。


 「あなたがどれだけこの状況を気に入らなくても、家族には責任があるでしょう?」


 母は言葉を続ける。


  「それに、あなたが少しでも手伝ってくれたら、家計の助けになるし、心も落ち着くと思うのよ」


———反抗してはいけない。わかってる……わかってるけど……


 「私が手伝っても、結局どうなるわけ? 田舎での生活が私に合うわけじゃないし、何かが変わるわけでもないでしょう」


 「そうやって否定的になるのは、ただの逃げ口上よ。あなたが本当にやりたいことを見つけるために、まずは現実を直視しなきゃならないわ」


 その言葉に千紗は冷静に息を吐きながら言葉を鋭くした。


  「現実を直視するためには、どうしても自分がやりたいことが見つからないと意味がないのよ。」


 少し沈黙が続いた後、母が口を開いた。

 

 「それなら、自分で何か挑戦してみるのも一つの手かもしれないわね。例えば、あなたが興味を持っていた機械工学をもう一度試してみるとか」


 「でも、過去に散々苦しんできた機械工学を、もう一度やっても意味がないんじゃないかと思うの」


「それなら何か新しい方向を探してみるのもいいわね。でも、焦らずに自分が何をしたいのか、しっかり考えてみなさい」


 母の話を聞けたのはここまでだった。


 そうして、千紗はうーんと背伸びした。、窓から入る淡い光が彼女の顔を照らし、部屋の空気を少しだけ暖かく感じさせた。


 しかし、その温かさは彼女の心を温めるには不十分だった。


 頭の中には、今の自分にどう向き合うべきかの混乱が広がっている。彼女は深いため息をつきながらまた、ごろんと寝転がった。


「あーもう! ほんと嫌になる」


 ため息混じりに吐かれた不満が辺りに充満している。


 そうしていると、スマートフォンから18時のアラームがなる。そういや在社中に定時でアラームを設定してたんだっけ…


 だが、驚くことにアラームの音が次第に大きくなり耳をつんざくような轟音に変わった。スマートフォンからは音だけでなく、光も溢れだしてきて、とあるサイトに繋がった。


 それはという見出しのあるページだ。その画面の中央には名前入力の欄がある。しかも、登録しろだと催促されている。


 トーマスとか言うもんだから青い蒸気機関車かと思ったが、ページの至る所に散りばめられた電球や発明という言葉などから『トーマス・アルバ・エジソン』を指してるのではないかという疑念が湧いてくる。


 エジソン…世界一の発明家だ。彼の評価は世界中でも底知れない。


 発明家としての才能だけでなく、商業的成功や実用的な技術開発でも大きな影響を与え、彼の電球の発明は、家庭や産業の電化を促進し、近代社会の基盤を築いたのだ。


 それに、私の憧れの人でもある。親に強要させられて始めた機械工学の勉強も彼がいたから続けられたのだ。


 そんな思いがあったからこそ、よく分からない謎のサイトのトーマスの発明の種とやらに登録してしまったのだろうな。


 ——


 朝の光が薄く、空気は冷たく感じる。目覚まし時計の音が耳に残り、布団の中に沈み込むようにしたくなる。


 だが、窓の外に目を向けると、雲間から光が差し込み、ほんのり暖かい空気が漂っている。何か良いことが起こりそうな、わずかな希望が朝の静けさの中に感じられる。


 すると、家の静けさを破るようにインターホンが鳴り響く。千紗は眠い目をこすりながら、ドアの方へ歩み寄る。誰がこんな早朝にやってきたんだろうか…?


「はい、どちら様ですか?」


「おはようございます。 株式会社『トーマスの発明の種』の朝田と申します」


 

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