第1話
──成金商人の娘が高位貴族、ドリュード伯爵家に足を踏み入れられることだけでも名誉と思え。
今でもはっきりと覚えている。
それは私、ライラが結婚するときに夫たる、マキシム・ドリュードが言い放った言葉。
あの時のショックも、こちらを睨みつけるマキシムの目も、私はすべて覚えている。
まあ、今から考えればよくそんなことを言えたな、という話でしかないのだが。
……何せ、商人と結婚してでも持参金を手に入れようとした理由は、他でもないマキシムの借金なのだから。
自業自得で招いた事態にも関わらず、当時十六だった私にすごんで見せた面の皮の厚さは誇ってもいい。
商談の時は素直にうらやましくなる時もある位だ。
ということで今は一切気にやんでいないが、当時の私にとって衝撃だったのは紛れもない事実だ。
七年たった今もはっきり覚えていることが、当時の私の絶望を何より語っているだろう。
だからこそ。
「ああ、ライラ。お前は我がドリュード伯爵家の誇りだ! あのときお前を迎え入れると決めた自分の決断を私は誇りたいよ」
……目の前でそうのたまうマキシムを私は、冷ややかな目で見そうになっていた。
「お前の聡明さに気づけたことは私の誇りだ」
いや、お前は気づいていなかったんだよ。
それどころかぼろぼろにして追い出そうとしてたんだよ。
そう言い掛けて、私は何とかその気持ちを胸の内に押し込める。
「ええ、本当に。あの時の私は未熟でしたから」
それは本音だった。
ここに来た時の私は未熟でしかなかった。
ただ自分を受け入れてくれる人が欲しくて、誰かに認めて欲しくてたまらなかった。
今なら分かる。
それはあまりにも意味のない行為だったと。
……あの時がなければ、ずっと私は未熟なままだっただろう。
そう思い、私は思わず笑みを漏らす。
マキシムが大きく頷いたのはそのときだった。
「そうだな! あの時はちんけな娘だったものな!」
よいしょするなら、もう少し徹してくれないだろうか……。
自分でも思うからこそ怒りは抱かないものの、私はマキシムに呆れを隠すことができなかった。
私の機嫌を取りたいのにも関わらず、どうしてこうも見えている地雷を踏み抜いていけるのか。
少なくとも、この面の厚さだけはマキシムの長所だろう。
まあ、その長所がマキシムのメンタルの強さ以外の武器になったことはないのだが。
そんなことを私が考えていることも知らず、マキシムはさらに続ける。
「しかし、本当に綺麗になったな」
そう告げるマキシムの目に浮かぶのは、隠す気のない情欲だった。
◇◇◇
明日は3話投稿になります。
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