絆を紡ぐ者たちよ、あやかしを救うため立ち上がれ【天華星翔奮戦記】

月兎アリス(読み専なりかけ)

第1話 平凡って壊れるの早いね

 目の前には血の海が広がっている……。

 誰が見ても「喰べた」と分かる人の遺体が、二体、転がっている……。


「お父さん、お母さん……!」


 微かな声で叫ぶ僕は──小鳥遊早弥たかなし/さや

 聖夜の遅くに……こうなっている。


 両親の亡骸に顔を何度も突っ込み、その度にアゴを動かす、黒い化け物。

 こんなの……見たことない……。


 手の甲に涙が落ちる。胸が痛くなる。

 ああ、視界の端が消えていく……。



 誰か、夢だと云ってよ……!


 * * *


「っ……!」


 天井に伸ばされた腕を見て、ハッと我に返る。

 ……なんだ、夢か。

 いやぁ、とんでもない悪夢を見ちゃったなぁ……。


 って!!


「僕の両親はとっくのとうにお亡くなり!!」

 そう叫んで、バッと起き上がる。


 そう。

 僕の両親は、とっくの昔に天に召された。

 原因は「不明」として片付けられたが、あのとき現場にいた僕が、声を大にして言ってやろう。

 両親を殺したのは化け物です。


 これは紛れもない事実だっ!

 だって、この僕が見たんだ!! 信じてくれ、紛れもない事実であると──。


 ぱしん。


 と鞄の音が響き渡り、当たったところである頭をさすりながら目を見開く。

「れ、霊弥れいやくん!?」

 そこにいたのは僕の双子の兄、霊弥くんだ。

 手には学生鞄を持っている。


「おい、寝ぼけんな。今日も学校だ」


 一気に現実に引き戻されて、ポカンとする。

 ……学校とか、めんどすぎ。


「はぁ……仕方ないねぇ。どこぞの誰かさんに引っ叩かれたせいで、頭が痛いです」

「起きるのが遅すぎなんだよ馬鹿」


 ……え? 今何時かって?

 んじゃあ、時計を確認しよう。


 ──五時五十七分。


 そうなんです。十分早いんです。

 どこぞの誰かさんが「遅い」と言っているのは、その人の時間感覚がバグってるからです。

 マジで霊弥くん意味わからん……。


 とまぁ散々愚痴を言っておりますが、彼がいいやつだと分かって下さい。


 いつも三食(弁当も)を作ってくれるのは霊弥くんです。

 洗濯をしてくれるのも霊弥くんです。

 皿洗いをしてくれるのも霊弥くんです。

 掃除をしてくれるのも霊弥くんです。

 家計簿を整理してくれるのも霊弥くんです。


 イコール、この家の仕事をしてくれるのは霊弥くんです。


 ……高校生なのに偉すぎる!!


 と親馬鹿じみたことを思っている。

 ちなみに朝ご飯はわかめご飯でした。美味い。


 学校までは歩いて一時間です。交通費の節約のため徒歩です。バスを使わせて下さい霊弥くん。

「ダメだ」

 ひどい。


 愚痴愚痴言いながら、まだ桜の残る道を歩く。

 高校生になった、という実感が湧かないのは、僕たちが通う学校が中高一貫だったことにあるんだろうけど。


 * * *


 ということで、学校に着いた。

「あっつ〜……」

 制服の襟をウチワ代わりにあおぐ。

 お隣は、涼しい顔の霊弥くん。

 いつ呼吸を整えたのかなぁ……?



 そして時間は流れ、三限目の体育の時間になりました。

 やっと得意教科来た〜!!

 文系科目消えろっ!!(本音)

 文系科目が好きな人、ごめんなさいっ!


「五十メートルかぁ〜」


 苦手ではないけど好きでもない。

 僕は去年のフットサルが好きだったんだけどね。まあ別に足が遅いわけではないし、霊弥くんに「下手くそ」と言われることもないから大丈夫か。


「おい小鳥遊の双子! 五十メートル何秒?」

「ざっと七秒弱」

「僕も」

「どっちがどっちだよ!」


 いや本当それな。

 一卵性双生児だから僕たち似すぎてるんだよね。

 見分け方は、つむじの位置、前髪の跳ねる向き、利き手。どちらも、霊弥くんが左で僕が右。これテストに出るよ!


 つ、次は僕と霊弥くんか……。

 遠くから「おーい、リア充!」と、応援なのか挑発なのか分からない言葉が飛んでくる。


 ……両親も、財産も、平凡も、幸せも、全部失った僕の、どこがリア充だ。

 リア充爆発しろ。これが僕の本音。


「よーい、」


 パンッ! とピストルの乾いた音が校庭に響き渡る。

 地を蹴ったのは同時。速さも同じ。

 段々ゴールが近づいていく。


「ゴ〜ルっ!!」

 走りきって、僕はうんと背伸びした!

 計測係の人にタイムを訊ねようとしたけど……え?

 みんな、一方向を見ている。

 な、ななな、何が……。


「……っ!?」

 思わず……息を呑む。

 グラウンドに、静かなどよめきが起こる。


 せ、先生っ……!?


 グラウンドの端で、先生が倒れていて……遠くからでよく見えないけど、何かが……まとわりついている。

 なっ……何がっ……!?


「せ、先生!?」

「大丈夫ですか!? 一体何が……」

「保健室! 保健室!!」

「いや病院じゃね!? 救急車だよ!!」


 ど、どどど、どうしたらいいの……!?

 保健室!? 救急車!? 教えて、誰か……!!


 ──ピュウウウウ……。


 途端、まだ肌寒い突風が、後ろから吹いてきた。

 強っ…… 思わずかがんで、もう一度前を向く。

 そこにいたのは。


「っ……!?」


 青みがかった黒髪。

 浅葱色あさぎいろの着物と紺色の袴。

 背中から生えた六枚の白いつばさ

 手に持つ、巨大な赤黒い鎌。

 後ろ姿だけでも、人間じゃないと確信するには、十分すぎるくらいだった。

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