第35話 VSディルク後編

 ディルクの翼炎は壁のように広がり、俺の方へ向かってくる。

 いや、俺のだけじゃない。


 あの規模だとラウナとドロシーまで標的に入っているはずだ。


「三人とも逃げろ! 炎に巻き込まれるぞ!」

「わかったわ! 行くわよあんたたち!」

「マーム起きて。非常事態」

「ウ、ウン……」


 二人がマームを起こし、急いでその場から走り出す。

 しかし──


「炎よ、囲め」

「ちょっと冗談でしょ!?」

「早い……!」


 翼炎は驚くべき速さで回り込み、三人の退路を断った。

 こいつスキルの練度が桁違いだ。


「このまま鳥籠のように閉じ込め、焼却してあげましょう。結界はその後です」」


 魔法植物が炎に勝てないってことは、魔法そのもので作られた結界は簡単に燃やせないのかもしれない。


 できるなら先にガラスハウスのある方角に炎を放つはずだしな。

 そこだけはラッキーか。


 問題は絶賛大ピンチってことだが。


「【緑の王ユグドラシル】弾けサボテン!」


 鋭いトゲを持つサボテンがいくつも生えてくる。


 弾けサボテンは俺の命令を感じると、風船のように膨らんで弾けた。


 パパパパパパパパパッッ!!


 トゲが散弾のごとく、ディルクに向かう。


「無駄だと言っているでしょう」

「【緑の王ユグドラシル】蝕みの苔!」


 トゲが炎の壁に阻まれるのと同時に、苔が高速で地面に蔓延る。


 蝕みの苔は岩でも鉄でも浸食し、溶解できる魔法植物だ。

 靴の先端にでも触れることができれば、一瞬で全身を覆いつくす。


「だから無駄なんですよ。手間をかけさせないでください」


 炎が地面から噴き出し、土を巻き上げる。

 蝕みの苔は近づくこともできないまま焼却された。


 まずいな。

 手持ちの魔法植物がことごとく通じない。


 あと残っているのは……。


「熱っ! ちょっとホントにどうするのよこれ!」

「この高さ……飛び越えられない」

「モエチャウ! モエチャウ!」


 炎の壁はどんどん迫ってくる。

 このままだとラウナもドロシーもマームも、全員死んでしまう


 俺はまた何もできないまま終わるのか。

 異世界に転生してもゴミのように死ぬのか。


「……嫌だ」


 そんなことは断固拒否する。

 自称神が波紋を起こせというなら、起こしてやる。


「ご主人さま……!」


 ラウナの瞳が俺を見る。

 そうだな。


 大切な助手を守らないなんて、主人じゃない。

 俺は別の皮袋に指を伸ばし、龍の牙に似た種を取り出す。


 そして叫んだ。


「【緑の王ユグドラシル】! 樹皇龍ッッッッ!!」


 種が急速成長し、木の幹が枝が葉が龍の形を作る。

 それは山のように隆起し、炎の壁を押し返した。


「は? な、なんだそれは!?」

「樹皇龍。大地を緑で埋め尽くす龍の魔法植物だ。俺は魔物だと思ってるけどな」

「そんなことは聞いていない! なぜ私の炎で燃えないのだ!」

「燃えてはいるぞ。燃やし尽くせないだけだ」


 樹皇龍は炎の壁に触れている。

 当然その部分は燃えるが、焼けた幹から即座に次の芽が生えて成長するのだ。


「だんだん炎が小さくなってきたな。どんな物でも燃やせると言っても所詮スキルの産物なんだろ? 魔力が切れたら消えるんじゃないか」

「あり得ない……! 龍のような幻想種を操るなんて、宮廷魔法使い総出でも不可能な技だぞ!」

「どんな植物でも操れるのが俺のスキルだ。幻想種のことは知らないがこの龍も植物ってことだろ」


 ディルクは「あり得ない」という言葉を何度も繰り返している。


緑の王ユグドラシル】で能力を見たときからわかっていたけど、やっぱりこいつ無茶苦茶な存在だよな。


 実は俺も形を保つだけでかなりキツい。

 チートスキルにも限界はあるみたいだ。


「やっぱあんたデタラメだわ……」

「すごい……荘厳で力強くて……


 二人の声が聞こえる。

 でもそっちを見る余裕がない。


 少しでも集中を欠けば、守るべき相手まで樹皇龍は潰してしまうだろう。


「ディルク、降参しろ。こいつに勝てないのはわかっただろ」

「あり得ないあり得ないあり得ない……私が奪われる側などあり得ない!」


 俺の声は聞こえていないか。


 炎の壁がディルクの元に集まっていく。

 翼炎が掌から広がり、さらに大きく燃え上がった。


「【獄炎不死鳥インフェニクス】火力100パーセント。燃やせ燃やせ燃やせ燃やせ! あのゴミどもを燃やし尽くせ!!」


 炎が巨大な鳥の形になり、俺たちに嘴を向ける。

 最後の勝負ってことか。


 俺の樹皇龍の顎をディルクに向けた。


「炎よ、飛翔べッ!!」

「樹皇龍、撃て」


 炎の巨鳥が羽ばたきながら突撃を開始する。

 同時に樹皇龍が上顎と下顎を大きく開き、根から吸収した土地の魔力を吐き出す。


 ────樹皇極閃咆哮。


 光が迸った。


「なっ!? こんな馬鹿げた魔力……あ、あり得ないイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッ!?」


 光が炎の巨鳥を呑み込み、そのままディルクも吞み込んだ。

 閃光は軌跡を描き森を直撃する。


 バキバキと木々を薙ぎ倒す音が響き、そして静寂が訪れた。


「農家の畑を荒らすな。よく覚えとけ」


 俺の背後で樹皇龍がゆっくりと枯れ、崩れ落ちた。








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