第7話

 アオイ達は、敵にバレないように身を隠しながら移動し、広場を挟んで宿の反対方向にある建物まで移動した。そこに着いた時には宿は完全に焼け落ちており、燃え残った屋根だか柱だか壁だかが燻っている。


 襲撃者達は篝火に照らされながら焼け跡を探っていた。恐らく丸焼けになった獲物を探しているのだろう。


「今仕掛けたら勝てるね」


 彼らは獲物の捜索の為に武器を置き、熊手やスコップなどを手にし、焼け跡を掘り起こしている。テクトの言う通り今奇襲すれば容易く勝てるであろう。


 アオイにここで待っているように言い、テクトは彼らの背後に忍び寄っていった。


 間合いに入り、テクトの剣が篝火の明かりによって幾度も煌めくと、あっさりと勝敗は決した。


 手負いになった者が何匹かアオイの方に逃げてきたが、そのどれもテクトによって放たれた投げ矢によって後頭部を射抜かれた。敵とはいえ、目の前で人命が失われる瞬間をアオイは直視する事が出来ず、思わず目をそらした。


 敵の殲滅が完了した事を確認したテクトが、アオイを呼ぶ。


 アオイが駆けつけた時には、テクトは燃え跡から薪になりそうな木片を集めて、焚火を始めていた。そして焚火の火が燃え上がると、拳大の丸薬なような物を取り出し、そこに放り込んだ。丸薬が放り込まれた焚火はもうもうと赤い煙を上げ始めた。


「これで良し。じきに仲間が来ると思うよ」


 どうやら先程の丸薬は、仲間に呼集を知らせる狼煙を上げるようだった。


 テクトはこれでやるべき事は全てやったというように、その場で大の字で寝ころび、寝始めた。


「…せめて兜ぐらい外しなさいよね」


 アオイはテクトを起こさないようにそっと兜を脱がすと、血と汗にまみれたエルフ族に膝を貸した。


 ふと、アオイが見上げると、空はもう白み始めている。アオイはその明るさに安堵感を覚えた。


 日が完全にその姿を晒した頃に、テクトは目覚めた。


 テクトはアオイに膝を借りていた事に気づいていないようで、そこには触れず、仲間が来るまでの間に亡くなった者の埋葬をするように提案した。アオイも同じ考えだった為、同意した。


 加害者と被害者が同じ墓穴は嫌だろうという事で、離れた箇所に二つ掘った。墓穴を掘る間にアオイは街道保安局について尋ねた。


 テクトが言うには、自分の様なエルフ族だけでなく、人間、巨人、ウンディーネ、そしてゴブリン族等多種多様な種族が在籍しており、高いハードルをクリアしたエリートのみが働いているらしい。『高いハードルをクリアしたエリート』の部分を殊更に強調しながらテクトはそう言っていた。


 墓穴を掘り終わると、二人はそれぞれの穴に遺体を埋葬した。


「もしかして、ゴブリン族達にも祈りを捧げているの?」


「……あんたには関係ないでしょ」


 アオイは被害者達と同様にゴブリン族達にも祈りを捧げた。ゴブリン族達のした事は許されるものでは無い。絶対に。ただ、一人ぐらい彼らの為に祈る者がいても良いはずだとアオイは思い、祈った。ただそれだけの事である。


 埋葬も終わって太陽が天頂付近に差し掛かった頃、村の入り口を、巨体を持った者がくぐるのが見えた。


「あれがあんたの仲間の巨人族の人?大きいわね」


 アオイは初めて見る巨人族の大きさに感心した。目測ではあるが、女性の平均的な身長であるアオイよりも頭三つ程高そうだった。


「いや、違うよ。彼女はただの大きい人間だよ。おーい!メンちゃーん!」


 片手を大きく振りながらテクトは気安く呼んだ。メンと呼ばれた彼女は大きな荷物を背負いながらアオイ達の方へ駆け寄ってきた。アオイが同じ距離を歩くとかかるであろう歩数の半分程でメンは二人の下に来た。


 近くで見ると、高さだけでなく厚みもあり圧倒される。そしてその大きな体は、服の上からでも分かるぐらい筋肉質だった。


 メンは背負っていた荷物を降ろすと、その体つきとは裏腹に、可愛らしくか細い声で話し始めた。見上げて良く見れば、顔も可愛い顔立ちをしている。


「あ、あの……。呼集信号を見て来たんですけど……。大丈夫ですか?」


「うん。もう全部終わってるから大丈夫だよ。呼集信号を上げたのは、囚人を一人確保したからその護送を手伝って欲しかったんだよね」


 テクトはかつてアオイが入っていた牢を指した。そこにはアオイが拘束したゴブリン族が一人、放り込まれていた。


「そういう事でしたか……。それにしても珍しいですね……囚人を捕まえるなんて……」


「まあ、成り行きでね」


 テクトはそう言いアオイの方をちらりと見た。


「そう言えば……こちらの方は……?」


「ああ、紹介がまだだったね。こっちの人はアオイ。僕の荷車牽き――」


 アオイはテクトを押しのけ、メンの前に立った。


「――吟遊詩人よ。流しのね。今はわけあってこいつに雇われているだけ。よろしくねメンちゃん」


 アオイは握手をするために手を差し出した。


「よろしくお願いします……」


 メンはその手を両手で握った。メンの大きな掌はアオイの手だけでなく、手首の辺りまでを包み込んだ。


 自己紹介も終わり、一行は出発の準備を始めた。メンの背負ってきた荷物と囚人を荷車に乗せるため積載物の積み替えをしなければならない。


 防水布をはぐって初めてアオイは分かったが、積載されていたのは商品などではなく、土工具や見た事も無いような機材だった。テクトが言うにはそれらは全て計測器らしく、初めて行く土地ではそれを使って、様々な事を調べながら長い時間をかけて旅をするらしい。


 荷物の積み替えも終わり、過剰だと思える程、固定もした。


 いざ出発という直前、テクトは何かを思い出したのか一人、納屋の方へと向かった。そして、すぐに出て来た時には何かを担いでいた。それはアオイにとっても見覚えのある物だった。


「はいこれ、もしかして忘れてた?」


 テクトはアオイに相棒を渡した。


「わ、忘れてなんか無いわよ!もう壊されていると思ってただけよ!……ありがとう!」


 アオイの言葉に疑いの眼差しを向けるテクトを無視し、音を確認する。相棒は普段通りの調子で応えた。幸いな事に乱暴に扱われてはいないようだった。


「あ、そうだ」


 アオイは相棒の穴に手を突っ込んだ。そこに隠してあった財布は無事なようで、中身の硬貨は少ないながらもその存在を財布越しにアオイに伝えてきた。


「はい、これ。返すわ」


 アオイは銅貨三枚をテクトに渡した。テクトの宿代のつもりで持ち出した分である。テクトは暫くきょとんとした後、アオイの意図が分かったのか、高笑いしながら銅貨を受け取った。


 高笑いをおさめた後、テクトは荷車に乗りながら目的地を示した。


「よし!それじゃあ王都に、『クローニア』に帰ろう!」


 荷車を牽くため、ハンドルについたアオイはテクトの言葉に強く頷いた。しかし、アオイは王都に行った事が一度もなかった。


「……王都ってここからどのくらいよ?」


「三日ってとこかな?……君が牽くとね。――メンちゃん」


「はい……」


 両手の力を使わなければならないアオイはハンドルの内側にいるが、メンは前にいた。これは彼女が片手で荷車を牽けるという事である。


「あー……君も乗っていた方が良いよ」


 テクトは荷車の上から手を差し出した。


「いいえ。貰った給料分の仕事はするわ」


 アオイはそう言いテクトの手を押しとどめた。


「……君がそう言うなら、まあいいか」


 そのテクトの発言には、微かに笑いの感情が込められているような気がアオイにはした。


「それでは、行きます……」


 メンが一歩踏み出すと、荷車はまるで空荷の様に重さを感じさせず動いた。更に二歩、三歩と進むと速度はそのままどころか、段々と速くなっていった。そうして十歩程進んだ時にはアオイは荷車を牽くどころか、荷車に引っ張られるようになった。


 メンが歩数を重ねる度に更に荷車は速くなっていく。


「ちょ、ちょっと待って!止まって!」


 アオイの叫びはメンには届いてないのか、止まるどころか、アオイを見向きする事すら無かった。


「無駄だよ。メンちゃんは全力を出す事に強い快感を覚える娘なんだ。きっと今は自分の世界に入っているから、こちらの呼びかけには応じないよ」


 荷車の柱に捕まりながらテクトはそう言った。過剰だと思えるほどの荷物の固定はこのためだったのかとアオイは理解した。


「先に!言いなさいよ!それ!」


 引き摺られないようにアオイは走った。この速さなら、次に休憩するまで何とか耐えられる。そう思った矢先、テクトは心でも読めるのかと思うほど絶妙なタイミングで、残酷な事をアオイに告げた。


「多分陽が沈むまで走るよ。これ」


 日は、まだ西へ僅かに傾いたばかりであった。

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