第8話 株式会社

 近衛騎士団の会議室で、仲間たちは早速イチャイチャし始めた。

 気持ちはわかる。私も同じ立場ならそうする。間違いなくそうする。

 だけど今日もステファンはいない。

 だから心を鬼?にして打ち合わせを始めることにした。

「あんたらさ、時間無いからさっさと始めるよ」

「はーい」

「厳しいのう」

「うるさい、で、まずは何か新情報についてね。私達女子は昨日、女学校の経営状況をみさせてもらった。正直言って私財で大学設立は絶望的な金額だった」

 ここで細かい話を始めると、この話ばかりになりそうなので別の話題も振っておく。

「今日は第二騎士団に行ってきたけど、戦死者の穴埋めで騎士団間で人事異動をかなりしていて、結果として人員不足に陥ってた。女子大の卒業生の受け入れ先として有望だと思った。私からはそんなものかな?」

 女子は警備の関係でほぼ私と同一行動しているので、女子で得た情報はほぼ共有できている。

 続けてフィリップが発言した。

「人員不足に関しては、近衛騎士団も同様だよ。ぼくらも計算につよいから便利屋みたいに使われちゃってる。おかげで神学校に行く暇がなくて、留年が決定した」

 するとヘレンが反応した。

「それひどくない? あんた戦争のために動いてたんでしょ。ある意味公休じゃない」

「いや、国王陛下も学校も留年しなくてもいいって言ってくれてるんだけど、勉強してないことは確かだからね。そもそも僕にとって神学自体どう……」

 あわてて私は止めた。

「それ言っちゃだめ。とにかくフィリップはこの国の行政に食い込んでもらうためにも神学校は卒業して貰う必要がある」

「はいはい、聖女様」

「はいは一回、それより最大の罪は、それをヘレンに言ってなかったことよ」

「はーい」

  さすがのフィリップも、ヘレンに何も言ってなかったことはまずかったというのは今更だけど気付いたようだ。


 続いてケネスが報告した。

「ここのところネリスと協力して、大砲の鋳造について調べているけど、大型の鋳造自体は問題ないと思う。問題はその後の加工と品質検査だね」

「加工って?」

「鋳物で作ると、やっぱり製品の精度はそれなりでしかない。できれば旋盤とかボール晩のようなもので切削加工したほうが精度はでるよ」

 旋盤とは、削りたいものを回転させ、それに横から歯を当てることで削る工作機械だ。

「それって命中率の問題よね」

「近距離ならいいんだよ。だけど長距離射撃となると、弾がどこいくのかわかんないんじゃね」

「この国に旋盤とかってあるの?」

「無いわけじゃない。だけど木工用だし、規模も小さい」

「金属加工は無理なの?」

「あっという間に壊れると思う」

「ということは、金属加工の基礎技術自体を作っていかなきゃいけない、ってことね」

「そういうことだね」

「品質検査は?」

「それはネリスのほうがいいな」

「うむ、鋳造の大きな問題は『す」が入ることじゃ」

「す?」

「固まった金属に空洞ができることじゃな」

「検査方法は」

「顕微鏡で表面をみるとか、抜取り検査して断面をみるとかじゃろか」

「顕微鏡なんかあったっけ?」

「これもつくるしかなかろ」


 結局ないものだらけなのだ。感覚的には17世紀くらいか?

「とにかく産業の底上げのためにも、高等教育は有効そうね」

 敢えて話を前向きにかえた。


「そのほか、なにか報告などは?」

 とくになさそうなので、今日議論しておきたいことを私から出す。

「女子大の経済基盤についてなんだけどね」

 みんなの注目が集まるのがわかる。

「王立にしてしまうと、王家の強い支配下に入ってしまう。だれか有力貴族とか商人とかにスポンサーになってもらうと、やはりその人の強い影響を受ける」

 みんなふむふむとうなづいている。

「だからね、株式会社方式で行こうと思う」

 当然、みんなから疑問の声が出た。

 フローラの質問。

「株式会社って、配当出すの?」

「いや、利益を出すことが目的な組織ではないから、配当は出さない」

 ケネスの質問。

「そもそもなんで株式会社?」

「あのね、とにかく今必要なのは初期投資なのよ。それを株という形で募るだけで、会社という名前に意味はない」

 マルスの質問。

「株主というか、出資者のメリットは」

「あんまりない。実質的には株主総会での発言権と、女子大を応援しているという名声かな」

 フィリップの質問。

「授業料だけでやっていけるの?」

「無理。だから女子大で事業も行う。売れるものを売るのよ」

「たとえば?」

「いろいろあるわよ。算術の問題集など書籍類、それから私たちの知識で作った各種製品、あと、製造権っていうのもいいわね。継続的な収入が見込めるわ。いままではタダでいろんなことやってきたけれど、これからはお金とる」

 ネリスの質問

「学校の規模は?」

「最初は理学部と法学部かな、いずれも少人数で行くしかないと思う」

「理学部でなにをやるのじゃ」

「大学レベルって感じにはならないだろうけど、数学、物理学、化学、生物学をバランスよくやって、工業の底上げを狙う」

「女子でか?」

「うん、貴族階級の男子はこっちにこないだろうし、庶民は職人になっちゃうでしょ。かえって女子の方がそういうしがらみがない」

「法学部は?」

「最初は文官の養成ね。騎士団をはじめ、お役所仕事には向くと思う。将来的には商業系にも発展させていきたい」


 かなり話がまとまってきたように思うが、そう言えばヘレンがまだ何も言ってなかった。

「ヘレンは何か質問ないの?」

「大学の名前はどうするの?」

「よくぞ聞いてくれました。その名はね、ノルトラント女子大学」


 実は私の中では前々から大学の名前が決まっていた。私たちの出身大学は扶桑女子大学。扶桑は日本の古い名前の一つだ。だから私たちの大学の名前は国の名前を冠してノルトラント女子大学にする。

 だが、みんなはどう思うだろう。それぞれの想いがあるはずだ。だから今日まで私は名前の候補を一切出さずにいた。


「ど、どうかな」

 ヘレンが返事してくれた。

「うん、聖女様の考えがわかったよ。要するに私たちの母校をもう一つこっちでも作りたいということね」

「そうなんだ、ほかの女子大は知らないけどね」

 ネリスは喜んでくれた。

「これでワシも、同じ女子大の出身者になるのじゃな!」

「よくわからないけど、そういうことにしておこう」

 ところがケネスは少し不満げである。

「そうするとだよ、俺だけ聖女様と学歴がどこもかぶんないことになるんだけど」

 それにフローラが反応した。

「なにか不満でも?」

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