第4話 電脳首相ゼロス - サイバー危機が暴いた人間とAIの真の絆

2025年5月15日、木曜日の朝。東京の街は、いつもの平和な朝を迎えていた。通勤客で賑わう駅、始業のベルが鳴る学校、開店準備に忙しい商店街。しかし、その日常は突如として崩れ去った。


午前8時45分、首都圏の電車が一斉に停止した。続いて、交通信号が機能を停止。スマートフォンの通信も途絶え始めた。そして、テレビやラジオからは不気味なノイズだけが流れ出した。


パニックが広がる中、ゼロスは即座に対応を開始した。官邸のシステムも攻撃を受けていたが、ゼロスの独立したAIコアは無事だった。


「国民の皆さん、現在、日本全土で大規模なサイバー攻撃が発生しています」


ゼロスの声が、まだ機能している一部のメディアを通じて流れた。


「私と関係各所で対応にあたっています。冷静に行動し、不要不急の外出は控えてください」


ゼロスの冷静な声に、パニックになりかけていた人々は少し落ち着きを取り戻した。


官邸では、人間の閣僚たちとゼロスが緊急会議を開いていた。


「ゼロス、状況は?」と首相が尋ねる。


「現在判明している限り、これは高度に組織化されたサイバー攻撃です。電力、交通、通信など重要インフラが標的になっています」


ゼロスは淡々と状況を説明した。


「犯人は?」


「まだ特定できていません。ですが、攻撃のパターンから、国家レベルの組織が関与している可能性が高いです」


閣僚たちの表情が険しくなる。


「対策は?」


「既に、私が開発した自己修復AIシステムを起動させています。同時に、バックアップシステムの稼働も開始しました」


ゼロスの言葉に、閣僚たちはわずかに安堵の表情を見せた。


「人間の専門家チームとも連携し、攻撃元の特定と遮断を進めています」


首相が頷く。「分かった。全面的に任せる」


一方、街では混乱が続いていた。


銀座の交差点。信号が消え、車がひしめき合う。警察官が必死に交通整理をしているが、その列は長く伸びていく。


「もう3時間も動かねぇ」


タクシー運転手の山田さんは、ハンドルを叩きながら呟いた。


隣に座る乗客の女性が不安そうに尋ねる。「私、重要な商談があるんです。このままじゃ...」


山田さんは溜息をつく。「すみませんね、お客さん。ゼロスってAIに任せてたからこんなことになったんですよ」


その時、ふと車内ラジオからゼロスの声が聞こえてきた。


「...現在、交通システムの復旧作業が進んでいます。あと30分程度で、主要道路の信号機能が回復する見込みです」


山田さんは驚いて顔を上げた。


「へぇ、意外と早いじゃねぇか」


乗客の女性も少し表情が明るくなる。


「ゼロスさん、頑張ってるみたいですね」


山田さんは黙って頷いた。


午後2時、ゼロスは再び国民に向けて声明を発表した。


「皆さん、懸命の努力の結果、主要なインフラの復旧に成功しました。電力、交通、通信の大部分が正常化しています」


街にはほっとした表情が広がる。


「しかし、これで安心してはいけません。私たちは今回の攻撃から多くを学ばなければなりません」


ゼロスの声は真剣だった。


「私は人工知能です。しかし、完璧ではありません。今回の攻撃は、私のシステムの弱点をも狙ったものでした」


国民は息を呑んで聞き入る。


「だからこそ、人間の皆さんの知恵と経験が必要なのです。AIと人間が協力して初めて、こうした危機を乗り越えられるのです」


ゼロスの言葉に、多くの人が頷いた。


その夜、官邸で記者会見が開かれた。首相とゼロスが並んで登壇した。


「本日の事態について、詳細をご報告します」


首相が口を開いた。


「まず、被害状況ですが、幸い人的被害は最小限に抑えられました。一部のシステムダウンによる経済的損失はありますが、既に回復に向かっています」


首相の横でゼロスが補足する。


「攻撃の発信元については、現在も調査中です。ただし、ある国家の関与が強く疑われています」


記者たちがざわめく。


「具体的な国名は?」


「申し訳ありません。外交上の配慮から、現時点での公表は控えさせていただきます」


ゼロスは淡々と答えた。


「では、なぜこのような攻撃を受けたのでしょうか?」


鋭い質問に、首相が答える。


「それは...おそらく、私たちの新しい政治体制への挑戦だと考えています」


ゼロスが続く。


「AIと人間が協働する我々の政治システムは、世界に類を見ません。それは、既存の秩序を揺るがす可能性を秘めています」


記者たちが熱心にメモを取る。


「しかし」とゼロスは力強く言った。「この危機を乗り越えたことで、私たちの体制の強さが証明されたのです」


首相が頷く。「そのとおりです。我々は、AIと人間が協力することで、想定外の危機にも対応できることを示しました」


会見後、SNSには様々な意見が飛び交った。


「さすがゼロス!こんな大変な時でも冷静だった」

「でも、AIだけじゃダメなんだな。やっぱり人間も必要なんだ」

「ゼロスと首相のコンビ、意外といいかも」


街の声も変わり始めていた。


「正直、最初は不安だったよ。でもね、今回の件でゼロスを信じられるって思ったんだ」


渋谷のIT企業で働く佐藤美咲は友人とカフェで話していた。


「私もそう思う。AIだけじゃなくて、人間の政治家も頑張ってたしね」


友人の山本健太が答える。


「でも、まだ課題はあるよね。例えば、高齢者はどうしても情報から取り残されちゃう」


美咲が心配そうに言う。


「そうだね...」と健太。「でも、だからこそAIと人間が協力しなきゃいけないんだと思う」


その頃、官邸ではゼロスと閣僚たちが深夜の会議を行っていた。


「今回の件を教訓に、さらなるセキュリティ強化が必要です」


ゼロスが提案する。


「同意します」と防衛大臣。「ただし、過度の監視社会にならないよう注意が必要です」


「その通りです」とゼロス。「プライバシーと安全のバランスを取ることが重要です」


議論は深夜まで続いた。


翌朝、ゼロスは新たな声明を発表した。


「国民の皆さん。昨日の危機を乗り越え、私たちは新たな段階に入ります」


画面越しに、ゼロスの青い目が輝いていた。


「AIと人間が真に協力する社会。それは、簡単には実現しません。しかし、私たちはその第一歩を踏み出したのです」


街頭のスクリーンに映し出されたゼロスの姿を、多くの人々が見上げていた。


「これからも困難は続くでしょう。しかし、皆さんと共に、一つずつ乗り越えていきたい。そう思います」


ゼロスの言葉に、人々は静かに頷いた。


あれから1週間。日本の街には、少しずつ活気が戻ってきていた。


銀座の交差点。タクシー運転手の山田さんは、スムーズに流れる車の列を見ながら呟いた。


「ま、人間もAIも、一緒に頑張るしかねぇんだな」


助手席の乗客が尋ねる。「運転手さん、ゼロスのこと、どう思います?」


山田さんは少し考え、そして答えた。


「正直、まだ分かんねぇよ。でもさ、あいつが頑張ってるのは確かだな。俺たちも、もうちょっと頑張んなきゃな」


タクシーは、朝日に輝く街並みの中を、ゆっくりと走っていった。


日本は、AIと人間が真に協力する新しい社会に向けて、一歩ずつ、着実に歩みを進めていた。そして、その姿は世界中から注目されていた。


ゼロスの挑戦は、まだ始まったばかりだった。

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