第6話
「そろそろ戻ってきて貰っていいですか?」
「……っ!」
過去の記憶に思考が行っていた私を正気に戻したのはマリアの声だった。
それに反射的に顔を上げた私の目に入ってきたのは、呆れを隠す気のない表情を浮かべたマリアだった。
「ライラ様は、わかりやすいですわね」
その言葉にさすがに何も言えず、私は無言で顔を逸らす。
さすがに何か言われても仕方ない、という自覚はその時の私にもあった。
「まあ、とにかくこれでスリラリアを手に入れるまでに時間もかからないと思うわ……!」
「後公爵家が後ろ盾になってくれさえすれば、ですわよね」
「ええ」
マリアの言葉に私はうなずく。
そう、スリラリアを自分のものにする為に私はずっと動いてきた。
もう独立に必要なピースは決して多くない。
それどころか、後一つの要素さえ完成すれば私達の独立は確定したも同然だった。
「新公爵様の準備が終われば私達は独立できる」
「ようやく、ですね……」
私の言葉にそうつぶやいたマリアの顔には万感の思いがこもっていた。
それもそうだろう。
本当に今まで、どれだけの障害に私達があらがってきた事か。
マキシムというマイナスなことしかしない爆弾を処理しながらの日々は本当にとんでもない日々だった。
それを思い出したのか、マリアの顔には疲労が滲んでいる。
その最中、急にマリアの表情が変わった。
「……本当に公爵様は信用できるのですか?」
「ええ。私が保証するわ」
「それほどまでですか……」
即答した私に、マリアがわずかに驚きを露わにする。
それもそうだろう。
何せ、容易く人を信用する危険性は私も理解している。
何なら、私も自分が即答したことに少し驚いているほどなのだ。
しかし、その言葉は私の本心だった。
「あの人はきちんと地獄を知っているわ。同時に、味方に恩を返すことの重要性も理解している」
「ふむ……」
「それに……。いえ、やっぱりいいわ」
そこまで言って、私は自分の言葉を途中で止める。
今から自分の言おうとしていた言葉が根拠のないものだと理解していたが故に。
……彼は信用できる空気をまとっている気がする、なんて。
「ふーん」
「な、何よ」
しかし、言わないでも理解できたのかマリアの顔に嫌な笑みが浮かぶ。
これはマリアにからかわれる流れだ、そう理解した私は思わず構える。
「奥様、旦那様がお呼びです!」
扉の外、私を探す声が聞こえてきたのはそんな時だった。
これ幸いと、笑みを浮かべた私は部屋から飛び出す。
「ありがと、今行くわ……!」
これでマリアの追求から逃れられる、そう判断した私はにっこりと笑い。
……マリアの険しい表情に気づいたのはその時だった。
「マリア?」
「ライラ様、何か嫌な予感がします」
「っ!」
マリアの予感はよく当たる。
それを知るが故に、私の顔はすぐに険しいものとなる。
そんな私を見て、マリアは続ける。
「……マキシムに注意を払っておいてください」
その言葉に私は、廊下の向こう無言で私を待つ侍女に目をやる。
先ほどまで幸運の女神に見えた彼女が、地獄への死者に見えた。
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