第2話 手長足長の昔話

 手長足長とは、会津地方に伝わる伝説上の怪物だ。

 その昔、会津若松市が広がる会津盆地に、手長と足長という怪物の夫婦が住み着いていたのだという。妻の手長は、猪苗代湖から水を掬っては、会津盆地に降らせた。どんなに遠くのものでも、腕を伸ばせば掴むことができたという。夫の足長は、天高く立ち上がり、手を雲に届くほどまで脚を伸ばすと、会津盆地の上に雲を集めたのだという。


 困ったのは手長足長が居座っていた当時の、会津盆地の村人達だ。

 曇天続きで陽光が不足し、同時に急な豪雨が降る始末。これでは農作物が育たず、餓死一直線だと誰もが思っていた。その時のことである。


『お困りか?』


 襤褸布を纏った一人の僧が、会津盆地を訪れた。その者こそが、弘法大師である。荒廃した村々の様子に、弘法大師は事情を問い、じっくりと手長足長について村人達から話を聞いた。そして力強く頷いた。


『では、こらしめることとしよう』


 こうして弘法大師は、手長足長の元へと向かった。二人は磐梯山の頂上にいた。

 二人が物珍しげな顔をしたとき、弘法大師は笑ってみせた。


『お前達。お前達は、なんでも出来るのか?』


 すると二人が上下で視線を交わしてから、それぞれ弘法大師を見て頷いた。


『本当か? ならば、この壺に入ることは出来るか?』


 弘法大師はそう告げると、持参した小さな壺を二人の正面に置いた。再び顔を見合わせた手長と足長は、するりとその中に入ってみせる。弘法大師が蓋を閉じたのは、その時の事である。中から手長足長が暴れ、叫ぶ声が響き渡る。


『悪事を働く存在は、壺の中で大人しくしていなければならない』


 弘法大師はその壺を磐梯山の頂上に埋め、しっかりと上部に巨大な石を置き封印した。石の重みにより、壺は動かなくなり、手長足長は出られなくなった。


『これでもう安心だ。今後は、磐梯山の頂上から、この土地を見守る存在となるだろう』


 それを聞いて村人達は安堵した。以後、手長足長は会津盆地を守る神として、皆に奉られるようになったのである。


 なお弘法大師は、万が一封印が解けた際には、自分の代わりに磐梯山の頂上の封印をかけなおすようにと言い残して、会津盆地を去った。なんでも封印は緩んでも、消えるものではないため、壺の上に重い石を置き直し、お札を貼り付ければ、吸い込まれるように手長足長は消えると語ったのだという。お札は万が一に備え隠しておくとし、その後弘法大師は長い川の方へと立ち去った。なお弘法大師はその川を、『ただ見て帰ってしまった』。現在の只見川である。その川沿いに建てられた無人の只見寺こそが、お札のありかだとする言い伝えが、今も会津地方には残存している。


 美緒の脳裏を過ったのは、この手長足長であった。



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