俺のコピペが世界を変える!

滋賀列島

第1話「模倣(コピー)」

 1-1: 「無能冒険者の朝」


 朝の陽射しが街の石畳を静かに照らし始めた頃、リバンスはいつものように目を覚ました。冒険者宿の狭い一室には、古びた木製の家具と彼の荷物が雑然と置かれているだけで、装飾らしいものは何もない。彼は体を起こし、ベッドサイドのカーテンを引いて外の景色を一望した。


「今日も快晴かいせいだな……」


 そう呟いて、リバンスは伸びをする。体中の筋肉が悲鳴ひめいを上げるように張り詰めるが、慣れたもので気にすることもない。彼は寝ぐせを手で軽く整え、簡素かんそな服に着替えた。


 食堂しょくどうへと向かう階段を降りると、木の板が微かにきしんだ音を立てた。階下かいかにはすでに何人かの冒険者たちが集まっており、朝食を楽しみながら今日の依頼について話し合っている。


「リバンス、おはよう!今日はどんな依頼いらいを受けるの?」


 宿の女将おかみが、カウンター越しに親しげに声をかけてきた。彼女はリバンスのことを気にかけてくれる数少ない人物の一人だ。


「おはようございます、女将おかみさん。今日はちょっとしたモンスター退治たいじの手伝いです。ま、いつもの雑用ざつようだけど……」


 リバンスは軽く笑って答えた。彼には魔法の才能がなく、冒険者としての実力もまだまだだったため、雑務ざつむをこなすのが日常にちじょうとなっている。


 その時、不意に背後はいごから声がかかった。


「よぉ、リバンス!また俺たちの荷物持ちか?ちゃんと役に立てよな!」


 振り返ると、グレンが腕を組んで立っていた。彼はリバンスと同じ駆け出しかけだしの冒険者だが、いつも彼を雑用係ざつようがかりとしてこき使っている。


「分かってるって、グレン。今日も一生懸命いっしょうけんめいやるさ。」


 リバンスは愛想笑いを浮かべながら答えたが、その目には少しの悔しさが見え隠れしていた。グレンは鼻で笑いながら、テーブルに広げた地図を指差す。


「今日は近くの洞窟どうくつだ。モンスターが住み着いてるらしいけど、お前には関係かんけいねぇか。どうせ雑用ざつようしかできないんだからよ。」


 リバンスは苦笑いを浮かべ、頷いた。魔法が使えないという現実が、彼をこの立場に追いやっていることは分かっていた。それでも、自分なりに役立てる方法を模索もさくするしかない。


「……まぁ、俺なりにできることをやってみるよ。」


 そう言って、リバンスはカウンターに戻り、注文ちゅうもんしたパンとスープを手に取った。今日もまた、彼の雑用ざつようの一日が始まる。


1-2: 「雑用から始まる冒険」


リバンスは食堂しょくどうでの朝食ちょうしょくを終えると、宿屋の一角にある自分の部屋へ戻った。古びた木製のドアを開けると、そこには彼の装備が乱雑に置かれていた。冒険者としての身支度を整えるため、彼は革のよろいを手に取り、少し躊躇ちゅうちょしながらも装備を身に付け始める。


「よし、これでいいかな…?」


 鏡に映る自分の姿を確認し、リバンスは深呼吸しんこきゅうをした。今日は洞窟どうくつでのモンスター退治たいじ。簡単な依頼いらいだと言われているが、何が起こるかわからないのが冒険というものだ。彼はけんを腰に差し、荷物を背負うと、部屋を後にした。


 階段を降りると、すでにグレンと他の仲間たちが準備を整えて待っていた。グレンはリバンスを見るなり、軽く手を振りながら近づいてきた。


「おう、リバンス。やっと来たか。今日はお前が最後方さいこうほうだ。道具袋どうぐぶくろ水袋みずぶくろを持ってくれよ。」


 リバンスは笑顔を見せながらも、心の中で小さなため息をついた。いつも通りの雑用だ。仲間たちが彼を頼りにすることはほとんどなく、いつもこうして荷物運びや道具の管理を任される。


「わかったよ、グレン。しっかり持つから安心してくれ。」


 リバンスはそう言って、仲間たちの荷物を次々と受け取った。荷物を持つ手が重くなっていくが、彼は気にせずに皆の後を追いかけた。


 宿屋を出発し、街を抜けてもりへと向かう道を進む。仲間たちは軽やかな足取りで歩いているが、リバンスは最後方で荷物の重さに耐えながら一歩一歩進んでいた。


「リバンス、少し遅いぞ!もっとしっかりしてくれ!」


 グレンの声が前方から響く。リバンスは前を歩く仲間たちを見ながら、笑顔を見せつつも荷物を持ち直し、歩き続けた。


「わかってるさ、頑張るよ。」


 森の中へと入ると、木々が生い茂り、空気が少しひんやりとしてくる。鳥の鳴き声や風の音が心地よく響き、リバンスの疲れを少しだけ和らげた。


「このあたりの森は静かでいいなぁ。モンスターもそんなに出ないし、安全な場所なんだろうな。」


 リバンスが呟くと、グレンが笑いながら答えた。


「まぁ、今日の依頼いらい初心者しょしんしゃ向けだからな。お前みたいな雑用係ざつようがかりでも問題なくこなせるさ。」


 リバンスはその言葉に少しだけ悔しさを感じたが、それでも黙って歩き続けた。彼には自分の役割がある。それがどんなに小さなことであっても、誰かの役に立つならば、それでいいと彼は思っていた。


 しばらく歩くと、目的地である洞窟どうくつの入り口が見えてきた。大きな岩陰いわかげにひっそりと佇む洞窟は、まるで何かを隠しているかのように不気味な雰囲気を漂わせていた。


「さぁ、着いたぞ。これからが本番だ。」


 グレンが仲間たちに声をかけると、一行は洞窟の中へと足を踏み入れた。リバンスもまた、荷物をしっかりと背負い直し、洞窟の闇へと足を踏み入れるのだった。


1-3: 「洞窟で待ち受ける試練」


洞窟の入口から一歩踏み込んだ瞬間、冷たい空気がリバンスの肌に触れた。岩壁に反響する音が静寂せいじゃくを破り、彼らの足音と呼吸が一層大きく聞こえる。洞窟の中は薄暗く、仲間の一人が放った「ライト」の魔法が岩肌をぼんやりと照らしている。


「おい、しっかりついてこいよ、リバンス!」


 前方でグレンが振り返りながら声をかける。リバンスは荷物を持ちながらも、何とか皆に遅れずについていく。


「わかってるさ。ちゃんと見てるから。」


 リバンスは言い返しながらも、洞窟の奥へと続く道を見つめた。彼の手には仲間の荷物がいくつもあり、その重さが肩にのしかかる。だが、そんな苦労は顔に出さず、ひたむきに前進する。


 道中、何匹かの小型モンスターが姿を現したが、仲間たちが難なくそれらを倒していく。リバンスはその度に荷物を降ろし、倒したモンスターの残骸から素材を拾い集め、収納袋に入れていく。戦闘には参加しないが、彼なりに役立つ方法を模索もさくしていた。


「はは、やっぱりこいつら相手じゃ楽勝だな。」


 グレンが満足げに笑う。彼は剣に炎をまとわせて振るうことで、小さなモンスターを切り裂き、時折小さな火の玉を放って敵を焼く。威力はさほど強くないが、こうした基本的な魔法と剣の組み合わせで、なんとか戦えている。


 洞窟の奥に進むにつれ、リバンスは妙な不安を感じ始めていた。何かが違う。空気が重く、息がしづらくなっている気がする。


「なんだか、変な感じがする…」


 リバンスが呟くと、グレンがすかさず振り返ってきた。


「おい、何ビビってんだよ。そんなこと言ってると、もっと雑用ざつよう押し付けるぞ?」


 その言葉に、他の仲間たちも軽く笑い声を上げる。リバンスはくちびるを引き結びながら黙って前を向いた。


 突然、大きな音が洞窟内に響いた。振動とともに岩が崩れ始め、一行は慌てて立ち止まった。


落盤らくばんだ!みんな、下がれ!」


 グレンが叫ぶが、その声も岩の崩れる音にかき消される。一行はとっさに岩陰に身を寄せ、頭を抱えた。


 崩落が収まると、仲間たちは後方を振り返った。しかし、出口が完全に塞がれてしまっていることに気づく。


「後ろが塞がれた…戻れないぞ!」


 一人の仲間が声を上げる。焦りが全員の顔に浮かんだ。


「くそ、仕方ない。何とかしてこの岩をどかすしかない。」


 グレンは炎の魔法を岩に向けて放ったが、岩はびくともしない。他の仲間たちも魔法で岩を破壊しようと試みるが、威力が足りず、結局無駄に終わった。


「ダメだ…俺たちの魔法じゃ、この岩を壊せない。」


 リバンスは周囲を見渡し、仕方なく仲間たちと共に前へ進むことにした。洞窟の奥へと進むにつれ、彼らの緊張感きんちょうかんは高まっていく。


 やがて、一行は開けた空間にたどり着いた。しかし、その先にはスライムやゴブリン、ドレインバットなどの小型モンスターが群れを成して待ち構えていた。モンスターたちは一斉にうなり声を上げ、リバンスたちを威圧いあつするように睨みつけている。


 そして最奥には、巨大なサラマンダーが鎮座ちんざしていた。その赤黒い鱗からは、わずかに蒸気が立ち昇り、凶悪な瞳でリバンスたちを見据えている。


「やばい!何でこんな奴がいるんだ!」


 グレンが声を上げると、他の仲間たちも慌てふためき始めた。モンスターの圧倒的な存在感に、一同は一瞬で恐怖に包まれる。


「どうするんだよ!このままじゃ全滅ぜんめつだぞ!」


 一人が叫び、リバンスも剣を手にしながら焦りの色を隠せない。洞窟内の戦いが、彼らの予想を超えたものとなりつつあることは明らかだった。


1-4: 「洞窟での死闘とリバンスの覚醒」


洞窟の深部、リバンスたちはサラマンダーの凶悪な視線を前に震えていた。巨獣の体は岩肌のように硬く、その目には冷徹な光が宿っている。全身から立ち上る熱気が洞窟の空気を灼熱に変え、リバンスたちは逃げ場を失っていた。


「くそ…どうすれば…!」


 グレンが剣を握りしめ、冷や汗を流しながら後退する。サラマンダーはじっと彼らを見つめたまま、喉の奥でゴロゴロと音を立て始める。


「お前たち、攻撃しろ!」


 グレンの叫び声に反応し、仲間たちはそれぞれの武器を構えた。リバンスも慌てて短剣を手に取り、サラマンダーに向かって駆け出す。


「ファイア・ボルト!」


 グレンは低い声で炎の魔法を詠唱えいしょうし、小さな火球かきゅうを放った。だが、その火球はサラマンダーの皮膚に当たっても、ただの火花として弾けるだけだった。


「くそっ、効かねえ…!」


 仲間たちも次々に矢を放ったり、剣で突こうとしたりするが、どの攻撃もサラマンダーの厚い鱗に阻まれてしまう。


 突然、サラマンダーの口から凄まじい勢いで火炎が吐き出された。炎の吐息は洞窟内を轟音ごうおんと共に駆け巡り、石壁を赤熱化させながらリバンスたちに迫る。


「危ない!」


 リバンスはとっさに横に飛び込み、間一髪で炎を避けるが、背後の岩壁が焼け爛れ、熱気が彼の肌を焦がす。


 火炎を避けたリバンスだが、サラマンダーの攻撃はそれで終わらなかった。次の瞬間、巨獣の巨大な体が洞窟内を震わせながら突進してくる。


「うわっ!」


 リバンスは素早く横に身をひねり、壁際へと飛び込んだ。壁に沿って転がり込み、サラマンダーの猛攻を紙一重で避ける。すぐそばを通過した巨体の衝撃で、岩の破片が飛び散り、いくつかがリバンスの背中に突き刺さる。


「こんな怪物、どうやって倒せっていうんだ…!」


 グレンが叫ぶが、その言葉に答える者はいない。仲間たちも皆、サラマンダーの次の動きを警戒している。


 サラマンダーは再び喉を鳴らし、今度は尾を振り上げた。巨大な尻尾が空気を切り裂き、リバンスたちのいる場所に向かって薙ぎ払われる。


「うわああっ!」


 リバンスは必死で転がり、かろうじて尻尾の一撃を避ける。しかし、彼の仲間の一人が尻尾の直撃を受けて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて動かなくなる。


「なんてことだ…!」


 リバンスの胸中には恐怖と絶望が渦巻いていた。だが、その一方で、妹のことが頭に浮かぶ。彼女のために、ここで命を落とすわけにはいかない——その思いが彼を突き動かす。


「死ぬわけにはいかない…生きて帰らないと!」


 その叫びとともに、リバンスの中で何かが弾けた。視界が一瞬歪み、頭の中に鋭い痛みが走る。だが、その痛みの中で彼は何かが自分の中で目覚めたのを感じた。


 サラマンダーが再び炎の吐息を放とうとした瞬間、リバンスの瞳が光を放つ。彼の手が無意識に動き、サラマンダーの動きをトレースするように空中に火の息を描く。


複写再現コピー&ペースト!」


 その言葉が口から漏れると同時に、リバンスの手から炎が放たれた。サラマンダーの炎と同じ、いや、それ以上の勢いで洞窟内に迸る。


 二つの炎がぶつかり合い、洞窟内はまばゆい光と轟音に包まれる。爆風が巻き起こり、周囲の小型モンスターたちはその衝撃で吹き飛ばされていく。


「これが…俺の力…?」


 しかし、サラマンダーはまだ倒れていない。彼の炎を相殺したとはいえ、巨獣は怒りに燃えた目でリバンスを睨みつけ、再び攻撃態勢を取る。


「まだ…終わっちゃいない!」


 リバンスは洞窟の岩壁に目を向ける。サラマンダーの次なる攻撃を防ぐため、彼は岩壁の硬さと質感をコピーし、自分の前に巨大な岩の障壁をペーストする。サラマンダーの炎が障壁に直撃し、岩は一瞬で赤く焼けただれるが、何とか防御は成功する。


 リバンスはサラマンダーの動きを注視し、巨獣が再び炎を吐こうとする瞬間、その炎のエネルギーを直感的に捉え、再びコピーしてペースト。彼の手から放たれた炎がサラマンダーの炎を再び相殺し、洞窟内に火花が散る。


 だが、リバンスの体力と集中力は限界に近づいていた。複写再現コピー&ペーストを繰り返すたびに、彼の視界がぼやけ始め、足元がふらつく。


「くそ…これじゃ持たない…!」


 リバンスは疲労で重くなったまぶたをこじ開け、目の前のサラマンダーを睨んだ。体力的にも精神的にも、もう一度か二度コピペできるかどうかという状態で、彼は最後の賭けに出ることを決意する。


「もし…このサラマンダー自体をコピーできたら…?」


 それはまさに、全てを賭けた一か八かの試みだった。リバンスはその一瞬に全てを集中させ、「複写再現コピー&ペースト!」と叫びながら手をかざした。


 彼の叫びと共に、洞窟の空間が歪む。リバンスの前に、サラマンダーの姿がもう一体現れる。オリジナルのサラマンダーと、コピーされたサラマンダーが激突し、その衝撃で洞窟全体が震える。


「頼む、勝ってくれ!」


 リバンスは必死に祈りながら、その場に立ち尽くす。そして、二体のサラマンダーが全力でぶつかり合った瞬間、洞窟の壁面に亀裂が走り、岩が崩れ落ち始める。その衝撃で、壁面の一部に大きな隙間ができた。


「今だ、あの隙間から逃げるんだ!」


 グレンが叫び、仲間たちは素早く動き出す。リバンスもその指示に従い、崩れ落ちる岩を避けながら壁面の隙間へと向かう。洞窟の中が崩れ始める音が響く中、リバンスたちは何とか隙間をすり抜けて外へと脱出する。


 外に出たリバンスは、息を切らしながら夜空を見上げた。胸の中ではまだ急に発現した力への戸惑いが渦巻いている。しかし、それ以上に自分が持つ可能性が急に広がったことへの期待感があった。これまで無能とされてきた自分が、初めて何かを成し遂げたその喜びが彼の心を温かく満たしていく。


「この力があれば…妹のためにもっと稼げるかもしれない…」


 彼の目には希望の光が宿っていた。無能だと思い込んでいた自分にも、何かできることがあるのかもしれない。そう信じることができるようになっていた。


 リバンスは拳を強く握りしめ、決意を新たにした。「これからは、この力で…俺はもっと強くなる。そして、必ず妹を救ってみせる!」


 彼の目の前には、新たな冒険が広がっている。これからの道のりは決して平坦ではないだろうが、リバンスの胸には確かな自信と決意が宿っていた。

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