第二十四話 水色の宝石の謎(中)
ユリアーナ様とお話した翌日、私とガーゼルド様は帝宮の宝物庫に向かった。普通は翌日なんかに見学の予約なんか取れないんだけどね。ガーゼルド様のおかげだ。
帝宮に向かう馬車の中で私とガーゼルド様はこれまでに集まった情報を整理した。
「つまりルレジェンネ様はサイサージュ殿下がその水色の宝石にどのような意味を持たせたのかが知りたいのだな」
「そうでしょうね。ルレジェンネ様が水色の宝石がロイヤルブルームーンストーンである事を知っていたなら、ですけど」
石の正体を知っていたならわざわざ私に宝石の同定を頼む必要はない。そして、それほど見事な石なら皇族の秘宝の一つであるという見当が付いてもおかしくない。
未だに公妃陛下やユリアーナ様と仲が良いルレジェンネ様である。宝物庫からその宝石をお借りすることは可能だっただろう。しかしそれでは意味がない。サイサージュ殿下が何を思って石を渡して、どうして石を取り返したのかが分からないからだ。
わざわざ私に、自らの事情をかなりぶっちゃけてまで宝石探しを依頼したのは、私が宝石の記憶を視る事が出来ると踏んだからだろう。私ならサイサージュ殿下の想いを宝石から読み取る事が出来る。
とりあえずその水色の宝石を見つけて、サイサージュ殿下の記憶を読み取って、その情報と交換条件で炎のトパーズの情報を得るしかなさそうだ。それにしても……。
「皇族方の恋愛事情は複雑怪奇ですね」
恋人と元恋人が入り乱れて、しかもそれが仲良しだったりする。ちょっと平民には理解し難いところがあるのよね。
「上位貴族はほとんどが近い親戚で、家同士の繋がりが深い。それに関係を悪化させる事は国政の停滞に繋がりかねぬからな」
たかが恋愛で内乱でも起こったら大変だから、そうならぬように恋愛とその他の人間関係は分けて考えるのが上位貴族の常識らしい。
「安心せよ。私は最初から最後まで君一筋だからな」
……ガーゼルド様にそういうドロドロした過去の恋愛話がある事は心配していませんけどね。そもそも結婚出来るのか危惧されていたくらいだし。でも、彼を巡って女性たちがドロドロした暗闘を繰り広げていたって事はあるんじゃないかしら。
ガーゼルド様は地位も名誉もあって、しかも美貌で才能に溢れた方だからね。争奪戦になっていてもおかしくない。それをいきなり横から掻っ攫っていった私はご令嬢たちに大変恨まれている。らしいのよね。
私の知らないところでのドロドロ具合は大差ないと思うのよやっぱりさすがはガーゼルド様も皇族だという事なのだろう。
帝宮に到着し、ガーゼルド様のエスコートで馬車を降りる。相変わらず馬鹿でかい帝宮本館に入って侍従の案内で奥へと進む。歩きながらガーゼルド様が言った。
「ところで、宝物庫の宝石は君もつぶさに見たであろう。心当たりのものはあったのか?」
私は首を横に振った。
「いいえ。ちょっと思い出せません」
何百個もあったからね。秘宝のアクセサリー。その中にロイヤルブルームーンストーンがあったかどうかは、正直覚えていない。宝石の記憶の中にサイサージュ殿下が浮んだかどうかも分からない。赤目の方の記憶は何度か見たけど、あれがサイサージュ殿下だったかと言われると自信がないのだ。
まぁ、探せば分かるでしょう。と私は呑気に構えていたのであるが……。
見つからない。えー。
宝物個でキラキラと輝く何百個もの宝石を慎重に確認していったのだけど、ロイヤルブルームーンストーンが一つも無かった。確かにあの石は珍しい上に脆いから、宝飾品にはあまり向いていない。色も薄くて地味だしね。断然高価な宝石という程でもないから、皇族の宝物に入っていなくてもおかしくはない。
でも、ユリアーナ様はここにあるって言ったんだけどね。困ってしまった私の肩をガーゼルド様が軽く叩く。
「宝物庫は広い。どこか違う場所にあるのかもしれぬ。探してみよう」
確かに他も場所にもチラホラと宝石は飾ってあった。そういう所にあるのかもしれない。ただ、宝物庫は非常に広いので、探すのは結構大変である。
一難去ってまた一難。なんというか、私はうんざりし始めていた。なんだって私がこんな苦労をしなければならないのか。皇族でもない私がどうして皇族の事情に振り回されなければならないのか。
そういう私のどんよりとした気分を敏感に察してくれるのがガーゼルド様のいい所だ。彼は私の肩を抱いて言った。
「最近ゆっくり君に会えていなかったからな。デートには丁度良い」
確かに静かで見どころはたくさんあって、しかも二人だけ(事が事だけに護衛や侍従、侍女は宝物庫の外で待たせてある)なのだから、恋人同士の逢瀬としては絶好のシチュエーションだろう。……私たちが恋人同士ならだけど。
もっとも、私にとって最も親しく身近な異性がガーゼルド様である事は疑いようのない事実ではある。だってこんなに頻繁に二人きりになるのだもの。仕方のない話だと思うわよね?
以前のもっとも身近な異性は雇い主のロバートさんだったんだけど、彼は十歳くらい歳上だったし、そもそも雇い主で気安いとはいえ一線を引いた関係だった。私も子供だったしね。
でもガーゼルド様は恋愛感情をはっきりとアピールしてくるし、それでいて私との適切な距離感を保ってくれる。それに密室に二人きりなんて、以前に取引のあった職人なんか相手だったらいきなりキスしようとしたり押し倒される危険を感じなければならないところだ。ガーゼルド様はそういう意味では危険な男ではない。
ただねぇ。押しが強くないわけではないのよね。彼は私にプロポーズしてから、私と結婚すべくその才能を無駄に発揮している。多分今回のトパーズ紛失騒動も、抜け目なく私の手柄にして私の皇族入りの材料にしようとしている事だろう。なので私がうんざりしていても「止めてもいい」とは言ってくれないのだ。
元々平民今は男爵令嬢の私が次期公爵と結婚するのは、本当は簡単ではない。皇族の結婚は政治だもの。愛し合っていても結婚出来なかったカーライル殿下とルレジェンネ様の例もある。今は順調だとしても、情勢によっては如何様に覆る事になるか分からない。
なのでガーゼルド様はなんとか少しでも私に手柄を立てさせて、私は皇族入りするに相応しい人材だと周囲にアピールしたいのだと思われる。それは私と結婚したいという強い意志の現れであり。同時に私に対する強い信頼を示す事でもある。
愛情はともかく、ガーゼルド様の信頼には応えたい。この人を失望させたくない。とは私も思う。それでガーゼルド様と一緒にいる時はなんだかんだ言って頑張ってしまうのだから、結局は彼の術中に嵌ってしまっているのかもしれない。別に嫌な気分ではないけどね。
広い宝物庫の中を収蔵品を一つ一つ確認しながら進む。大きな過去の皇帝陛下や皇妃陛下の肖像画が本当に多い。それをなんとなく見ながら私は気が付いた事があった。
「赤い目の方はそれほどいらっしゃいませんね」
確かに赤系統の瞳の皇帝陛下は多いのだけど、印象ほど多くはない。何しろ帝国一千年の歴史だから皇帝陛下だけで何十人もいらっしゃるのだけど、赤い目の方は半分以下くらいといった所だ。
「ふむ。確かにな。初代皇帝陛下の瞳が赤かったという伝説があり、皇帝陛下や私の赤系統の瞳はそこから来ているそうだが、あまりにも代を重ねた話だからな」
近親婚が多い皇族の結婚でも、どうしても千年前の初代皇帝の血が薄まるのは仕方がない。特に赤系統の色でなければ皇帝になってはいけないという決まりはないらしいし。
「初代皇妃は目がトパーズのような黄色だったそうだな」
私とルレジェンネ様の瞳と同じような色だったらしい。もちろん、一千年も前の話なので伝説なんだろうけど……。
それでちょっと気になった。
「初代皇妃陛下の肖像画はありますか?」
「? 確か奥の方にあったな」
ガーゼルド様はさすがの記憶力で私の手を引いて宝物庫の一番奥の部屋に飾ってある初代皇妃陛下の肖像画まで案内してくださった。
一千年前のお方の絵なので、当時のものではなく近年に描かれたものらしい。黄色い瞳で黒か青か微妙な色合いの髪色の、いかにも気が強そうな女性の肖像画だった。どこまで当時の彼女を正確に写してるかは分からないけどね。
「ふむ。君に似ているな」
私にはルレジェンネ様に似て見えたけど、ガーゼルド様は私はルレジェンネ様に似て見えると言ってたからね。まぁ、瞳の色が同じで髪色も似通っていれば似て見えてもおかしくない。
そしてガーゼルド様がそう思ったのなら、他の方がそう思ってもおかしくはない。初代皇妃陛下の大きな肖像画の下、テーブルの上にひっそりとそれは置かれていた。あたかも初代皇妃に捧げるかのように。
大きな薄水色の宝石。ロイヤルブルームーンストーン。確かにこれは見事だ。しかし……。
「これは困りましたね」
私はちょっと頭を抱えそうになってしまった。
なぜならその石には、ガラスコーティングが施してあったからだ。つまり、宝石の記憶が読み取れない。
私が読み取れない以前の問題として、石に触れる事が出来ず、魔力が宝石に流れ込まないと宝石の記憶は形成されないのだ。つまりこの石にはサイサージュ殿下の記憶が何も保存されていない可能性が高い。
これは困った。ルレジェンネ様の望みがサイサージュ殿下のお気持ちを知る事なのだったら、その望みは叶わない事になる。
望みが叶わなかったルレジェンネ様がヘソを曲げて、炎のトパーズの行方を話してくれなかったら、トパーズの捜索が頓挫してしまう。困った。これは困った。
「ふむ。これは別に一千年前の宝石という訳ではなさそうだな」
ガーゼルド様が水色の宝石をしげしげと見ながら仰った。確かにこの石はカッティングの方法といい、宝石を飾る金細工の形式といいごく近年のものに見える。
ということはサイサージュ殿下はこのブローチを近年、つまりルレジェンネ様に贈る前に造らせたのだという事になる。元になる石はもしかしたらこの宝物庫から持ち出したのかもしれないけども。
……なんでルレジェンネ様に贈るために造らせた石を、わざわざ取り返してまで初代皇妃陛下に捧げたのか……。
私は初代皇妃の肖像画を見上げる。そして気付く。……これか。これが理由なのかもしれない。
「相応しい石、相応しくなくなった……」
サイサージュ殿下はこの石が相応しいと思ったからルレジェンネ様に贈り、相応しくないと思ったから取り返して初代皇妃に捧げた。つまりサイサージュ殿下はこの石が初代皇妃陛下に相応しい石だと思っていた。
という事はサイサージュ殿下は……。
「ガーゼルド様。この石を持ってルレジェンネ様の所へと向かいましょう」
ガーゼルド様は何も私に質問する事なく、ニヤッと笑って頷いてくれた。
◇◇◇
ルレジェンネ様は離宮で、今度は屋内のサロンで私たちを出迎えて下さった。もっとも、私たちが挨拶をしても頷くだけの塩対応だ。私も気にせずガーゼルド様と並んでソファーに座ると、前置きなしで本題に入った。
「ルレジェンネ様のお探しになっていた水色の宝石はこれですね?」
私は持参した小箱を開いて中の宝石を示した。水色の大きな宝石。窓からの光に複雑な色の光を浮かべている。ロイヤルブルームーンストーンの一級品、しかも綺麗にファセットカットされている。それが金の繊細な細工で包まれてブローチにされていた。
ルレジェンネ様はチラッと宝石を見ると、フンと鼻息を吹いた。しかし否定はしなかった。
「さて、どうだったかしらね」
もしも違う物であればはっきり言っただろうから、どうやらこれで間違いなさそうである。私は頷いた。
「この石はロイヤルブルームーンストーン。その名の通り王家の石と呼ばれています」
私が解説してもルレジェンネ様の反応は鈍かった。高位貴族令嬢出身の彼女であれば、宝石の知識は必須教育だ。当然この石の事は知っている事だろう。
しかし、多分彼女も知らない事がある。それがこの交渉の鍵になる事になる。
「この石は、帝国では特別な意味を持つ石です。なぜだかご存知ですか? ルレジェンネ様」
私の言葉に、初めてルレジェンネ様に驚きの表情が浮かんだ。私は心の中で右拳を握る。よし。やっぱり知らないんだ。私は多少の優越感を覚えながら彼女に言う。
「ご存知ないのですか?」
「……知らないわ。初耳ね」
下手に知ったかぶりをしないところはさすがである。そして教えて欲しそうな素振りを見せないところも。しかしアドバンテージはこちらにある。私は親切にも教えてあげた。
「初代皇妃陛下はロイヤルブルームーンストーンをご愛用なさったようなのです」
「なんですって?」
ルレジェンネ様が思わずといったように反応した。
「初代皇妃陛下の肖像画に、ロイヤルブルームーンストーンが描かれておりました。おそらくこのブローチの元になった石でしょう」
サイサージュ殿下は宝物庫から初代皇妃遺愛のロイヤルブルームーンストーンを持ち出しリカットして、それをルレジェンネ様に贈ったのだ。……推測だけどね。
ちなみに古い宝石をリカットする事はよくある事である。古い宝石はどうしても曇るし、カット技術が未熟な事も多い。なので今時のデザインに作り替えるのだ。ヴェリア様のティアラのブルーダイヤモンドを皇太子殿下がハート型にリカットさせたように。
それにしても初代皇妃陛下ゆかりの品というからには一千年前の宝石である。それをわざわざ選んでリカットしたのだ。当然、意味がある。
「初代皇妃陛下由来の『王家の石』を贈る。というのはどういう意味だと思いますか? ルレジェンネ様」
私の問いにルレジェンネ様はそれはそれは嫌そうな顔をした。分からないのではなく分かるからこそ答えたくないのだろう。私は遠慮なく自分で答えを口に出した。
「私は『貴女は皇妃に相応しい』という意味だと思いますね」
普通に考えればそうだろう。サイサージュ殿下はルレジェンネ様こそ皇妃に相応しいと考えていたのである。
「……何を馬鹿な。私がサージェと恋仲になったのは、私がカーライルと別れて皇妃になる目がなくなってからではありませんか」
ルレジェンネ様は苦々しい口調で仰った。もちろん、それは事実である。しかしそのタイミングで、あえてサイサージュ殿下がそう言う意味がある宝石をルレジェンネ様に贈った事に意味がある。私はサイサージュ殿下の想いを推測出来ていた。
しかし、それを無償で放出するのはいくらなんでも気前が良すぎるというものだ。私は挑むようにルレジェンネ様に言った。
「知りたいですか?」
この推測の裏を取るために、私はこの離宮に来る前に再度皇帝陛下や皇妃陛下、そして三公妃様の所を回ってお話を伺ったのだ。宝石の記憶を見たわけではないから確定的な情報だとは言えないけど、私にはある程度の確信がある。
逆に言うと、ルレジェンネ様は私と同じ事を推測は出来ても裏が取れないだろう。なまじ推測出来てしまうと、それが当たっているかを知りたくなるのが人間というものだ。
結局ルレジェンネ様は不服そうな表情を隠そうともせずに言った。
「知りたいわね」
「では、炎のトパーズの行方、教えてくださいますね?」
「……思い出したらね」
私は頷いて説明を始めた。
◇◇◇
そもそも、カーライル殿下が皇太子になるという話が出た時に、サイサージュ殿下を推して反対する大臣や側近はかなり多かったらしい。
サイサージュ殿下は頭脳は明晰だったし、病弱だったけど明日をも知れぬというわけではない。長男であるサイサージュ殿下を差し置いて次男のカーライル殿下を皇太子にする理由は薄かったのである。
単純に先帝陛下の後妻であるリキアーネ様が我が子可愛さに長男優先の慣習を破ろうとしているとしか思われなかったのだ。しかし事実は異なる。
皇帝陛下曰く、先帝陛下は病弱なのもあるけど、それ以上にサイサージュ殿下のある資質を問題視して後継者に指名しなかったのだそうだ。
それは社交性の低さだった。サイサージュ殿下は病弱を理由に他の貴族たちと交流せず、そのせいで信頼出来る側近の形成が出来ていなかったのである。
皇帝一人で広大な帝国は統治出来ない。公私に渡って信頼出来る側近を作り、上位貴族の当主たちと親友関係になっておくのは皇帝になるには必須事項なのである。
サイサージュ殿下は孤独を好み、秘密主義で、心の奥底を誰にも見せないような所があった。それは一人の皇子としてなら別に問題にはならないけど、皇帝になるとなると問題となってくる。
その点、カーライル殿下は社交的で能力的にも問題はなかった。それで先帝陛下はカーライル殿下を後継者に選び、そう説明されたカーライル殿下も皇太子になる事を了承したのである。
問題はサイサージュ殿下のお気持ちだった。サイサージュ殿下は表面上は先帝陛下のご意向に逆らう事なく後継者から外される事を了承したのだけど、実際には不満だったらしい。
彼はサイサージュ殿下を推す者と図って、後継者に復帰する活動を始めた。そしてその過程で、サイサージュ殿下はルレジェンネ様に近付くのである。そしてこのロイヤルブルームーンストーンを贈った。
「当時ルレジェンネ様はカーライル殿下と別れさせられましたけど、内心ではご不満でいらっしゃいましたね。恐らく『自分は皇妃に相応しい』と自負なさっていたのでしょう?」
「……忘れたわ」
否定は返ってこなかった。つまり、ルレジェンネ様のそういう内心の不満を、サイサージュ殿下は見抜いていたのだ。
なのでサイサージュ殿下はルレジェンネ様に接近して、初代皇妃陛下縁の石を贈る事で「貴女を皇妃にしてあげよう」と誘ったのである。
社交界の華を自負する程のルレジェンネ様である。友人は多いし故なく皇妃になれなかった彼女に同情している貴族は多かっただろう。サイサージュ殿下はそういう者たちの自派閥への取り込みを狙ったのである。
ルレジェンネ様を皇妃にしたいと考える人々がサイサージュ殿下を推す事になれば万々歳。そこまで行かなくてもルレジェンネ様を「捨てた」と見られるカーライル殿下を支持しなくなってくれればサイサージュ殿下の助けになる。そういう目論見だった。
ところが、これは上手く行かなかった。他ならぬルレジェンネ様に皇妃への野望がなかったからである。彼女は皇妃になりたいのではなく、カーライル殿下が好きだったのだろうね。カーライル殿下と一緒に皇位に上がりたいとは思っていたけど、彼を引きずり下ろしてまで皇妃になりたいとは考えていなかったのだ。
自分の代わりにカーライル殿下のお妃になられたフローレン様とも親友だったし、フローレン様を出し抜こうという思いもなかった。その結果ルレジェンネ様は特にサイサージュ殿下の助けになるような行動は何もしなかった。そうなるとルレジェンネ様の支持者はサイサージュ殿下を助けずカーライル殿下を支持し続ける。
その結果サイサージュ殿下の皇位への道は完全に閉ざされてしまったのである。
サイサージュ殿下にはルレジェンネ様だけが残された。完全にサイサージュ殿下が皇位への道を諦めた時、ルレジェンネ様に贈った「皇妃の座を約束する」ロイヤルブルームーンストーンは滑稽な空手形になってしまう。
それでサイサージュ殿下はルレジェンネ様から石を返してもらい、再び初代皇妃陛下の肖像画に捧げたのだった。
……まぁ、宝石の記憶が視えない以上、全部推測なんだけどね。しかし、色んな方の証言とロイヤルブルームーンストーンの素性を考えると説得力のある推測になっていると思う。
私の説明を聞いてもルレジェンネ様は無言だった。無言で、ジッと水色の宝石の輝きに目を落としていた。
そのまま、私達が見守る中で随分長い間動かなかったルレジェンネ様だけど、やがてポツリと、思わずといった感じで呟きを漏らした。
「やっぱり、そうなのかしらね……」
聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声だった。しかし私は聞き逃さなかったわよ。そう。ルレジェンネ様は言ったのだ。「やっぱり」と。
ルレジェンネ様ほどの洞察力があれば、そして彼女が触れることが出来る情報からすれば、私が語った事をある程度類推出来てもおかしくはない。
ただ、確証はなかっただろう。ルレジェンネ様は初代皇妃のロイヤルブルームーンストーンの事を知らなかったし、それ故その石に込められたサイサージュ殿下のメッセージもご存じ無かった。水色の宝石を贈られ、取り返された意味を掴むにはこの情報が必須だからね。
私がもたらした情報で最後のピースが埋まった。それでルレジェンネ様はそれまで薄ら持っていた疑惑を確信に変えたのではないだろうか。
疑惑、即ちそれは「サイサージュ殿下は野心の為にルレジェンネ様に近付いたのであって、別にルレジェンネ様の事を愛していたわけでは無い」という疑いだ。サイサージュ殿下が望んでいたのは皇位であって、ルレジェンネ様では無いのではないか。ルレジェンネ様に近付いたのは皇位に上るための手段であって、愛情故の事ではないのではないか。
ルレジェンネ様はその疑惑をずっと抱えていたのだ。そして彼女が真に知りたかったのは正にこの疑惑の答えだったのである。私に水色の宝石の話をしたのは、この答えに近付く材料を欲したからだったのだろうね。
ルレジェンネ様はフーッと息を吐いた。その横顔は、寂しそうに見えた。
死に別れた内縁の夫に、実は愛されていなかったのではないか。そんな疑いをもっとずっと彼女は過ごしてきたのだろう。それはあんまり恋愛感情に詳しくない私から見ても、非常に寂しいことだと思えた。ルレジェンネ様の方はこの様子だと、きちんとサイサージュ殿下に愛情をお持ちだったのだと思えるからなおさらだ。
答えを知りたくて、でも知りたくなくて、それでもやはりサイサージュ殿下の面影を探してしまうが故に、このロイヤルブルームーンストーンを探していたのだろうね。そこには地位や身分も関係無い、愛する人と死に別れた悲しい女性の姿だけがあった。
それなのにサイサージュ殿下は実はルレジェンネ様を愛していなかったとなれば、それはちょっと悲劇的な事だと思うのだ。私はジーッとルレジェンネ様の事を見詰めていた。
……実は、私の話はこれで終わりではない。だけど、この続きを話すかどうかはルレジェンネ様の態度を見て決めようと思っていた。私はどことなく、何となく、ルレジェンネ様に反発心を持っていたのだ。彼女の方も私の事をいけすかなく思っているような感じだったし。
彼女が素直にトパーズの謎を話してくれる様子がなかったら、続きは話さない。そう考えていたのだ。
しかし、見詰める私に気が付いたのか、ルレジェンネ様は私を真っ直ぐに見詰めて、そして寂しそうに、諦めたような様子で微笑んだ。その美しいかんばせに、私に良く似たトパーズ色の瞳に、諦観が浮かぶ。その姿を見て私は息が詰まる思いがした。
皇族の都合に振り回され、結局何も得ることなく、愛する人とも死に別れ、帝都を離れて幽閉されている。その姿は皇族の都合に同じく振り回されている私としては他人事とも思えなかったのである。
彼女の最後の拠り所はサイサージュ殿下との思い出であり、愛されたという想いだったのではないだろうか。それが偽りの物であると知ったら……。もしも私が、ガーゼルド様からの愛情や信頼が嘘だと知ったなら、今の自分の陥っている状況に耐えられるだろうか。
……結局私はガーゼルドに随分依存しているのだな、と思った。まぁ、彼が私を巻き込まなかったら、そもそも私はこんな状況に陥っていないんだけどね。
仕方がないわね。私は姿勢を正し、ルレジェンネ様に微笑んだ。
「ルレジェンネ様。今のお話とは別に、違うこの宝石についてのお話を致しましょう。それを聞いてから炎のトパーズについての事をお話するかどうかを決めて下さい」
ルレジェンネ様は怪訝な顔をなさったわね。私は何となく一度ガーゼルド様の事を見上げた。彼はルベライト色の瞳を優しく細めて私を見ていてくれる。私は一度彼の手を握って、それから話し始めた。
「今までのお話が全部間違っているとしたら、どうでしょう?」
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