第5話

「フードの王子様!?」


 想像もしない言葉に私は思わず目を剥く。


「そ、そんなこと私言った?」


「いえ、話しているときの目がまるで恋する乙女のようだったので」


「誇張しないでもらえる!?」


 マリアを睨みつけると、軽い冗談ですのにとマリアはわざとらしく泣き真似をしてくる。

 それを無視しながら、私はマリアの言っていた人を思い出す。

 ……確かに、私も彼を特別視する発言はしていたかもしれないと。


 私の恩人たるフードをかぶった、名も知らない彼。

 彼は決して私をわかりやすく助けてくれた訳ではなかった。

 何せ、私が彼に会ったのは一度きり。

 ドリュード家の結婚式、その時だけなのだから。


 しかし、その一瞬。

 その時交わした言葉のおかげで私の人生は変わった。


 今でも覚えている。

 実家から来た私を忌々しげに睨みつけ、厄介者とののしったマキシム。

 その視線に耐えられず、結婚式から逃げたことを。

 彼と出会ったのはそんな時だった。


 泣きじゃくる私に対し、彼は優しかった。

 けれど、それだけじゃなかった。

 私の不運を分かってくれて、励ましその上で教えてくれたのだ。


 ──レディ、貴女には酷なことを言うと理解しています。けれど、人はどれだけ誰かに救ってほしいと願っても自分で自分を救うしかないのです。


 思い出す。

 その言葉は暖かい慈悲が込められていて、だからこそ何より厳しかった。

 聞きながら、そんなこと無理だと当時の私が思ってしまった程に。

 けれど、そうやって私の事を真っ正面から気遣ってくれる人に会ったのは初めてで。


 ──もし、貴女が人に認められたいと思うなら、貴女がそれを作り出してください。そして、貴女自身を認められるように。


 その彼の話は難しくて、けれどその時の私は夢中になって聞いていた。

 ただ、何かが変わる気がして。


 ──そうしてそこに、貴女を冷遇してきた者達が縋ってきたら面白いではありませんか。今まで自分たちが間違っていた、そんな事を言って縋ってきたらおかしくてたまらないでしょう?


 そう告げる彼は優しさに反した毒を持っていて、どうしようもなく胸が高鳴ったのを覚えている。

 おそるおそるそれは悪いことではないのかと聞いた私に、唯一見えた彼の口元がいたずらぽく笑った。


 ──悪いことですね。


 ──でもいいのですよ。人間は悪くて愚かで。だって、そちらの方が面白いではありませんか。


 そう言ったフードの彼の笑顔は今でも私は覚えている。

 ……それを見たときに感じた胸のときめきとともに。

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