第2話 女子大の存在意義

 一人だけ先に目が覚めてしまったので、私は初夏の景色を見ながら考え事をしていた。確かに起床前の時間だが、なかなか仲間たちが起きてこないのでその寝顔を見に行くことにした。

 フローラの白く透き通った肌はつやつやと瑞々しい。二十代半ばの優花はもちろん可愛かったけど、十五の肌はすごい。私は前世で化粧はほとんどしていなかったのでは肌荒れは無縁だったが、おしゃれな優花は色々と気をつけていた。ケネスの力も借りて、肌荒れしにくい化粧品をつくれないものだろうか。

 別のベッドではヘレンが寝ている。寝相の悪いヘレンは何故か毛布などを抱きしめてしまうクセがある。本来自分の上にあるべき毛布を抱き込んで寝ているから寒くなるのは自分のせいだ。それを指摘しても睡眠中は無意識だから直らない。

 さらに別のベッドでネリスは、なんだか寝言をつぶやいている。耳を近づけてみると、

「カサドン、次はパレードを見よう」

などと言っている。夢の中でデート中らしい。夢でも修二くんとデートできていない私は悔しいので、

「カサドン、もうゼミの時間だよ。今日のゼミはカサドンの担当でしょ」

と言ってみた。ネリスというか真美ちゃんの彼氏は私の研究室の後輩なのだ。

「さあ、もう行くよ」

と畳み掛けると、

「カサドン、行くなぁ、聖女様は鬼じゃあ」

 私は鬼ではないので、ネリスを起こしてあげることにした。ネリスのほっぺたに人差し指を突き刺し時計回りに回転させる。ネリスのもっちりしたほっぺたは渦巻き状の模様を描く。

「あ、ああ、聖女様か、ワシはいい夢を見てたのに」

「だから起こした」

「な、なぬ、ひどいなぁ」

 ネリスはそう言いながらも身を起こし、

「おはよ」

と言った。


 私が窓辺の椅子にもどるとネリスがついてきた。

「聖女様、少しは遠慮してくれんと、あれ、痛い時あるんじゃぞ」

「じゃ、ネリスのおっぱいでやってみるか」

「だめじゃ」

「痛いから?」

「いや、やってみたらできなかった。数年後に可能になる予定じゃ」


 やってみたんかいとは突っ込まず、私は本題に入った。

「ネリス、前、女子大作りたいって言ってたよね」

「うむ、そこでワシは、女子大生になるのじゃ」

「わかった。作ろう」

「作るって、できるのかの?」

「国王陛下がさ、私達に今回の戦争の報酬を考えておけっていってたでしょ。その報酬として女子大をお願いしてみようと思うの」

「なるほど、我らの報酬ということならば、フローラとヘレンの意見も聞かないといかんの」

「うん、朝ご飯のあとにでも相談してみよっかな」

「うむ」


 朝食は第三騎士団の食堂で、いつものように騎士たちと食べる。ただ、以前なら気楽な一般騎士席で食べることもあったのだが、聖女であることを公表してしまったので幹部席でヴェローニカ様の隣に座ることになっている。私はいろいろな人と話したいので、ヴェローニカ様以外で私の近くは日によって座る人を替えるようにしている。私の方から指定することもあるし、希望した人がすわることもある。今日は自称「聖女様の副官」のレギーナが隣に来た。

 そういえばレギーナの身の上話とかあまり聞いてなかったので挨拶のあとで聞いてみる。

「レギーナは、私にとって女学校の先輩にあたるのですよね」

 レギーナは年上だが、様とか敬称をつけると本人に怒られるので最近は呼び捨てだ。

「そうですが、アン様ほどの成績ではありませんよ」

 するとちょうどやってきたヴェローニカが言った。

「いつも成績は学年10位以内だったろ。それで私がスカウトしたんだからな」

「まあそうですが、剣術とか体操とかで引っ張っていましたから」

 レギーナは頭がいいようだが言い訳が下手だなと思った。女学校の授業はいったい何科目あると思っているのだ。ほんのわずかしかない体育系科目でいい成績でも、全体の平均に与える影響は小さい。

「アン様、レギーナは成績がいいので宮廷からお呼びがかかっていたのですが、女官は性に合わない、田舎に帰ると言っていたのを強引に私が騎士団に引き込んだのです」

 田舎に帰るという発言をするということは、私のように本当に田舎の子だったのか、それとも貴族であっても中央に強い後ろ盾がなく、一生下っ端で生きることを良しとしなかったのかもしれない。

 私は質問を続ける。

「そしたらレギーナ、もし騎士団からの誘いがなく、女学校より上の学校があったら進学してた?」

「そうですね、田舎に帰ってもどうせ親に縁談を押し付けられるだけでしょうし、学問を男だけしか続けられないなんて不公平じゃないですか」

 するとレギーナの向こうにいたエリザベートが口を挟んできた。

「レギーナは脳筋にみせて、本当は勉強好きだもんね」

「うるさい学年1位! 上に進学したらあんたを負かせたかもしれないのよ!」

 私はレギーナ、ラファエラ、エリザベート、ディアナの4人が学生時代からの仲間であることは聞いていた。だから私達4人を妹のように大事にしてくれたのだろう。

「相変わらず仲が良いですね」

と私が言うと、ディアナが、

「そう、特にこの二人は仲がいいのよ。だけどなんで万年最下位の私を仲間にしてるか不思議」

などと言う。

「ヴェローニカ様は単に成績では選んでないのではないですか」

どうフォローしていいかわからずそう言うと、ヴェローニカ様は、

「ああ、レギーナはな、ラファエラ、エリザベート、ディアナと一緒じゃないと騎士団は嫌だってごねてな」

と言う。レギーナは顔を赤くして、

「それは言わないでくださいと、言ってるじゃないですか」

と下を向いた。ヴェローニカ様はいつものように豪快に笑っている。


 私は扶桑女子大附属中で優花とのぞみに出会った。クラスが違う年もあったし、部活はちがった。しかしずっと親しい友達だったしその関係は大学に行っても続いた。だから10年である。王立女学校は6年だ。レギーナ達は騎士団でその関係を維持できているが、他の卒業生たちはそうもいかなかろう。

 

 私の中で女子大の存在理由が一つ増えた。私達が扶桑で体験したような濃密なかけがえのない時間を、この国の若い女性たちにも体験してもらいたい。もちろん仕事に就くのもその人の選択だ。だけどもう少し学問を深め、教養を身に着け、それから社会に出る人がいてもいいと思うのだ。

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