第13話 捕虜とメイド

 捕虜として拘束されているヴァルトラントの騎士ヘルムートは、捕虜返還の第一陣の候補にあがっているらしい。彼は捕虜になった時、家が裕福でないので身代金が払えないと言っていた。ヴェローニカ様によると、身代金が見込めないのでさっさと還してしまおうという話になっているそうだ。それはそれでいいことだと思うのだが、ヴェローニカ様は不満なようだ。

 その内容について、ヘレンは「聖女様にはわからない」と言う。そう言われて逆に、どうやら男女間の問題だと見当がついた。


「もしかして、男女の問題かな?」

「え、聖女様、よくわかったね」

「ふん、まあね、あまりなめてもらっちゃ困るわ」

「なめるっていうか、意外」

 あまり追及するとボロが出そうなので、話を進めることにした。

「それでさ、ヘルムートさんと誰? まさかヴェローニカ様?」

「はぁ、全然わかってないじゃん。とにかく聖女様の専門外だから、気にしなくていいよ」

 専門外なのは同意するが、気にするなと言われれば気になってしまうのが人間だろう。

「で、だれなのよ?」

 ヘレンはうーんと言って、考え始めた。


「で、だれなのよ?」

 私はしつこく聞いた。

「うーん、やっぱり私の口からは言えない」

 私はヘレンにヘルムートのお相手を聞いたのだが、教えてくれなかった。仕方がないので他の人に聞いてみるとみんな口を揃えて、

「ヘレンが言えないんじゃ、言えない」

と言う。というわけで私は諦めたふりをした。


 諦めたふりはしたが、ヘレンは自分の口では言えないと言う。他のみんなはヘレンが言えないならば言えないと言う。ヘルムートのお相手がヘレンということは絶対にありえないから、それはヘレンと親しい人ということになる。

 もともとヘレンは女官志望で、女官はメイドの上位互換だと言っていた。だからヘレンは昔、第三騎士団のメイドであるユリアとウィルマにくっついて仕事を教わっていたことがよくあった。だからこの二人なら何か事情を知っているだろう。騎士団ではよく顔をあわせるから、そのときに聞いてみればいいと考えた。


  次の日第三騎士団でいつものように仕事をしているとき、私は自室に忘れ物があることに気づいた。夜寝る前に女子大グッズについて考えていたメモを忘れてきていたのである。

「ごめん、私部屋に忘れ物した。ちょっととってくる」

「しょうがないのぉ、ワシがついていってやるか」

 私は第三騎士団内でも単独行動がゆるされず、ネリスがついてきた。

 廊下でネリスが問いかける。

「なにを忘れたのじゃ?」

「女子大グッズのデザインをね、昨日考えてたのよ。適当な紙に書いただけだから、捨てられちゃ困ると思ってね」

「なるほどね」

 部屋の掃除など自分でやると言ったのだが、それだと下働きの者の仕事をうばうことになると反対された。


 自室にもどると案の定、ユリアが掃除してくれていた。

「今日はユリアがやってくれているのね、いつもありがとう」

「いえ、それより聖女様、枕元のこの紙は必要なのでしょうか」

「あ、そう、それを取りにきたのよ。私、絵が下手だから、二度と書けないと思ってね」

 そうなのだ。絵心のない私にしては上出来な絵だった。

「ネリス、笑い声が聞こえてるよ」

「そうですよネリス様、失礼ですよ」

 注意するユリアの声も笑っている。


 私はドラゴンのデザインを考えていたのだが、どう書いてみてもかわいくない。

「ワシにも見せるのじゃ」

 のぞきこんだネリスは、

「う、うむ」

と言って黙ってしまった。

「なによ、どうしたのよ」

「う、うむ、センスというのは人それぞれじゃからな」

 全く慰めになってない。


 そんなことよりちょうどよくユリアがいた。これはヘルムートの恋の相手を聞き出すにはチャンスだ。しかし恋愛事情に鈍い私はどうきいたもんだか見当がつかない。するとユリアから聞いてきた。

「あの、聖女様、ヘルムート様はすぐにお国にお帰りになるのでしょうか」

「あ」

 

 思わず声に出てしまっていた。ヘルムートが慕っている、もしくはヘルムートを慕っているのはユリアだ。

「どうかされましたか?」

「い、いえ、なんでもないです。ヘルムート殿はわりと早い段階で帰国されると思いますよ」

「そうですか」

 ユリアの表情は、ほんの少しだが暗くなった。そして仕事に戻っていった。


 危ないところだった。ユリアが仕事にもどらず会話を続けていたら、私はその場で彼女を追求してしまっただろう。しかし自他ともに認める恋愛音痴、しかもなぜか同期では最初に結婚してしまった私が突っ走っていいことはない。

 廊下を戻りながら私はネリスに言った。

「親衛隊で緊急のうちあわせをしたい。ただしフィリップをのぞく」

「う、うむ、そうじゃな」


 第三騎士団長室で、緊急の打ち合わせが行われた。

 出席者は、ヴェローニカ様、私たち4人、それにいつも警備してくれているレギーナ達8人である。レギーナ達を巻き込んだのは、この世界での大人の恋愛事情を知り、知恵を借りるためだ。私たちはみな前世では幸せすぎ、今世では幼すぎる。

 召集した私が最初に発言した。

「え〜お集まりいただきありがとうございます。今日の議題は、ヘルムート殿の帰国と、それを悲しむ女性の存在についてです」

 室内をため息が充した。

 口火を切ったのは、ヴェローニカ様だった。

「それで聖女様は、どうなさりたいのですか?」

「わかりません」

 どこかでノープランかよ、という声が聞こえる。そのままではいけないので、私は話を続けた。

「え〜私は、そのへんのことについては鈍感です。まったく自信がありません。どうしたらいいとか、全くわかりません。ですが、なんとかお二人が幸せに、それだけ考えています。そのためにみなさんのお知恵を拝借したいのです」

 こんどはマリカが発言した。

「聖女様は二人の気持ちをたしかめたのですか?」

「いえ、状況から判断しただけです」

 方方、正確には友人3人のあたりからため息が聞こえる。

「どなたか、詳しい方はいらっしゃいませんか?」

 エリザベートが発言する。

「私はユリアから、ヘルムート殿について何回か話をされました。家族構成、とくに配偶者についてです」

 我々の調べでは、彼に配偶者はいない。

 カロリーナは、

「何回か、二人で親しそうに会話しているのを目撃しました」

と言った。この場にいる多くの者がうなずいている。


 どうやら二人の仲は本物らしい。私がなにか策を練っても効果が見込めないので、どうすればいいかみんなに丸投げしようと思う。


「みなさん、先ほど申し上げた通り、私としてはお二人の幸せを願うばかりです。なにかいい案はないでしょうか」

 するとヴェローニカ様が言った。

「それより前に、念の為二人の気持ちを確かめた方がいいでしょう。捕虜返還まで時間がないので、まどろっこしいことをしている時間はないとみるべきです」

 というわけで、早速二人を尋問することになった。まずはユリアだ。


 騎士団長室にユリアが呼ばれた。ヴェローニカ様が話を始める。

「ユリア、突然呼び出してすまない。まず、これはそなたを譴責したりするために呼び出したわけではないことを言っておく」

「はい」

「それでだ、申し訳ないが時間がない。ユリア、そなたはヘルムート殿のこと、どう思っているのだ」

 いきなりド直球だった。さすがの私もびっくりした。

 

 ユリアもすぐには答えられなかった。

「いきなりで申し訳ない、しかし、ヘルムート殿の帰国が近い。もしそなたがヘルムート殿を慕っているのであれば、悪いようにはしない」


 やっとユリアは口を開いた。

「お慕いもうしあげております」

 ヴェローニカ様はすぐに質問を続けた。

「で、ユリアはどうしたい」

「いえ、所詮かなわぬ想いですので、どうとは」

「そうか、で、ヘルムート殿とは想いを交わしたのか」

「いえ、お世話の際に会話する程度で、想いとかは、とても」

「うむ、わかった。とにかく悪いようにはしない、いずれ連絡する」

 ユリアは下がっていった。その丸まった背中は、見ていてつらかった。


 続いてヘルムートが呼ばれた。彼は捕虜として第三騎士団で軟禁している。一部屋が与えられているが、騎士の監視付きで散歩がゆるされるくらいで、自由はない。

「お呼びでしょうか」

「ああ、ヘルムート殿、呼び出してすまない。これは尋問ではなく、プライベートなことなので答えたくなければ答えなくてかまわない」

「承知しました」

「うむ、実は第三騎士団で働いている者の中で、ヘルムート殿を慕っているものがいるようなのだ。ヘルムート殿はお心当たりがおありか?」

 少し考えてから、

「こころあたりというか、私の方でも良いな、と思う女性はいます」

と答えた。

「ヘルムート殿は、お国に奥方はおられぬと聞いたが、許嫁の方とかは」

「おりません」

「そうか、実のところ私としてはヘルムート殿がお考えの女性と、こちらでヘルムート殿に想いを寄せる人物が同一であれば、邪魔はしないと言うか、二人には幸せになってほしいと思う。捕虜交換交渉においても口添えをしたい。まずはその女性が誰かが問題なのだが、教えてくれぬか」


 しばらくヘルムートは沈黙していた。しかしやがて顔をあげ、力強く言った。

「ユリアさんです」

「ユリアを呼べ!」


 ヘルムートとユリアの未来はどうなるだろうか。

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