ゆにっとばす
大空ひろし
第1話 蛇のような眼
蛇のような眼
男の目の前に突然女性が現れた。予想もしなかった突然の鉢合わせに、男は驚く。その心の動揺を隠すかのように、男は視線を外さずに軽く会釈した。女性は、一瞬たじろぎながらも会釈を返す。
女性は、体を舐める様なその男の視線に背筋が寒くなり、すり抜けるように体を交わすと足早にその場を去った。男は、女性が去って行く後ろ姿を、首を後ろに回し横目で追い掛けた。
女性の、男を見た印象は、ゾッとするものだった。不気味な視線を感じ取った女性は、男のその視線が何時までも脳裏から離れない。
その日からだった。女性は、正体の分からぬ異様な視線を感じるようになった。
アパートの通路ですれ違った女性は、男が借りた部屋の真上の部屋に住んで居た。
二人が、面と向かって顔を見合わせたのは、この日が初めてだ。
だが、この時、男は既に彼女の存在を十分過ぎる程知っていた。
一方、女性の方は、この時まで男の存在を全く知らなかった。
このアパートの住人達は、引っ越し挨拶もしない、お互いの繋がりが薄い人達だったのである。
男が、このアパートに引っ越して来たのは約一年前。近隣の相場より安い家賃に惹かれて決めた。当然、その安さには理由があった。
二階建てアパートの一階の部屋。窓が西側と北側にある間取りだ。
日当たりが悪い上に、更に、西面には窓との距離を殆ど取らずにブロックが積まれている。
ブロック塀の向こう側は、二階建ての燐家が迫っており、お陰で殆ど日が差さない。西日さえ入るかどうか疑問符が付く、住居条件としては非常に悪い部屋だった。
内見に訪れたその日は、小雨のパラつく薄暗い日。日差しの事まで気が回らなかったが、それにしても暗く、少々カビ臭くもある。
案内した不動産会社の女性社員は、急いで電灯を点け、頻りに家賃の安さをアピールする。
(今の自分には、相応しい部屋かも知れない。どうせ、日中は仕事で居ないし、部屋には寝るために帰るだけだ)
金の無い男には、贅沢を言う余裕は無い。男は即断し、部屋を借りると女性社員に伝える。
音
男が入居してから暫くした或る日。この日、男は体調不良で仕事を休んで居た。
一日に何度もトイレに通わなければならない程の下痢が続く。全てを出し切ったと思うのに、またトイレにと通う。
バスタブとトイレが一緒のユニットバス。そのトイレに座り、周期的に襲う差し込みの苦痛に身をかがめていると、上部から音が聞こえてきた。
何処かの戸を開ける様な音だった。
(何故、こんなにも音が良く聞こえて来るのだろう?)
男は不思議に思う。
更に耳を澄まして聞いていると、微かに人の足音が。そして直ぐにトイレの蓋を開ける音も伝わって来る。
(この真上は一階と同じ造りなのか? だとしたら、この音はユニットバスに入って来た音だ)
お腹の痛いのも忘れて、男は聞き耳を立てた。
少しして、水の流れる大きな音が響いて来た。
(間違いなく、トイレの水を流す音。こんなにもハッキリ聞こえるなんて、上のユニットバスはどう言う風になってるんだろう?)
それと共に、真上の部屋を借りている住民にも興味が湧いてくる。
男と、上階の住人とは生活スタイルが違うのか、この日までこの様な音が聞こえるなんて全く知らなかった。
男は、早速上階住人のリサーチを行う。すると、若い独身女性が借りていると分かった。しかも美人だ。
その瞬間から、男の脳にあるスイッチが入った。
その女性と男とは生活パターンが大きく違っていた。男は、朝早めに部屋を出て職場に向かう。帰りはそんなに遅くならない。
一方、女性は水商売関係の仕事をしているのか、昼近くになって動き出す。そして、帰宅は何時も十二時を回っていた。
男は、よからぬ妄想を抱き始めた。金曜・土曜の夜は女性が返って来るまで寝ないという生活パターンに変えた。
直ぐに女性の帰宅時間を突き止めた。その時間になると、男は別に尿意など無いのに音を消してトイレに座る。
そして、二階の住人がユニットバスで行う用足しの音を、ひたすら耳を澄まして聞く。
頭の中に広がる想像や妄想。男はそれに興奮を覚える。
しかし、そんな楽しみも束の間。飽きた男は、更なる刺激を求めて次なる行動へと進む。
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