第6話 応急セット


「私は高橋沙綾たかはしさあや。あなたは?」

「酒井美緒です」

「美緒ちゃん、ね。ちょっと彩月を見ていてもらえないかな?」

「は、はい」


 美緒が頷いて彩月のそばに立つと、安心したように沙綾が倒壊した家へと振り返った。


「私看護師をしているの。応急セットにしてはちょっと豪華なものを揃えてるから、取ってくる。なにより自分の治療、しないと……っ」


 苦笑するように語った沙綾は、非常に痛そうに足を引きずりながら、家の中へと戻っていった。屈んで柱の向こうに消えた沙綾を、不安に思いながら見守っていると、彩月が美緒の手を握った。


「お姉ちゃん、地震?」

「……ううん」

「じゃあどうしておうち、壊れちゃったの?」

「わからないよ」


 いいや、手長足長のせいだと分かってはいるのだが、そもそもそれがなんなのかが分からなかったし、何故今では守り神のはずの彼らが会津盆地を破壊しているのかも分からない。そこでふと、美緒は昔話を再度思い出した。


 ――封印が解けた?


 そんな馬鹿げた話があるのだろうかとは思ったが、弘法大師の伝説が本当なら、そうとしか考えられない。そして現に、手長足長は出現している。少なくとも、特徴は一致しているから、別の個体かもしれないが、似たような存在だろう。


「ただいま」


 そこへ沙綾が戻ってきた。

 そしてその場に座り込むと、消毒液を垂らしてから、ガーゼで膝を押さえ、テープを貼っていき、その上に固定するようにさらに包帯を巻いた。右肘には湿布を貼って、サポーターを身につけている。


「これでなんとかなりそうかな。美緒ちゃんは怪我は?」

「私は大丈夫です」

「そう、よかった。彩月も見るかぎり元気でホッとしちゃった」


 沙綾は笑顔を浮かべると、左側へと顔を向けた。


「こういう場合って、学校とか病院とかが避難所になるのかな?」


 考えていなかった美緒は、ハッとした。


「県立会津竹田医療センターが近いよ。私の勤務先なの。災害時にはトリアージなんかもするんだけどね……」


 少し沈んだ声で沙綾が言った。彼女はそれから立ち上がると、彩月に手を伸ばす。彩月は美緒から手を伸ばすと、母親の片手を小さな手で握りしめた。


「行ってみる?」


 沙綾の声に、二人をぼんやりと見ていた美緒は、ゆっくりと首を振った。

 脳裏に、自分の両親や、小学三年生の弟の姿が浮かんだからだ。弟は両親が再婚して産まれたから、だいぶ歳が離れている。美緒は父・修大しゅうだいの連れ子だ。継母となった秋香あきかは、美緒にとてもよくしてくれる。生まれた異母弟の昭吾しょうごもやんちゃ盛りだが可愛い。


「一度家に帰ってみます」

「そう。気をつけてね。そうだ、これ……よかったら持っていって」


 沙綾はそう言うと、二つ持っていた応急セットの入るポーチの片方を、美緒に差し出した。


「ありがとうございます」


 お礼を告げて、美緒は踵を返す。

 自宅は西栄町の方角だ。


 昭吾は小学校に登校していただろうし、父は少し離れた場所にあるスーパーの店長なので朝早くに家を出ていたが、秋香がまだ家にいるかもしれない。秋香はリモートで、東京の会社から受注を受けて、ホームページのデザインをする仕事をしている。


 家と秋香の無事を願いながら、美緒は気づくと早足になっていた。

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『テナガアシナガ』が出たぞー!! 水鳴諒 @mizunariryou

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