第10話 政治的存在

 私達は聖女室に赴いてジャンヌ様に女子大構想を説明していた。

「ご趣旨は理解いたしました。で、アン様は聖女室からいくら出資されるおつもりですか」

 以外なジャンヌ様の質問に私はとまどった。

「え、ジャンヌ様、聖女室にそんな余裕はないでしょう」

「そうですが、せっかくみなさんが努力してるのですよ。出資しないと発言権がないのではないですか」

「それについては、委任状を集めます」

 

 私が説明したのはこうだ。

 たとえば100株発行したとする。おそらく筆頭株主は国王陛下、たとえば25株。そのほか有力貴族が10株ずつ5名で50株。そのほか一般貴族や有力商人がバラバラに25株。普通に考えれば国王陛下が強いが、もし、私が有力貴族3人とその他一般株主21人から委任状を集めてしまえば多数決で勝てる。

「で、アン様、1株いくらになさるのですか?」

「まだ考えきれてませんが」

「きまりましたらお教えください。私の蓄えは少ないですが、1株買わせていただきます。そしてアン様に委任致します」

「あ、ありがとうございます」


 今度は聖女室筆頭のマリアンヌ様が指摘した。

「いずれにせよ、早い段階から聖女様ご自身のご資産を増やすことをお考えください。または女子大自体でお金をかせぐことをお考え頂いたほうがよろしいかと思います」

「私、資産らしい資産なんて持っておりません」

 私は田舎の貧乏教会の娘だし、女学校を卒業してまだ1年も経っていない。私は聖女としての給料をもらっており、なんだかんだ言って衣食住すべて公金で賄われているので全然使っていない。というより自分のためにお金を使う時間なんてなかった。それでも資産といえるほどの蓄えはまだない。と思う。


「聖女様、口がへの字になってる」

 フローラに注意された。ジャンヌ様もマリアンヌ様も笑っている。私が判断が難しいことを考えているときのクセだ。

「私達ならばよろしいですが、今後、いろいろな方にそのお顔をお見せしてはいけませんよ」

 ジャンヌ様が慈母の笑顔で私にトドメを指した。


 同じ話を宮廷教会で神官長のルドルフ様にも説明した。近衛騎士団、第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団に説明して周り、中央病院にも言った。それだけで何日もかかった。驚いたのはどこへ言っても私の資産形成と女子大自体の収入源を話題にされたことだ。それを漏らすとフローラは、

「それはね、聖女様が世間知らずってことだよ」

 私が世間知らずであることは自覚があるし自信?もある。だからといってそれを指摘されて気持ちのいいことではない。

「それはフローラが商家の生まれだからでしょう、ね、ヘレン」

 ヘレンに助けを求めたのは、実家の経済状況が私に一番近いのはヘレンだからだ。

「いや常識だと思う」

 逆らっても四面楚歌になりそうなのでやめといた。


 そういう説明作業の最後は国王ご夫妻だ。

 説明して最初に発言したのは王妃殿下だった。

「残念だわ、王立とばかり考えていました。私としてはアン様やみなさんをぜひ応援させていただきたかったのですが」

「ありがとうございます。お気持ちは嬉しいのですが、国王陛下のお考えだけでなく、いろいろな方のご意見を運営に積極的に活かしたいのです」

 一応私は綺麗事を言っておいた。

 国王陛下のご意見は王妃殿下とは少し違うらしかった。

「聖女アンは、女子大学を民主的に運営したいと考えているんだね」

「は、はい、そう言うことです」

 意外だった。君主制のこの国の元首から「民主的」という言葉が出てきたからだ。

「おどろいたようだね、『民主的』というのはステファンがよく言うんだよ」

「なるほど」

「これからの国政は民主的になるだろうと、ステファンが言うんだよ」


 陛下の説明は、簡単に言えばこれからのノルトラントは生産性が向上し新しい産業も起こる。今までは農地を領地として持つ貴族に富が集中していたが、富の集中するところが変わる。それに応じて政治構造も変化が必要だというのだ。

「だから私は、その手本を女子大学に示してほしいと考えているんだよ」

「ありがとうございます」

「もちろん株はたくさん買わせてもらうが、安心したまえ、全て聖女アンに委任するよ」

「あ、ありがとうございます」


 国王ご夫妻との面談日はステファン第二王子に会える日でもある。

 私は一週間ぶりのステファンに、女子大構想の進展状況を報告した。

「まぁ気味が悪いくらい、説明する先説明する先で好意的に受け取られるのよ」

「うん、まあそうだね。今まで説明してきた相手はみな、アンの支持基盤だからね」

「支持基盤?」

「うん、政治的支持基盤だよ」

「私、政治に関わる気ないけど」

「もうすでに十分に政治的存在だよ。国民からの人気は絶大だから」

 

 それはわからないでもない。私達のチームは戦争を予見し、準備し、勝利したのだから。私にしたらあくまでチームとしての成果だが、人から見たら私がやったように見えるだろう。

 そう考えていたら、ステファンは同室している全員をこちらに呼んだ。私は例によってステファンの横にピッタリ座って二人の時間を過ごし始めたところなので不満である。間違いなく私の口はとんがっているだろう。

「みんないいかな、僕はアンに、ジャンヌ・ダルクになってほしくないんだよ」

 言うまでもなくジャンヌ・ダルクは15世紀のフランスで、イングランドとの戦争を勝利に導いた人物である。しかし彼女はイングランドの捕虜になり、あろうことかフランス国王シャルル7世は彼女を救わず、イングランド側の異端裁判にかけられてしまう。そして火刑に処された。シャルル7世が政治的にジャンヌを邪魔者にし、見殺しにしたと言う説が強いらしい。

「アンはさ、天真爛漫だから理想に向かって一直線だ。だからおそらく政治的に敵を作ってしまう。今人気があるだけに怖いんだよ」

 政治的な争いの中で軟禁生活を送ったステファンの言葉は重かった。

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